「こら、お前たちなにをやってるんだ」
小声でそうは組たちを叱った土井半助は、確かに紛れもなく先生だった。少しだけ魔法学校が恋しくなる。いや、別にこんな良い先生がいたとかではなくて。むしろ私は成績不振気味だったので苦い記憶(進路で何度呼び出されたか)しかないのだけど。
「あ、土井先生!」
「あれ、あやめちゃん?」
「土井せんせー何してるんですかー?」
次々と掛けられる声に私と土井先生は苦笑いするしかない。この子たちは自分が危ないことをしているという自覚がないのだろうか。まあ、ないのだろう。保護者であろう人物からお叱りを受けても動じない姿は、こういったことに如何に慣れているのかが分かってしまう。
そこでふと、違和感に気が付いた。それはどうやら一足先に土井先生も気が付いたようで、私を抱く腕の力が少しぶれる。――きり丸くんが、見当たらない。
「庄左ヱ門、きり丸はどうした?」
「え?ぼくたちは別れてから会ってませんけど」
きょとんと向けられる視線に、思わず眉間にしわが寄る。土井先生の疑問は尤もだ。でも私は置いていかれてしまった側。行き先が分かるわけもない。
「あの、黒木くん」
「え、あ、はい」
「怪しい二人組みって見失わずにつけられた?」
土井先生の腕の中から尋ねると、黒木くんは小さく首を横へと振った。
「いえ、途中で見失いました。この辺りは入り組んでいるのでそれも仕方がないだろうけど……」
この辺りをは組である彼らがうろうろしていたということは、妖精も相当迷走したに違いない。ならばそれのせいで、きり丸くんが何かしらに巻き込まれてしまったという可能性も有る。
これは、大問題だ。私の魔法で人が傷つくなんて考えたくない。少なくともここの世界での魔法は、彼らを守るためにあるのだ。
「……、すみません」
「おっと、」
私を支えていた土井先生の腕から逃れるように身体を捻る。そうして比較的うまい具合に地面へ飛び降りた。少し、足が痛い。こちらを見ていた黒木くんや乱太郎くんは、一体どうしたのかと私を見ている。
けれどこちらはそんな視線を気にしている暇はなかった。何かあったなら、出来るだけ何も起こらないうちに対処するべきだ。きり丸くんになにかあったら、私自身が耐えられない。
「あやめさん?」
土井先生が私を訝しげに呼ぶ。当然だ。こんな小さな姿で、一体何をしようというのか。
私は魔女だ。魔女が魔法を使わないで、一体何が出来るというのか。魔法を使えないならただの体力底辺の哺乳類です。本当に。
頭の中できり丸くんを描きながら唐突に走り出す。申し訳ないが、まず土井先生やは組たちは撒かせてもらおう。「え」とか「あれ」という言葉から、逃げるように走り出す。幸いこの場所は、黒木くんが言っていた通り酷く入り組んでいる。しかもそこそこ古い家や店が並んでいて、人の気配も感じない。
目に付くのは至るところに開いた穴。壁が崩れていたり、そういった場所。普通の人間では子どもでも通りにくいであろうその穴を、私は問題なく駆け抜けることができた。仔虎、最強。勿論元の姿がここまで小さくなっているからこそ、出来る芸当ではある。つくづく動物もどきって便利だ。四本足で次々と様々な場所を潜っていく。
突然走り出した上こうやって姿を変えてしまえば、見つかる心配はまずない。人の姿に戻るときは、周りに十分気をつけようと思う。
ある程度の距離を四本足で駆け抜けて、そのまま一軒の家の軒下へと転がり込んだ。土ぼこりや蜘蛛の巣が凄いが、嫌がっている場合でもない。息を整えて、身体を人へと変化させる。魔法を使うには人の姿でないと無理があるから。
「……結構汚れるなあ」
軒下から這い出れば、至るところが土やら草で汚れていた。気にせずに走ったから当然だが、竹谷くんたちと動物もどきの訓練をしておいて、本当に良かった。こうやって本物の動物っぽく走れるのも、そのお陰だと思うのだ。
「よし、」
もう妖精魔法は使わない方が良いだろう。きり丸くんが妖精を追いかけてこの辺りをぐるぐる回っていたら時間の無駄だし、簡単なものだから正確性には欠けてくる。でもきっとこの辺りにはいるはずなのだ。多分。それなら上から覗いた方が探して走り回るよりよっぽどいい。
「あ、」
けれどそこで気がついた。そうだ。荷物の入ったトランクは、宿に置いてきたままだったのだ。追い出されてしまっているから、持って来る余裕なんて当然なかった。
ちらりと杖の仕込んである腕を見る。箒がなくても飛べる方法ならある。考えろ。どうすればいい?
物へ浮遊魔法を掛けて、私自身がそれに乗ればいいのではないだろうか。今の私は体重も軽いし、そう大変なことではないだろう。自由自在に動けるかは微妙だが、姿が消せて高いところから探せるならこの際贅沢は言ってられない。
朽ちた家の縁側の板を、魔法で無理矢理引き剥がす。人ひとりかふたりがギリギリ乗れるスペースを確保して、それからその板に乗った。そうして簡単な姿を消す魔法を掛ける。自分と、その板に。
「ふー、よし。浮遊せよ」
足元の板へと唱えれば、不安定ながらも自分の身体が浮き上がるのが分かる。
「……よ、予想外に怖い、」
板は魔法で透明になっている。それは私にも見えなくなっているわけだから、もうなんていうか、こう、下の景色がダイレクトに視界へ入ってくるのだ。これ高所恐怖症だったら泣いてる。探し物するのには便利だが、この不安定さはなかなか怖い。
「さっさと見つけて降りるしかない、さっさと見つけて降りるしかない、さっさと見つけて降りるしかない、」
小さく呪文のように唱えて高度を上げていく。自分なりに調節しながら、この一帯を探す。小さくなったは組と土井先生を見つけて、少しの罪悪感。だって何も言わずに走って居なくなったのだ。何も知らないは組は多少なり混乱するだろう。
「――あ、」
結構離れた場所で、人が動いた気がした。誰かは分からないが、急いでそちらへ向かう。
「げ、」
うっかりそんな声が出てしまったのは仕方ないと思う。先ほどの男女の二人組みに、もう二人誰かが居た。増えてる。なんか増えてるよ!
うわ、なんて思っているうちに、幸運にもきり丸くんを発見した。発見したのだが場所が悪い。その悪い集団ときり丸くんの位置が近いのだ。このままいけば鉢合わせしてしまう。大人が四人に子どもが一人なんて、遭遇してしまったら完全に終わりである。
私は杖の代わりに腕を振って、板ごときり丸くんの方へ突っ込んでいく。うまく背後に現れれるようにすれば、どうにかして誤魔化せる。逃げないといけないから追求する余裕もないだろう。
地面へ付くギリギリで魔法を解除し、僅かに浮いた板をそのままに軽く飛び降りる。飛び降りた際の音に、きり丸くんがぎょっとしてこちらを向いた。
「え、あ!」
「しっ、静かに」
声を上げようとしたきり丸くんを手で制して、辺りを確認して自分の位置を確かめる。四人組はあちらの方から歩いてきているのだから、私たちはその反対側に逃げればいい。
「あやめさん、いったいどこから……」
「いいから。とにかく今は逃げることだけ考えて」
声の音量を出来るだけ落として、私はきり丸くんの腕を引いて走り出した。


...end

まさにチート
20121214
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -