どこにでもあるような村が一つ、丸ごと消えてしまいました。災害や戦などではないことは、傷つくことも朽ちている様子もない家や畑の様子を見れば分かります。人だけがいないのです。まるでナニカに連れ去られでもしたかのようだと、人々は噂しました。



連れ去られるという表現は適切ではないな、と利吉は思った。これは巻き込まれると言った方が正しいだろう。
空を見上げても、何を見ても、色のない白黒の世界。
つい先ほどまであったはずの、自身の手のひらの色さえもなくなっていた。この村の人間が丸ごと消えてしまう現象を調べる最中にかち合ってしまった敵であった忍も、今は傍らで色を失い、動かずに横たわっている。
「いったい何が起こっているんだ……」
利吉はそれだけつぶやいて、身を隠していた色のないおかしな置物から少しだけ顔を出す。その視線の先には、小さな良く分からない形をした小さな生き物が蠢いていた。
ちらりと動かなくなった忍を見る。
「こんなところで死ぬなんて、冗談じゃない」
恐らく村の人間が丸ごと消滅したことに、この現象は必ず繋がりがある。ならば自分は、それを誰かに伝えなければならないのだ。
利吉は忍である。何が何でも、このことを、情報を持ち帰る必要があった。
随分減ってしまった武器であるクナイと、手に持ったままの刀を確かめる。まずまこのおかしな空間から脱出することが先決。とにかく逃げ切らなければ。
一つ二つ深呼吸して、飛び出そうとした瞬間だった。影を感じてはっと見上げれば、そこには黒い目をした表情のない怪物が、自分を覗き込んでいた。
(気配が……!)
音も、気配すらない。事切れた忍があたりに転がっているのもそのせいである。
あの黒い目をした怪物はこちらの動きを察知するのに、こちらはあの怪物の動きを感じることが出来ないのだ。
表情の変わらないまま振り上げられた腕に、利吉は反射的にその置物の影から飛び出る。うまい具合に転がって、その勢いを殺した。
いやに重い音がして、今まで利吉が隠れていた場所がぐしゃりと潰れる。事切れた忍も共に潰れているのが見えるが、その身体から出る液体に色はない。赤いはずの血が、真っ黒に染まっている。
怪物は、ゆっくりと利吉へと顔を上げた。生きている気配なんてこれっぽっちも感じないのに、視線が絡みつくような錯覚すらする。
「……?」
黒い目の怪物が、ほんの少し首を傾げたように見えた。……そう見えただけだった。
突然肩の辺りに強い衝撃を受ける。みしりと骨が軋む音がして、利吉はとっさに自分の身体ごと横へ飛ぶ。こうすれば多少なり受けた力を逃がせることを知っていたからだ。
「ぐ、」
地面へ転がっていく。随分強い力で吹き飛ばされた。力を受けた肩を庇いつつ転がり、ついでにその化け物からも距離をとる。
「冗談じゃ、ない」
一体何から攻撃を受けたのかとそちらを確認すれば、そこにあったのは腕だった。さっき化け物が振り上げた腕と、全く同じもの。
声にもならなかった。二本の陶器のような腕のほかにもう一本、同じようなものが生えていたのだ。
「くっ」
試しに手裏剣を打ってみるも、黒い目をした怪物は特に避けることもしなかった。ただ当たった際に、硬く澄んだ音がするくらいで。
怪物を倒す力はない。このおかしな世界から抜け出す方法もない。利吉は諦めるつもりなんてなかったのにこの状況がそれを許してはくれない。
(もう、これで、)
利吉は、持っていた刀を構えた。切り込んでどうにかなるとは思えない。けれどこのまま殺されるのを待つのも真っ平だった。


「――そのまま突っ込んで!!」


踏み出そうとした瞬間、利吉の耳に女の子の声が届く。そちらに視線をやることはなかったが、黒い目をした怪物は、そちらに気を取られたようだった。
利吉の走る少し先から、青い光が道のように広がる。白黒の世界に色が落とされていく。長らく目にしていなかったようにすら感じる、白黒以外の色。空の色。海の色。
利吉の持っていた刀がじんわりと熱を持って色を取り戻した。ほのかに青い光を帯びていることに戸惑うが、今更攻撃の体勢を解除できるはずもない。
刀の刃が、何をも通さなかった怪物の表面を滑る。弾かれることはなく、何かを薙いだという感触を利吉は感じることが出来た。
だが刀を横に振り切る寸前に、黒い目をした怪物の姿が歪む。まるで何か一点に吸い込まれるかのような歪み方。それにぎょっとして振りぬく力を緩めれば、その怪物はあっという間に一点へと吸い込まれてしまった。
「ちっ、逃げられた!」
女の子らしかぬ舌打ちに、利吉ははっと辺りを見渡す。怪物が一点へと消えていった瞬間に、自分の回りも歪み始めた。白黒だった世界に様々な色が混ざりこんで、目に痛い。その痛みに反射的に目を閉じて、再び開いたときには、そこはただの廃村だった。怪物に出会う直前までいた、人のいなくなってしまった村。
痛む肩を庇いながら、利吉は少し離れた場所で空を睨みつける女の子を観察する。彼女は一体何者だ。突っ込めと、そうした指示を出したのは彼女だろうから、あの色を付けたのも同じだろう。
どうやったのか。何をしたのか。
様々な疑問が浮かんでくるのに言葉にならない。そうして利吉は一つ呼吸を置いて、改めて女の子を見た。外見からの情報も、きっと多少は役に立つはずだからだ。
結論として、利吉はうっかり目を逸らす羽目になるのだが。
「……まあ、仕方ない、か。お兄さん、協力してくれてありがとう。助かりました。でもどうして結界内に?どうやって入ったんです?」
女の子の格好は、利吉にしてみれば明らかにおかしなものだった。腕も足も、とにかく普通なら晒さない箇所の肌まで丸出しだ。しかも本人はそれを恥らうことなく、どう見たって男である利吉に近づいてくる。
「し、質問の意図が分からない。ついでにそれ以上近づかないでくれないか」
女性経験が無いわけではない。それどころか利吉はその外見や仕事ぶりから決してもてない方ではなかったし、彼自身もそれを大いに利用したことも有る。だが、なんというか、この少女は。
「でも近づかないと治療が出来ないけど」
「――治療?」
言われたことが理解できなくて、一瞬何も考えずに少女を見る。いつの間にか利吉のすぐ側まできていた彼女は笑って、そうして肩に触れたのだ。
「すぐ終わるから、じっとしてて」
利吉の肩に触れた手が、さっきの刀のように淡く青く光る。すると痛みが薄れて、まるで。
「治った?」
「はい、終了。じゃあこの治療代ってことで、さっきの質問に答えてください」
「な、随分強引な!」
「ギブアンドテイク……交換条件みたいなものです」
にっこりと有無を言わせないような表情は、けれど決して嫌なものではなかった。恐らくこの少女に自分を傷つけることは出来まい。利吉はそう考えて質問に答えることにした。それに彼自身良く分かっていないのだ。渡せる情報などたかが知れていて、いる。
「けれどまずさっきの質問の分からないものを聞いていいか?そうでないと恐らく答えるのは難しいだろうから」
「……そうですね。もしかして、結界自体分からないですか?」
「!ああ、まずそこからになる」
もしかしたら一番欲しかった情報が手に入るかもしれない。利吉は痛みの引いた肩に手をやりながら、彼女の言葉に集中する。
「と、いうことは魔女も知らないんですよね」
「魔女?」
「はい。さっき逃げた、到底生き物には見えないのに動いていた物体のことです」
彼女はこちらの知りたい情報を、惜しむことなく教えてくれた。「魔女」と呼ばれるもののこと。結界のこと。使い魔というもの。それら全てが利吉には初めて耳にするもので、一度聞いただけでは理解するのは難しそうだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、理解が追いつかない」
一度静止をかけて考えてみるも、分からないということに変わりはない。
「……まあ、その反応が普通でしょうね」
少女はそんな利吉の様子を当たり前だと言い、軽く肩を竦めて見せた。理解されないというのを当然としている表情に、利吉は慌てて訂正する。
「いや、理解が追いつかないだけで、君が嘘をついているとかそういうことを言っているんじゃないんだ。ただその、聞いたことの無いことが多すぎて、自分の言葉で整理できる自信が……」
「わりとあっさり信じるんですね」
「な、嘘なのか?」
「いえ、本当ですけど」少女は意外そうに瞬きして、利吉を見る。
「でもここまでスムーズに話が通るとは思っていなかったもので。こんな非現実的なこと、普通は、目の前で起こっていても信じられないでしょう」
そう語る少女に利吉はため息をついた。そうしてあの白黒の世界を思い出して、改めて自分がどれほど危険な場所にいたかを思い知る。
「信じるも信じないも、自分で死にそうな体験をしてしまったら、それを事実として受け入れるしかないと思うけど」
「それでも、夢だと言い切る人もいたりするんです」
少女はくるりとその場で回って、ぱっと早着替えの術をして見せた。
「……きみは、くのいちか?」
利吉がそう問えば、少女は訳の分からないという顔をする。これが演技でなければ、彼女は忍ではないのだろう。だが今のは目にも留まらぬ速さだった。格好はやはり、目のやり場に困るのだけれど。
「違います。くのいちが女性の忍者を現わすものなら、の話ですけど……私は、魔法少女です。多分これも、分からないと思いますが」
お互いに知らなければならないことが沢山あるようで、利吉と少女は互いに肩を落とした。だがまず、一番に知らなくてはならないことがあった。
「私は山田利吉だ。君の名前を、教えてくれないか」
「山田さん、私は、」
「利吉でいい」
「……じゃあ、利吉さん。私はあやめ。桐野あやめです」
お互いの名前だった。もしかしたらこれから、長い付き合いになるかもしれないから。


...end

×まどマギ。
魔法少女の能力は結界とその場に現存する武器の生成。自分で戦うのは限度があるので、利吉に協力を求める。色は青。空とか海とか、少し淡い感じを漠然としたイメージで。服装は適当に、腕と足が出てる(昔の感覚で)ことしか決めていない。
20121209
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