足が宙を蹴って、身体がバランスを崩す。それでも転ぶことがなかったのは、誰かの腕が私自身を持ち上げたからだ。驚いて後方上部を振り返れば、今度はどこか心配そうな土井先生がそこにいた。……え、なに?
「私も行こう。こんな小さな身体で無理するものじゃないよ」
そのまますとんと土井先生の腕の中に落ち着く。あれ、なにこれ何が起こっているの?
身体のサイズが小さいからだろうか。片手で抱えるような持ち方をされているのに、危なっかしくはない。それでも落とされないように土井先生の肩の辺りを掴むと、彼は小さく笑った。
何だろう。この違和感は。私は今あやめという子どもの姿をしているはずなのに、なにかが変だ。
「しっかり掴まっていなさい。場所は分かるかい?」
「あ、は、はい」
うっかり頷いてしまってから気が付く。分かるといっても妖精頼みだ。この状況でどうやって魔法を使えというのか。いや、光は地面ギリギリを滑っているし、どうにかなるかもしれない。
「向こうのほ、」
妖精が向かおうとした方向を示そうとした瞬間、がくんと身体が揺れた。驚いたのとその揺れで危うく舌を噛みそうになる。土井先生が走り出したのだ。
だが、文句なんか出るはずもなかった。ぐっと落とされた腰に、力強く地面を蹴る足。これは人の出せるスピードではないと思う。それに私という重りを持っているのだ。なのに視界は、普通でない速度で移り変わっていく。
クィディッチの選手ならばこういったスピードも箒に乗る際に出してしまえるだろうが、こちらは未経験の一般的な魔女である。思わず感動してしまう。考えているより怖くないのは恐らく、土井先生自体が不安定でないからだろう。下手に箒に乗るより安全そうだ。
「早い早い!」
肩の辺りを掴んだまま進んでいく土井先生の表情を盗み見る。置いていかれそうになっていた妖精が、先生の頭にしがみ付いていて少し笑えた。


そんな風に考えているうちに、どうやら目的の場所へ到着したらしい。土井先生の足が止まる。そこは廃れた、表通りとはかけ離れた道だ。人の気配はないし、周りの家も壊れていたりで誰かが住んでいる様子もなかった。
しかし私はさっき、本当に方向しか示していない。どうやら先生は初めからどこへ向かうべきか分かっていたようだ。ならば何故、私にわざわざ尋ねるなんて面倒なことをしたのだろう。
「……平気かい?」
小さな声で聞かれて、私も声は出さずに頷くだけに留めた。そうして土井先生はそっと指である一点を示す。その指の先を辿っていくと、そこには探していたは組らしき子どもの集団がいた。きり丸くんがその中にいるかは分からないが、こんなところであれだけの人数なら、先ほどのは組の集団で間違いないだろう。
「あの子たちは進んで騒ぎに巻き込まれることがあるから、気をつけて見ていないとならなくてね」
土井先生に視線を戻せば、その表情は困ったような、それでいて優しいものに見える。巻き込まれているという表現をするなら、その影響は確実にこの土井先生にもあるはずだ。けれどそれを嫌悪しているようには感じない。
恐らく、本当に「先生」なのだ。教えて、見守って、助けて。そうして生徒を成長させていく。その間の過程で苦労をしようとも、決して見捨てることのないような。
この人は本当に忍者なのだろうか。
「いつの間にか色々な人物と関わっているから、私たち教師は彼らの目を信じるしかない。勿論悪意に晒されることもあるだろうけど、それは我々が出来る限り守っていくしかないんだよ」
その言葉を聞いていて、私は気が付いたことがある。土井半助は、こちらの本来の姿を知っているのではないだろうか。
だってそうでなければ、こんな話をきり丸くんより小さな子にするはずがない。話自体聞かないだろうし、何より大人しく聞いたとしても理解なんて難しいだろう。
でも何故?私個人は元の大きさで土井先生には会っていない。そもそも人間が小さくなるなんて、発想すらしないだろう。そんなものがこちらの世界にあるとは思えない。
「君は、悪意を持ってはいないだろう?」
土井半助の視線が私を捉えた。優しげな表情はそのままなのに、目の奥がそれだけではないと言っている。彼は私に直接言っているのだ。

お前は敵なのか、そうでないのか。

私が桐野あやめだと確信を持っているのだろうか。それとも鎌をかけられているのか。そのどちらにしたって心臓に悪いことには変わりない。
嫌な汗が背中を伝っている気がする。でもこちらにはなんの悪意も、落ち度もないと思う。私はきり丸くんが忍者の学校の生徒だとは知らずに関わっていたし、それは立花くんや、一番の理解者であるだろう竹谷くんだってそうだ。
私が桐野あやめであると確信していてもいなくても、これは答えておくべきかもしれない。得体の知れないものに自分の大切な生徒が深く関わってしまっていたら、確かに心配にはなる。出来るなら「危ないから関わらないように」と言い聞かせるだろう。少なくとも、私ならそうする。
けれど土井先生がそうしないのは、私に気を使っているのか、きり丸くんたちのことを考えてか。おそらく後者。
私は軽く目を閉じて、言葉を選ぶ。可能な限り、この人を安心させられるような言葉を。
だって見ず知らずなのに助けてもらっているし、こんな短い時間見ているだけなのに良い先生だと思えるのだから。
「きり丸くんは、」
それでも私は、私が桐野あやめだと言うことが出来ない。
「きり丸くんは、私の小さな友人です」
「……そうか」
土井先生は私の答えにそう頷くと、相変わらず隠れているは組の集団へと、一歩足を進めた。


...end

確信は持てていない。でもそうなんじゃないかな、という勘を発揮する土井先生。勘なのに自信があるのが怖い。
20121207
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