まず、私の名前はあやめという。つい先ほど魔法学校を卒業したばかりの新人魔女である。
ちなみに「名前を言ってはいけないあの人」を倒したハリー・ポッターが卒業した有名学校ではない。日本にある東洋の魔法使いを育成する、まあ、レベルとしても普通の学校だったと思う。
さて、話を戻そう。
私は学校を、たった今卒業したばかりだ。その証拠に左手には卒業証書もあるし、右手には昨日慌てて荷造りしたトランクもある。ローブの中には杖の感触。ついでに「姿現わし」をした覚えもない。
なのに、なぜ私はこんな森の中に佇んでいるのだろうか。



忍たまと魔女



ため息しか出てこない。
とりあえず学校に戻るために姿くらましを試みるも、どうにもうまくいかなかった。何度も挑戦してみてもいいのだが、これは一人の場合にリスクが高い。うっかり身体がばらけたらどうしようもないのだ。そもそも最初にうまくいかなかった時点で、三年分の冷や汗はかいたと思う。自分の身体の無事を一生懸命確認してしまった。
「……しかし、本当にここはどこ?」
卒業証書をトランクにしまい込み、トランクを背中に背負えるサイズにする。第三者からの攻撃なんてものは考えにくいが、用心に越したことはない。懐から杖を取り出して、守りの呪文をかけておく。魔法覚えたら最強じゃんひゃっほう!!と勉強を怠らなかった過去の自分、グッジョブ。
そろそろと足を進めていくと、木々の切れ目。どうやら広い場所に出るらしい。あまり大きな森ではなかったのか、私がそう深いところにいなかったのか。どちらにせよ、視界が開ければここがどこなのかの情報は入ってくるだろう。
くるはずだ。きて欲しい。……なにこれ。
「……なにこれ」
心の声が、口からも出てきました。
開けた視界に映るのは、見慣れた町並みではない。広い草原だ。しかもただの草原ではなかった。
人が戦っている草原。え、なにそれ。どういう冗談?
私は動体視力が良い方ではない。ごく普通だ。だから何が起こっているのかの詳細は全くわからなかった。けれど何かしらの戦闘が起こっているのは確かだった。
しかも、魔法以外の。
「なんだこの古い感じ!」
魔法を扱うとはいえ、私は生粋の日本人だ。だから目の前でぴょんぴょん飛び跳ねているのが、どうやら忍者らしき格好をしているのは分かる。でもどうして忍者?いや、確かに忍術と魔法って似ているような……似ていないような?
思わず首を傾げて考えていると、キンッと守りの壁が音を立てた。
音を立てた。即ちそれは、何かしらの攻撃を受けたということだ。
「っな!」
さっと視線を落とせば、自分の足元より少し先に黒い刃物らしきものがある。それが何か、考えるより先に思いついた。忍者といえば、クナイか手裏剣だ。
刃物を投げられたことに対して、腹の辺りがざわりとする。幸いなことに今は夜ではない。太陽の傾き加減からして、正午を少し過ぎたくらいだ。
敵は何人か分からないが、最初に感じたとおりここで戦闘が行われていたのだろう。見た限り服装は二種類。
黒と、群青。
しかも見える範囲では、群青は一人。集団リンチか。ついでに私に攻撃を仕掛けてきたのも黒い服のほうである。
「麻痺せよ!」
持っていた杖を振りかぶって、当てました!
赤い光が走って、黒服の一人に当たる。申し訳ないが、今はマグルがどうだとか言ってられない。命の危機です。正当防衛です。
呪文を当てられた黒服は、効果の通りぶっ倒れてくれた。このまま黒服は全員伸します。失神するだけなので容赦はしない。優先するべきは自分の身の安全である。
こちらに気が付いて構える彼らを、私は言葉の通りばったばったと倒していく。すると群青の人と対峙していたらしい黒服が、何か喚いた。
「くそ、援軍か!」
黒服は手に刀を持っていたようだ。こちらを気にしつつも、まだ味方が残っていることに安心してたのだろう。再び群青に襲い掛かる。血の付いた、ぬらりと光る刀を振り上げて。
何をどう考えても、このままだと群青の人が大怪我を負う。彼らが戦っている理由なんて、私には一切関係ない。助けなければ。
「武器よ去れ!」
振り上げられた刀が吹き飛んだ。ここでようやく、群青の人がこちらを向いた。
だが私はそれどころではない。何故か一斉に向かってきた残りの黒服たちに、残らず失神呪文を掛けなければならなくなったからである。

「卒業してすぐに攻撃魔法のオンパレードとか、ほんとマジやめて欲しい……」
失神した黒服の(恐らく)男たちを呪文で縛り上げながら、私は落ち込むしかなかった。知らない土地に迷い込んで、攻撃受けて、マグルっぽい人間に攻撃魔法を使って。これ冷静に考えると、卒業取り消しなんてことになったりしないだろうか。怖い。でも今はなんというか、早く魔法省でも何でも来てほしい気分だ。
「よーし、完了」
失神した黒服を一人残らず縛り上げて、私はようやく群青の人がいた方を見る。するとその人も、座り込んだままこちらを見つめていた。
顔の半分以上が布か何かで覆われているために造形も表情も見れないが、背景に文字を入れるとしたらぽかーんだろう。うん、君の立場だったら私もそうなる自信がある。
だがいつまでも見詰め合っているわけにもいかない。私は怯えられることを覚悟の上で、声を掛けた。
「あのー大丈夫ですか?」
すると少し離れていても分かるくらい、群青の人の肩が揺れた。これ絶対怖がられてる。ファイナルアンサーします。
本当ならきっと、私は近づくべきではないのだろう。しかし、その、怪我をしているのが分かるのだ。どこかはよく見てみないと分からないが、肩を揺らした瞬間痛そうに身体を縮めているから間違いない。
「……万全の守り」
もう一度自分に守りの呪文を掛けて、群青の人に近づく。手負いの生き物は何を仕掛けてくるか分からないから。
そうしてじりじりと距離を詰めていくと、ある箇所で群青の人は立ち上がろうとした。どうやらその辺りからは近づいて欲しくないらしい。
「待った、動かないで、怪我してるでしょう。私はここで止まるから、ちょっと傷口見せてくれない?」
距離にして3〜4メートル程。顔が見えるようになる。体格からして、男の子、だろうか。
「な、にを」
男の子(仮)は、私の言葉が理解できないようだった。確かにそうだ。突然現れて敵と思わしき黒服をなぎ倒し、最後には傷口を見せろ。怪しいことこの上ない。
しかしここまで近づけば、その怪我がどれほどのものか見えてしまう。怪しかろうとなんだろうと、応急処置だけはさせてもらおう。
「……本当はもっと近づいたほうが効くんだけど、癒えよ!」
杖からほんのり小さな光が飛んでいく。私は癒しの呪文はそう得意ではなかったから、本当に応急処置だ。血が止まれば良いほうというレベルである。
光は座ったままの男の子の腕に当たると、そのまま身体に吸収されていった。うむ、よろしい。怪我で避けられなかったというのが大きいだろうが、どういう形であれ当たればいいのだ。当たれば。
「っ!」
「とりあえず、血が止まって痛みが薄れればいいんだけど……どう?」
男の子は随分驚いたようだ。腕と私を交互に見て、それから腕を凝視している。そのまま足のほうにも視線を向けて、なんと、立ち上がった。
「あ、ちょ、それ応急処置だから!動いたらアウト!」
だがやはり立ち切れなかった。途中でひざが折れて、崩れ落ちる。はっきり言って心臓に悪い。折角うまくいった癒しの呪文が台無しになるじゃないか!そう思った瞬間、とっさに身体が動いて男の子を受け止めた。
勿論受け止めるといっても、地面と男の子の身体の間に半スライディングしただけだ。はたから見れば、抱き合っているようにも見えるかもしれない。
男の子は随分驚いたようだ。二回目。
「あ、う、すみま、せ」
警戒はしていても、礼を言うだけの常識は持っているらしい。いや、今のは嫌味だった。私ならきっともっと取り乱してる。
「あーいや、私のほうがごめん。止まるって言ったのに来ちゃった。ついでにもう一回。癒えよ!」
抱えて分かったが、これは完全に高校生くらいの少年だろう。少しガタイは良いかもしれないが、スポーツやっていればこれくらい付く。
そんなことを考えながらもう一度癒しの呪文を掛ければ、少年の身体全体がほんのり光った。これで、怪我に関して私ができることは終わりだ。
さて、これからどうするか。この少年は話せるようだし、一応ここがどこだか聞いておいたほうがいい。マグルに攻撃魔法乱射したことで魔法省が……待て。


待てあやめ、初めから良く考えろ。


知らない森。忍者らしき集団。忍者らしき少年。本物の刃物。本物の血。怪我。迅速な行動が売りなはずの、いつまで経ってもこない魔法省。
「あ、あのさ少年ちょっと変なことを聞いても良いかな?」
そっと身体を離して、少年の顔を覗き込む。顔を隠す布から覗く髪が見える。
「ここは一体どこで、一体いつの時代なの?」


私はタイムトラベルの魔法なんて、教わった覚えないんですけど。



end?

20120418
魔法と忍術のご対面
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