「本拠地を突き止めよう」
決意したように言う黒木くんは、子どもだけど子どもじゃなかった。
「え、それ危なくない?」
きり丸くんにそう言えば、彼は軽く首を傾げて考えるような仕草をする。
「でも放っておく方が危険でしょ。いつ誰が狙われるか分からないし」
隣りで相変わらず通りを伺っている黒木くんが、こちらを見ずにきり丸くんのセリフを継ぐ。
「勿論ぼくたちだけで捕まえるなんて無謀なことはせずに、とりあえず本拠地だけ押さえて土井先生に報告しよう。場所さえ分かればあっという間だろうから」
やろうとしていることはすでに結構無茶苦茶な気がするのだが、本当に大丈夫なのだろうか。そんな考えが顔に出ていたのだろう。きり丸くんはこっそり耳打ちしてくれる。
「一年は組は実戦経験は豊富なんだ。だからこれくらいなら大丈夫」
自信があるような口調に、ふと、竹谷くんの言葉を思い出した。一年は組とはそんなに関わらないでください、というアレだ。今なら少し意味が分かる気がする。この子達は自分からトラブルへ巻き込まれるタイプなんじゃないだろうか。
「でも相手は大人だよ?子どもだけは不味いって」
出来るだけ黒木くんには聞こえないように、きり丸くんに忠告する。だって相手は大人だ。子どもでは絶対に力では敵わない。もしうっかり接触してしまったらそれこそ一大事だ。
「でも皆やる気みたいだから、今更止めるのは難しいと思いますよ」
「きり丸くん敬語出てる敬語出てる」
やべ、と口を押さえるきり丸くんは可愛い。しかし他の子を集め始めた黒木くんやそれに賛同している様子を見ていると、止めるのには確かに骨が折れそうだ。
やる気に漲っている子どもを止めるのは重労働だろう。肉体的にも精神的にも。言い聞かせるのには限度があるし、この人数では力技でどうにかする気も起きない。そもそも今の私は小さいので、どう考えても無理です。
「でもあやめさ、ちゃん、を巻き込むわけにはいかないか」
しかしきり丸くんは私の姿を見つつ、小さくつぶやいた。握られていた手を放されて、そうして頭を撫でられる。な、慣れない。
「庄ちゃん、おれは止めとく。あやめちゃん巻き込んだら不味いし」
「え、」
「……確かにそうだね。ぼくたちも深追いするわけじゃないから、確認したらすぐ戻ってくるよ」
私が口を挟む暇はなかった。黒木くんはきり丸くんの言いたいことが分かったのだろう。すぐに話は纏まる。
「はにゃ〜きり丸は戻るの?」
壷を持った男の子がきり丸くんにそう尋ねるのを聞いて、思わず裾を引っ張った。危ないとは言ったが、私はきり丸くんの行動を制限させるつもりはないのだ。そもそもこんな姿になっているのは自分自身が原因で、それをきり丸くんは善意で保護してくれているだけなのだから。
「きり丸くん、」
「ん、預かってんのに怪我させるわけにはいかねーからさ」
聞いてくれない。多分私の言いたいことは分かっているはずなのに。
「でも他はどうしたんだよ。随分少ないじゃん」
「ん〜しんべヱと団蔵と虎若は実家でしょぉ、三治郎と兵太夫は用があるから今はいないんだー」
そして一年は組はこれだけではないらしい。何人いるんだろう。人数なんて聞いたことはないが、忍者になりたい子って結構いるみたいだ。
話し続けるきり丸くんに思わず肩を落とすと、今度は話の矛先が何故か私へ向いた。
「で、きみは何ていうの?ぼくは山村喜三太。ところでナメクジは好き?」
おい待て何が起こった。私に名前を尋ねてきた山村くんは、壷を大事そうに抱えている。そう、ここまではいい。だがその壷からこんにちはしている生き物は何だ。どう控えめに見てもナメクジである。
「えっと、あやめです。えー、ナメクジ?」
思わずきり丸くんに視線を向けてしまった。すると彼は特に気にすることもなく平然としている。どうやらこの壷ナメクジは特に驚くべき箇所ではないらしい。ということは、この状態がデフォルトなのか。
「そ、ナメクジさん」
別に苦手なわけではないが、特別好きというわけでもない。私もこのくらい小さな頃は得意ではなかった気もするが、なんというか、ナメクジは時折魔法薬学にも使われる材料だ。見たくもありません!というレベルの拒否反応を示してしまったら、授業なんか受けられない。
「山村くんはナメクジ好きなの?」
「うん、この中に飼ってるんだあ」
持ち上げられた壷の中で飼っているらしい。だから複数のナメクジが見えるのか。山村くんは強者である。
ならば嫌いではないというところまで言えばいいだろう。うっかり「ナメクジって刻むの大変だよね」みたいなこと口にしないようにしなければ。
「私は嫌いではないかな。喜んで触ったりはしないけど」
「えっ、ほんと?」
ぱっと山村くんの表情が明るくなって、隣りでそれを聞いていたきり丸くんは驚いたようだった。私の年の頃(ここでは元の年齢をさす)の女性では珍しいかもしれない。
「接する機会が普通の人より多くて」
きり丸くんの不思議そうな視線にそう答えると、その機会とやらを想像しようとしたみたいだ。だが思いつかなかったらしく、首を傾げられてしまう。
「喜三太、やつらが動いた」
黒木くんはそう声を掛けると、きり丸くんに軽く目配せして尾行を再開した。乱太郎くんたちが後でねと手を振るのを見て、居た堪れなくなってくる。
「きり丸くん、やっぱり」
勿論、危ないことをするのをすすめるわけではない。でもこうやって一人置いていかれるのは違うと思うのだ。しかも私のせいで。
「あやめさんは今は小さいんですし、危険なことは関わらないのが一番ですって。それにおれたちこれでも忍者の卵ですから、自分の身くらい自分で守ります。多分」
「うわあ、その最後の多分が凄く不安なんだけどどうしたらいい?」
忍者の卵といっても彼らは一年生だ。竹谷くんたちとは話が違う。
ふと、竹谷くんと出会ったときのことを思い出して、ぞくりとしてしまった。あんな怪我をしたら、この小さな少年たちがどうなるかなんて考えなくたって分かる。相手が忍者でなくたって、大人なのだから。
「……、行こう!」
「え?」
私は繋いでいないもう片方のきり丸くんの手を取った。彼はきょとんとこちらを見て、小さく、仕方なさそうに笑う。
「大丈夫ですって。それにおれは、あやめさんが危険な目に」
「私、待つの苦手なの」
「へ」
「こういう状態になったときって、待ってるのも結構精神的に来るものがあってね。むしろ一緒に行動を共にしていた方が心情的に楽と言うかなんというか……とにかく、私の心の平穏のために追いかけよう!」
きょとんとするきり丸くんに畳み掛ける。心配なら付いていったほうが遥かにいい。小さくなったって魔法は使えるのだから、アシストくらいはできるだろう。
「あやめさんって、ほんと、なんていうか、」
ぽつりときり丸くんがなにかをつぶやいたが、小さくて聞こえない。でも追いかけるというのは考えてくれたようだった。まあ、私一人でも走り出しそうだしね。
「じゃあ行きましょう」
さて、彼らはどこに向かったのだろうか。話していた時間は少しだけのはずなのに、ばっちり見失いました。


...end

「あやめさんって、ほんと、なんていうか、放っておいたらあっさり騙されそうで危ないなあ」
20121104
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