結局、きり丸くんのお願いに折れてしまった。折れたと言うよりも、流されてしまったというほうが正しい。最終的に泊まることになってしまったのだから、もうどちらでも構わないのだが。けれど少し楽しそうに私の手を握るきり丸くんに、一日くらいなら良いかなんて、甘い考えが浮かんでしまったのは仕方のないことだと思う。
しかしそれにしても、後ろから歩いてくる土井先生に戦々恐々とせざるを得ない。だって土井先生、こーんなあやしい子どもを泊めると言うきり丸くんの言葉にあっさりオッケー出したんですけど。彼には一体何が見えているのか、とても不思議で仕方ないです。
「きり丸にあやめちゃん」
ドキドキしている最中に本人から話しかけられて、思わず肩を跳ねさせてしまった。いやホントこれ驚くんですって。
ただ一つ救いなのが、きり丸くんが事前にちょっとした設定を作ってくれていたことだ。私は人見知りで、きり丸くんに懐くイイトコのお嬢さん。まあこれで土井先生にびくびくしていても多少は問題ないだろう。イイトコのお嬢さんが人に預けられるなんてことはないという根本的な解決にはなっていないが、その辺りは強引に押し通る。邪魔するな!状態。アシタカか。
「なんです?」
「私はこれから買い物があるから、お前たちだけで先に帰ってなさい」
土井先生はそれだけ言うと、するりと道を逸れていく。そこそこ人通りはあるのに全然ぶつかる様子は無い。さすが忍者だ。
その後ろ姿をぼんやり見つめていると、きり丸くんに手を引かれて我に返る。
「行きましょ、あやめさん」
「きり丸くん、それはまずいって」
「え?」
「名前。呼び捨てで大丈夫だから」
呼び方を注意すれば、きり丸くんは少し考えた後に納得したように頷いた。さすがにこんな小さな子どもをさん付けで呼ぶのは違和感があるだろう。
「じゃ、じゃあ、その、あやめ……ちゃん?」
「ううーん、それもしっくりこないね……でも仕方ないかなあ」
正直そうやって呼ばれ慣れていないのでどことなくむず痒いが、きり丸くんがこの方が呼びやすいというのなら我慢するべきだ。それに一応限られた時間内のことだけだろうし。
「あやめちゃんあやめちゃん、うーん、言い間違えないようにしないと」
二人でそんな話をしながら歩いていると、きり丸くんが途中で立ち止まった。そうしてこそりと私に耳打ちする。
「あの先にいるのが、一年は組です。保険委員の乱太郎は知ってますよね」
「うん。三治郎くんと虎若くんも分かるよ。生物委員会関連で会ったことがあるから」
しかし私たちの視線の先にいる小さな集団は、妙な行動を取っていた。其処彼処に身体を隠しつつ、前方を伺うようにしている。まるで探偵だ。
「あれ、何やってるんだと思う?」
「隠れてるってことは、何かをつけてるんでしょうけど……」
二人で顔を見合わせて、二人の考えがおおよそ同じであろうことを視線だけで確かめ合う。アイコンタクトだけで意思の疎通が可能なんて、私たち良いコンビでも組めるんじゃないだろうか。
だがそんなことを言っている場合ではない。一応、何をしているか声を掛けた方がいいだろう。さすがに探偵のような行動をしている彼らに大きな声を出すことは出来ず、こちらもこそこそしながらは組メンバーに近づいた。
「乱太郎」
一番手短な場所にいた乱太郎くんに、きり丸くんが声を掛けた。手は繋いだままなのだけれど、その、ばれないか凄くドキドキしてきた。人間が小さくなるわけないからばれないでしょあははーという考えは、きり丸くんが見事に破ってくれている。
「きり丸」
「何やってんの、凄く怪しいぜ」
乱太郎くんに声を掛けたきり丸くんに他のメンバーも気がついたようだ。こちらをチラチラ見つつ、前方にも気を配っている。きっと私が気になるのだろう。でも前の方も見なくてはならないというこの感じ。
「いや、すっごく怪しい人がいて、ちょっと様子を見てたんだ」
乱太郎くんの隣りで前を伺っていた眉の凛々しい男の子が、乱太郎くんの代わりに答えてくれた。ただ、代わられた本人は「セリフ……」とつぶやきながら落ち込んでいる。なんというか、ご愁傷様です。
「それはいいとしてきり丸。その子は誰?」
乱太郎くんのセリフを取った男の子の姿に覚えはない。恐らく通常の年齢の私でも初めましてだと思う。きり丸くんもそんな私の様子に気がついたのか、名前を教えてくれた。
「黒木庄左ヱ門。一年は組の学級委員長だよ」
はっきり言ってこの人数を一発で覚える自信はないが努力はしておこう。口の中で小さく繰り返す。
「で、こっちはあやめさ、ちゃん」
ギリギリで言い直した。危ない。
「預かることになってさ」
黒木くんに向けられていた視線がこちらへと移動して、にっと笑われる。黒木くんは普通にアルバイトかと頷いて、乱太郎くんは首を傾げた。やっぱり引っかかりますよね!!!
「あやめちゃんって、あやめさんと同じ名前だね」
何の疑問もない感想だった、と思う。私も肩を跳ねさせるなんてことはしなかった。だが黒木くんは聞き慣れない名前を疑問に感じたのだろう。
「あやめさん?」
「ほら、三治郎と虎若が言ってたじゃない。猫の人。あとほら、熊に襲われた不運なお姉さん」
黒木くんの疑問に乱太郎くんが答えたのはいいが、何その妙な呼び名は。一体私はどういう認識なんだろう。そしてちょっとショックなのが、その、不運って。不運ってお前。保健委員じゃないんだから。
「ああ、そういえばそんなことあったね。ぼくは関わりなかったから……」
黒木くんがこちらを向いてにっこり笑った。きり丸くんも可愛いが、黒木くんもレベルが高い。将来が有望すぎて眩しいです。
「黒木庄左ヱ門です。よろしくね」
「あ、わたしは猪名寺乱」
乱太郎くんの自己紹介はそこで途切れた。前を伺っていた別の男の子の一人が、彼に突撃したからだ。いや、突撃というより上から降ってきたと表現する方が正しいかもしれない。
だって言葉通り、乱太郎くんは人の下敷きになって潰れている。
「わあ、ごめん乱太郎。でもあの二人動いたよ。こっちに来る!」
それからの彼らの行動は本当に素早かった。それぞれ迷いもなく動いて、人の死角になるであろうところに身を隠していく。私もきり丸くんに引っ張られて、黒木くんと同じ物陰に押し込まれた。
しかも死角ではあるがこちらからは通りがしっかり見える。小さいながらも忍者なのだと感心してしまう。
「庄左ヱ門、怪しい奴って?」
「ん、ほら、あの男女二人組み」
しゃがみ込んだ頭の上で、二人が会話を交わしている。私も何となくその方向を見て、思わず小さく声を上げてしまった。勿論人が沢山いる通りには聞こえないだろうが、きり丸くんと黒木くんの耳にはしっかり入ったようだ。
「どうしたの?」
尋ねてくる黒木くんに思わずきり丸くんを見たが、答えを促されてしまった。
「や、あの二人組みにちょっと絡まれて……多分ベタな誘拐犯だと、思い、ます」
小さな二人が(今は私も小さいけれど)顔を見合わせるのを見て、なんとなくまた、何かに巻き込まれそうだと思いました。まる。


...end安定の保健委員の不運。そしてあやめの保健委員=不運という知識は、忍たまたちからの情報
20121021
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