助けてくれた男の人の名前は、土井半助というらしい。どうやら私が男に話しかけられているのをたまたま見ていたようだ。妨害魔法を使ったのは恐らくばれていないと思う。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「えっと、あやめ、です」
一瞬偽名の方がいいのかと思うが、正直そう簡単にそんなものが思いつくわけもなく。とりあえず名字は教えない方向に決めた。いい人だとは思うが、同姓同名はさすがに違和感があるだろう。この町で私の名前、少しは通っているようだし。
「あやめ、ちゃん?」
「はい」
土井さんは何度か瞬きして、それから何事も無かったかのように私の名前を呼ぶ。これはもしかしたら、あやめという名前を聞いたことがあるのかもしれない。
でも元の私の姿と今の私の姿は、どうやっても結びつかないだろう。元は同じ人間だから多少は似ているかもしれないが、まさか人が縮むなんてことは考えまい。安心して別人の振りをしますとも。
「一緒に来ていた人はいないのかい?一人でいると危ないだろう」
「……」
いきなり本題である。この土井さんにしてみれば、私のような小さいのは、早めに保護者の下に返したいに違いなかった。私もきっとそう思う。
でも困ったことに、今の私には保護者と表現できる人はいない。だからこうやって尋ねられても、答えることが出来ないのだ。抱き上げられて正面から答えられない問いを出されるのは、なんて苦痛なんだろう。
答えが無いために黙り込んだ私に、土井さんは困ったように微笑んだ。こちらが答えないことを責める様子はない。良い人だ。
「置いてはいけないし……そうだな、一緒に探してあげよう」
本当に良い人過ぎて心が痛いです。
「大丈夫です。あの、助けてくださってありがとうございました」
なので早めにお暇しよう。初めからいないものを探させるなんてことは、いくらなんでも出来ない。というかしたくない。
この歳にしては恐らく使わないような言葉遣いで礼を言う。少しは演技しろよと突っ込まれるかもしれないが、幼女の真似なんてしたら完全に精神がやられる。振り返って居た堪れなくなるに違いなかった。黒歴史怖い。
しかし土井さんはそれを別の方向へ捉えてしまったらしい。
「……いないのかい?」
その表情に、心臓の辺りがぎゅっとなってしまった。なんて寂しそうな顔をするんだろう。思わず首を横に振って否定してしまう。いないのに!
「でも、その、」
とりあえずこの人からは離れた方がいい気がする。色々ボロが出そうだし、何よりこの姿のまま長い間歩きたくない。縮み薬の効果はいつまでかは分からないのだ。突然元に戻りました!なんてシャレにならない。反対に、数日間このままです!という可能性もあるのだが。
「なら誰かと一緒の方がいい。さっきみたいに悪い人に連れて行かれてしまうよ?」
「大丈夫です……」
「無理しなくて大丈夫」
ぽんと背を軽く叩かれて、何も言えなくなってしまう。土井さんの言っていることは確かに正論ではあるのだが、今の私には大変都合が悪い。善意から言っているのが分かるから、余計に強く出られなくなる。小さな身体を抱く腕は優しいし、笑顔も癒し系。完全に保父さんですね分かります。
しかしいつまでもこうやっているわけにもいかない。いつ戻ってしまうかというのも理由の一つではある。でも一番は、これ以上この人の時間を無駄にしたくないからだ。今度は普通の姿のときに会いたいものである。
「ほんと、平気です。助けてくださってありがとうございました」
頑なにそう言えば、土井さんは迷って、それでもこちらの意見を優先させて下ろしてくれた。私はもう一度お辞儀して、土井さんを見上げる。こちらに合わせようとしてしゃがんでくれているから、目線は簡単に合う。
そうしてくるりと方向転換した瞬間だった。
「あれ、土井先生なにやってんすか」
「きり丸、まだ帰ってなかったのか」
まさかのきり丸くんである。
「!!!!!」
目の前にひょいと顔を出した可愛い少年は、小さくなった私よりも大きい。やっぱり年齢は一桁か、いや、そんなことを言っている場合ではなくて。
「あれ、この子は?」
絶対に動揺が顔に出たのだろう。きり丸くんが訝しげに土井さん改め土井先生に尋ねる。というか忍者の学校の先生なんですね。わーどうしよう。
「ああ、ちょっとな」
だが土井先生は私の名前を口にはしなかった。関わりはこれっきりとの考えか何かは分からないが、大変助かる。
「ふー……ん?」
きり丸くんはふと、私の手の辺りに釘付けになった。
「?」
私はその視線を何となく追って、そして固まる。さっきの女の腕を攻撃した杖を、出したままだ。
さっと手を後ろに隠すがきっともう遅い。土井先生の方は子どもの拾ったものかと思うかもしれないが、きり丸くんはこれを良く見たことがあるのだ。しかも拾いに行ってもらった。
もし覚えていたら、何て言われるだろう。これはあやめのものだと問い詰められるだろうか。それとも似ている木の棒で済ませてくれるだろうか。
「……あやめさん?」
小さな声だった。それでも十分だ。私は身を翻して、一目散に走り出した。


...end

子どもの勘を侮ってはならない。
20121009
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