人間とは失敗する生き物だ。その種類は様々ある。一番多いのは恐らく、生活の上でのちょっとしたミスから生まれる失敗。普通なら笑って済むような、特に影響の無いもの。
少なくとも、私が以前生活していた世界ではそうだった。魔法薬を作るのに失敗爆発無反応なんて常識だし、うっかりその完成したものを浴びてしまう、なんてことも無いわけではない。

まあ遠まわしに言わず物凄く簡単に説明しますと、久々にトランクを整頓しようと中をあさり、そんなこんなで本当にうっかり薬品を被り、その効果のせいで不法侵入の疑いを掛けられ宿の外に放り出されるという状況になっています。てへ。
てへ、じゃない。それどころじゃない。ふざけている場合でもない。
「どうしてよりによって縮み薬なんだ……」
体勢がリアルにorzになりました。縮み薬の効果で幼くなったのだから、視界に入る手も当然小さい。本当に泣けてくる。
一つ救いなのは、着物をギリギリで自分のサイズに合わせられたことだ。ただ急いでいたせいか、そこかしこが緩かったりきつかったりする。これは杖もあることだし、ちょいちょい直そう。
「はあ、どうしよう……」
いつまでも膝を付いているわけにはいかないから、とりあえず立ち上がる。そうして付いた埃を払い、これからどうするか考えた。
宿の部屋に戻ってトランクを片付け、そのまま外に出ないで引きこもるしかないだろうか。だがまた宿の従業員に見つかったら、確実に摘み出される。今度は警察的な何かに引き渡されてしまう可能性だってないわけではないだろう。こっちの仕組みが良く分からないので何ともいえないが。
そんなことを考えながら自分の身体や顔をぺたりと触る。鏡が無いから良く分からないが、これは結構小さくなってはいないだろうか。きり丸くんと同じくらいか、いや、もしかしたらそれより小さいかもしれない。
「宿に戻るのはやめた方がいいかなあ。でもこの姿でうろうろする方が危険か、」
腕を組んで考える。しかしそれにしてもなんという状況。こちらの世界の人にとってはまさに、事実は小説よりも奇なりを言葉の通りばっちり現わしているに違いない。
しかしどうやって過ごすにせよ、部屋には戻らなければならないだろう。トランクの荷物はほとんどそのままで放り出されてしまったから、片付けたい。……戻れたなら、もう本当に引きこもる。人避け魔法やマグル避けをがんがん掛けて引きこもる。
さて、戻るにしても方法はどうするべきか。この姿で姿現わしって出来るのかな。ばらけるのは遠慮したいんだけど。
「ボク、こんなところに一人でどうしたんだい」
背筋がぞくぞくするような猫なで声が、頭上から降ってきた。とっさに振り向きつつ、距離をとろうと後ずさる。だが悲しいかな。小さくなったせいで良い感じに足がもつれた。
「わ、」
後ろに倒れこもうとしたところで、大人の腕が私の身体を捕らえる。
「おっと危ない。驚かせちゃったかな?」
そろりと視線を上げると、そこにはひどく優しげな表情をした男がいた。ちなみに、私はこんな人知らない。その一見優しい表情にも何となく嫌な予感がして、自分の身体を支える腕から逃げるように後ずさった。今度はうまくいく。
「……ところで、ボクはお父さんたちとはぐれちゃったのかな?」
男は私の反応に少し驚いて、けれど声のトーンは変わらずに尋ねてくる。やっぱりこの姿でうろうろするのは不味そうだ。しかも良く考えたら、この服装もアウトな気がした。
女性の着物が動きづらくて男物を着ていたのだが、確かそこそこいいものを購入した覚えがある。今の私はそれを、自分の身体のサイズに合わせて着ているのだ。いい着物を、このくらいの子どもが着ている。それは簡単に言えば、良いとこの子どもが親とはぐれて迷子的なものに見られているのではないだろうか。
ちょっと悪い人から見たら、がっつり餌食だ。誘拐的な意味で。
「いえ、結構ですお構いなく。問題ないですからお引き取りください」
頭が自分の状況を理解した瞬間、しっかりとお断りした。すると男がぎょっとしたように私を見て、それから口元を歪める。だがこちらは、男の反応を確認した時点で一目散に走り出した。こいつはアウト。絶対に「良い人」ではない。小さくなった足で、短くなった腕を振って、男から離れるためにとりあえず走る。
これは人のいる方へ行くべきか、裏路地に入って魔法を使うべきか。出来るなら魔法は使わない方がいいのだろうけど、こういった人間がどういう手を使うか分かるわけではない。なら気配は消せなくとも姿は消すことが可能なわけだし、素早く箒か空飛ぶマットで上空へ逃げてしまうのもありだろう。
空へ逃げてしまえばこちらのものだ。絶対に捕まらない。以前の誘拐犯たちのようにこんな人のいる場所で薬は使えないだろうし、その辺りの心配はしなくていいだろう。
「妨害せよ!」
小さく呪文を唱えて杖の先を後方へ向ける。男の驚いたような声がするが、確認なんてする必要もない。少しだけほっとして、足の動きを緩めたときだった。
「あら、こんなところにいたんですか」
突然持ち上げられた身体にとにかく驚いて、ぽかんと相手の顔を見る。今度は女の人だった。誰かと間違えているらしい。
「え、あの、あなた誰ですか……」
思わず丁寧に尋ねると、やっぱりその女性も少しぎょっとする。こんな小さな子どもには、合わない話し方だから当然ではあるだろうけど。
「いやだわ。またそんな……お父様がお待ちですよ」
「だから人違い、」
そこまで言ってようやく気がつく。私を抱き上げたこの女性も、さっきの男の仲間であろうということに。女の人だからと油断した。考えればそうだ。相手が単独とは限らない。
とっさに持ったままの杖を女の腕に押し当てて、麻痺する呪文を唱える。さすがにこんなところで失神させるわけにもいかない。抱えられた私も危ないし。
「ぎゃあ!」
呪文を当てられた腕に痛みが走ったのだろう。女は私をぽいっと放り投げた。もう一度言う。放り投げた。これなら失神させた方が危なくなかったかもしれませんね!!
軽い身体は宙を舞って、私は地面へ放り出される衝撃にぎゅっと目をつぶる。痛いのは嫌だが仕方ない。杖だけは放り出さないように握り締めた。
だがいつまで経っても地面に付かない。いや、既に浮遊感は無い。思ったよりも、衝撃は少なかった。というよりほとんど無かったというほうが正しいかもしれない。
「……え?」
「間一髪、」
私は再び人に抱えられていた。どうやら放り出されたのを受け止めてくれた人がいるらしい。一瞬こいつも仲間かと思ったが、目の前の女の人が苦い顔をしているから、そうでもないのだろう。
「大丈夫か?」
覗き込んできたその人は、随分かっこいい男の人だった。勿論竹谷くんたちもかっこいいのだけれど、こちらはなんというか、こう、大人の色気も兼ね揃えたような。あ、いや、こんな時にすみません。
「……平気、です」
抱きとめられたまま、何となくその人の服を握った。イケメンに悪い人はいないなんてことは言わないが、こんな風に柔らかく優しく微笑めるなら、少なくとも誘拐犯ではないだろう。
すると私の様子にその人は抱えなおしてくれて、しかも苦い顔をしている女の人に向き直った。
「この子に何か用ですか?」
「え、あ、いや、」
いつの間にか追いついたらしい男とこそこそ話して、悔しそうに人に紛れて逃げていく。これで一応一安心だろう。


...end

事実は小説よりも編開始
20120930
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