「ここかーっ!!!」
「ぎゃーーーー!!!!!」
暴君七松の襲来に、本気で叫んでしまったのは仕方のないことだと思います。いや、本当に。


ジュンコちゃんとは腹を割って話すことを心に決め、私は気合いを入れて立ち上がった。こんな風にダラダラとしている暇は無い。富松くんは早めに学園の方に引き取ってもらった方がいいだろう。それは彼の為でもあり、何より私自身の為にもなる。
正直実習中の生徒を預かるのは荷が重いと思うのだ。何をやっているのかも知らないし、聞くことも躊躇われる。
「じゃあその、実習を監督する先輩を、まずは探さないといけないわけだね」
しかも私の苦手な暴君七松を。
言葉にせずとも後に続く言葉が分かったらしい伊賀崎くん改め孫兵くんは、笑っていいのか心配していいのか迷ったようだ。表情がなんとも情けないことになっている。だが元が可愛いからそんな顔も可愛いです。美形は得だ。
「大丈夫ですか?」
「へ、平気。問題ない。ただし速攻でお引取り願います」
「はい、そうしましょう」
力強く言えば、孫兵くんもしっかり頷いた。虎の時の嵐のような暴君七松は、私たちの記憶からなくなることは無いと思う。本当に。……こうして考えるとトラウマみたいになってないかこれ。
事情を知らない数馬くんと藤内くんは、不思議そうに顔を見合わせている。
「よし、」
闇雲に探すのは難しいだろう。私でも可能な妖精魔法で当たりをつけて、あとは人探しの呪文で場所を特定してしまえばいい。広範囲での人探しの呪文は難しいのです。
それから孫兵くんにその辺りをうろうろしてもらえば、きっとその先輩が様子を聞きに出てくるに違いない。
目を閉じて深呼吸する。そうして小さく呪文を唱えると、小さな淡い光が現れた。蛍のような大きさで光も薄い。こんな昼間だから他の人には見えないだろう。
頭の中で私に抱きついた暴君七松をイメージする。本来なら当人の物があったほうが見つけやすいのだろうが、ないのだから仕方が無い。それにこの辺りにいると、当たりを付けられるだけでいいのだ。
「え?」
けれど呼び出した妖精はその場でくるりと円を描いて見せると、あっという間に消えてしまった。
「どうしました?」
私の様子に孫兵くんがそう問いかけてきた。だが私はそれどころではない。だって簡単な妖精魔法も失敗したようなのだ。これはまさか、使わないうちに腕も落ちているとかそういう。マジでか。
「や、そんなことは、……んん?」
腕を組んで少し考える。使わないことで腕が落ちるなんてこと、聞いたことがない。攻撃魔法なら多少技の切れは落ちたりするだろうが、そんなこといっていたら、長期休暇中の未成年の魔法使用禁止だって影響が出てしまう。
「……と、いうことは、」
妖精が円を描いて消えたのは、探している人物が既にこの近くにいるということなのではないだろうか。
「げ、」
状況を理解してさっと出入り口(襖)を見た瞬間だった。すぱーんといい音を立てて、襖が開いたのは。
「ここかーっ!!!」
「ぎゃーーーー!!!!!」
しかもその開けられた襖は、何だか嫌な音を立てて端にぶつかった。この音絶対壊れたと思う。
そうして開いたその先にいたのは、紛れも無く暴君七松である。しかも両脇に一人ずつ二人の人間を抱えて、それはもうギラギラした感じで仁王立ち。あ、襖は足で開けたんですね。
「お、あんたが仙ちゃんが言ってた"あやめさん"?」
その仁王立ちしたままそう尋ねてくる暴君七松に、思わずといった風に私は頷く。虎の時に感じたイメージを引き継いでいるせいか、にこにこしているのに凄く怖いです。
すると私が逃げ出したくなっているのが分かったのだろう。孫兵くんが私を庇うように立ってくれた。本当にありがたい。
「ふーん。で、お前らはどうしてこんなとこにいるんだ。実習中だぞ、実習中」
その問いには数馬くんが答えた。
「作兵衛が具合悪くなって、それでここで休ませてもらったんです。えっと、今は落ち着いてます」
「なに、それは大丈夫なのか?」
暴君七松は両脇の男の子たちを床に下ろすと、何の躊躇いもなく部屋へと入ってきた。そうして布団に寝かせられている富松くんを覗き込む。
「お、寝てる」
「はい。その、あやめさんが良くしてくださって」
「そうか」
数馬くんが私の方を見ながら話すせいで、暴君七松がくるりとこちらを向いた。それから視線が合って、そのまま動かない。こちらも動けない。猛獣と目が合ったら逸らせてはならない感覚に似ている。
「えっと、本当に休ませただけなので、出来れば早めに善法寺くんや新野先生に見せたほうが、」
視線に耐えられなかった。話しかけられてもいないのに、思わずぺらぺら話してしまう。すると暴君七松はそんな私を少しの間見つめ続けて、それから孫兵くんを見た。
そうして私にとっては何分もの長い時間に思われたのだが、誰も何も言わないということはそう時間は経っていないに違いない。けれど唐突に、暴君七松は私たちから視線を外した。あからさまに肩の力を抜いてしまう。怖い。暴君怖い。
「三反田から見てどうだ?」
「え、ああ、はい。僕も学園に戻ったほうがいいと思います。最初よりも顔色はいいし、きっとあやめさんから頂いた薬が……」
「薬?」
数馬くんの言葉でもう一度向けられる視線。背筋が伸びる。余計なこと言いやがって!!とは思うが、この反応は予想の範囲内である。あやしい人物からもらった薬など、普通怖くて飲ませられない。きっと七松がいたならば、薄めた元気爆発薬の出番は無かっただろう。そもそもこの宿に来ることだってなかった。
「そういう心得が、あるのか?」
「薬は、風邪全般と、一応疲労みたいのに効くはずです。さっきのは相当薄めてあるので、抵抗力を上げる程度の効果しかないとは思いますけど」
この人の視線は苦手だ。真っ直ぐで、それこそこちらが取りたい距離をなんでもないように飛び越えてきそうなイメージがある。ついでに逃げたら追いかけられそうな怖さも。
竹谷くんの目も真っ直ぐだが、ここまで恐怖心は抱かない。彼のは真っ直ぐで暖かく感じるから、根本的なところで違うのだと思う。
びくびくと七松を見ていると、彼は突然首を傾げて軽く身体ごと捻ってみせた。何だ、今度は何なんだ。
「私、"あやめさん"と会ったことあるような気がするんだが」
「へ?」
本当に何なんだ。確かに私たちは会ったことはある。だがその際の私の姿は、人間ではなく虎だ。今のあやめには影も形も見当たらない。
孫兵くんも暴君七松の言葉に多少驚いたのだろう。私の着物の裾をそっと握る。きっと同じことを考えている。こんなときに竹谷くんがいてくれたら良かったのに!と。
「だが何と言うか、うーん、違和感があるなあ」
しかしどうやら、七松氏自身も良く分かっていないらしい。私を全体的に眺めながら首を傾げるのを止めなかった。
「まあいいや」
最終的な結論はそうなった。考えるのが苦手なのか、答えを探すのに飽きたのかは分からないが私としてはそれが一番いい。逸らされた視線にほっとため息をついて、孫兵くんと顔を見合わせ、少し笑った。


...end
天井裏には長次が待機。この時に誰か(文次郎)がここから下を除いてた形跡を見つける。
20120921
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