「とりあえず寝かせはしたけど……あ、そういえばこの子はなんていうの?」
「富松作兵衛です」
なんの戸惑いも無く教えてくれた伊賀崎くんに思わず苦笑いする。聞いたのは私だが、そう簡単に教えてしまうのも問題だろうに。だが信用されている証と考えれば、それは嬉しいことだ。
心配そうにその富松くんを覗き込み、数馬くんは濡れた手拭いを乗せている。その横で藤内くんもそわそわして落ち着かない様子だ。
「数馬くん、どんな感じ?」
「おそらく風邪じゃないかと思うんですけど……どうしてこんなになるまで無理したんだろう」
室内に入って落ち着いたように見える富松くんは、それでも目を覚まさない。疲れているのか、本当に具合が悪いのか。
これは医者を呼んだほうがいいのだろう。でもそれなら学校に届けてしまった方が安心な気もする。だってあそこには新野先生や善法寺くんがいるのだ。初めての医者より色々お世話になっている人を頼りにするのは当然。
「単純に元気になる薬ならあるけど、あれは風邪専用だろうし。それにちょっとなあ」
ぽつりとこぼせば伊賀崎くんがこちらを見た。うん、言いたいことは分かる。でもそれは魔法薬なんだよ。
名称は「元気爆発薬」。名前の通り風邪のときに飲めば元気になる。だが飲むと、体温が上がって耳から煙が出るという訳の分からない副作用もあるのだ。私は三時間ほど煙を出し、友人に笑われ続けて、二度と飲むものかと誓った。
誓ったにもかかわらず、私のトランクの中にそれがあるのが不思議だが、まあ毒ではないし気にしない。
「薄めれば何とかなるかな」
軽く顎に手をやり、少し考える。蒸留水は魔法瓶の中にあるし、元気爆発薬も完成品が存在するのだ。私が一から作ったものなら飲ませるなんてことは絶対にしないが、それは優秀な友人がくれたものである。品質的にも効果的にも、とりあえず安心できるものだ。
「よし、ちょっとトランク持ってくる。そういえば伊賀崎くん、実習中って言ってたけど、先生になんとか連絡取れないの?」
「今回は、監督するのが先生じゃなくて六年生なんです。課題を終えたら集まる予定ですが、その時間まで結構あって」
伊賀崎くんの言葉に私は固まるしかなかった。だって、六年生……だと?まさか私を絶賛疑い中の立花くんと善法寺くんや、暴君七松がいるわけではないだろうな!
私の言いたいことが分かったのだろう。伊賀崎くんは少し済まなそうに眉を下げて、小さく言った。
「その、恐らく七松先輩はいらっしゃるかと」
「よし、早く元気になってしまおうか!!」
虎の時に出会った暴君七松は私のトラウマである。底知れない怖さというのだろうか。いや、動物ならではの第六感と表現すべきか。とにかく会いたくない一人ではある。
勢い良く襖を開けて、誰が止める間もなく自室へ向かう。トランクは小さくして持ってはいるが、あの四人がいる中で出すわけにはいかない。
途中で小さいトランクを出し、大きさを元に戻す。ついでに重さも少し調節した。余り軽いと、不思議で妙なものとして映ってしまう。
「えっと、ビンと……水はやっぱり女将さんにもらった方がいいかな」
指折り数えて必要なものを考えていく。薄める方法は水で問題ないだろうが、一度私も飲んでおこう。富松くんの耳から煙が出る事態は避けたい。
開いたままの襖から部屋へ入る。数馬くんと藤内くんが少し緊張した面持ちでこちらの様子を伺っていた。やはり警戒されているのだろうか。まあ、仕方が無い。彼らの先輩が私を疑っているのだ。ならば後輩がそれに影響されるに決まっている。特に気をつけるように言い含められていたら余計に。
「伊賀崎くん、ちょっと手を貸してー」
「あ、はい」
トランクの金具を上げて中を確かめる。ここのところ薬の方はいじっていなかったから、下の方にあるかもしれない。とりあえず、カモフラージュで入っている小物の材料を取り出してしまおう。
「これとこれと、こっちも持ってて」
「はい、わ、これって」
キラキラした石やビーズなんかがたくさん入ったビンに、伊賀崎くんが感嘆の声を上げた。ついでに変身術の道具も上の方に出しておこう。何かあったときにすぐに使えるところに出しておくのは大切だ。
「で、えーっと」
私のトランクの中には容量を無視した沢山のものが入っている。卒業する際に、寮の部屋のもの全てを持ち帰らなければならなかったから。だから探せば写真なんかも入っているだろうし、家具そのものをそのまま入れた覚えもある。
魔法というのは本当に便利だ。限られた空間を、自分の好きなように広げることが可能なんて。
「……一度、整頓しないと、」
薬を探すために様々なものが入り混じっているトランクを見て、私は一度目を閉じた。
トランクを開ける機会は勿論そこそこあった。小物を作るのもそうだし、自分の時間を潰す本を出すのも。けれど何が入っているかをしっかり確かめることはしなかった。
確かめたらきっと私は、元の世界に帰りたくなるだろう。そうしてどう考えても帰り方の浮かばない現実に、絶望するしかない。魔法が使えるからこうやって生活していられる。自分の身を守れる。だが、帰れなければそんな余裕だっていつかは崩れていくのだ。私はわざわざ自分で、そういうきっかけを作りたくはない。
でも、このままずるずると現実から目を逸らしておくことも出来ないだろう。
「……あやめさん?」
心配そうに私を呼ぶ伊賀崎くんにはっと我に返る。そうだ、今は自分のことよりも富松くんのことだ。
「ん、はい、これと、これが薬。水かお湯で薄めるから……こっちかな」
水の入った魔法の瓶にこつんと刺激を与える。その瞬間、ビンの中身がぐつりと煮立った。
女将さんがいつの間にか用意してくれていた湯飲みに、元気爆発薬を数滴垂らす。煮立ったお湯をがっつり中に入れてある程度冷まし、そうして。
「え、」
「あれ、」
「あやめさんが飲むんですか?」
一気飲みしてみた。そんな私を三人が呆れたように見ている。だが挫けない。問題があったら困るから。
飲んで少しすると、少し体温が上がった気がする。鏡で自分の耳の辺りを確認してみるも、煙は出ていない。薄すぎたのだろうか。でもあまり濃すぎても……。
「それは、何ですか?」
数馬くんは保険委員として、私の持つ薬らしきものに興味を持ったらしい。恐る恐るこちらへ寄ってきた。
「んー、簡単に言えば元気になる薬。難しく言うと、身体の体温を上げて免疫力を高めるっていうのかな……疲れとかも吹き飛ぶはずなんだけど」
私は少し考える。薄めているのだから、効果がそのままというわけはないだろう。
「疲れを少し取る、くらい?」
専門ではないから、詳しい説明は出来ない。そもそもこの時代に免疫力とか分かるだろうか。
そう言って湯飲みを寄ってきた数馬くんに渡す。そうしてその中にもう一度同じ数の元気爆発薬を垂らして、お湯を注いだ。
「少し冷まして、飲ませてあげてくれる?」
「え、あ、……はい、」
数馬くんは飲ませるかそうしないか一瞬迷ったようだが、すぐに決心したように目を閉じた。そうして湯飲みに口を当て。そう、恐らく毒見だ。
「あ、数馬くん!」
私はとっさに止めようとしたけれど、間に合わなかった。
「あっつう!!!」
「あ、熱いから冷ましてって言ったのに……」
私と数馬くんは視線を合わせて思わず吹き出してしまった。


...end

藤内は湯の出てきたビンをじっと見つめていればいい。そして相変わらず迷子組放置
20120910
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