「あやめさん!」
のんびり町中で散歩する私を、慌てたように呼んだのは伊賀崎くんだった。
「伊賀崎くん?」
振り向けばそこには困ったような表情で走ってくる彼がいる。一体どうしたのだというのだろう。それに今の時間はお昼を少し回ったくらいだ。今日は学校も休みではないだろうに。
「あ、あの、友人が実習中に倒れてしまって」
「じ、実習?」
思わず繰り返す。それって私に教えて大丈夫なのだろうか。でも伊賀崎くんは今、友人が倒れたと言っていた。これは手を貸すべきだろう。私に何が出来るかは分からないけれど。
「倒れた子はどこにいるの?」
「すぐそこです。今は数馬が付いています」
さすが保険委員だ。多少慣れているはずの数馬くんがいるなら、素人が手を出すべきでない気もする。でも具合が悪いと聞いてしまったら、帰るところまで見ないと私の気も済まないだろう。
手を引かれるままに伊賀崎くんに付いていく。すると途中ではっとしたように彼が私を見た。
「あ、でもあやめさん、今大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。私はいつでも暇人だから」
心配そうな伊賀崎くんにそう答えてあげると、安心したように再度手に力をこめられる。なにこの子可愛い。
「数馬!」
「数馬くん、」
二人してそう呼ぶと、数馬くんは驚いたように目を見開いた。伊賀崎くんがまさか私を呼んでくるとは思っていなかったのだろう。隣には初めて見る顔がいた。倒れている子もまた然り。
多少視線に「どうしてあんたが来るんだ」みたいなものを感じたが、まず優先すべきは転がっている男の子だろう。
「倒れたってどうしたの?」
具合悪そうに目を閉じている男の子の額に手をかざす。熱は、正直微妙だ。分からない。体温計でもあればすぐわかるのだけど、生憎私はそんな便利なもの持っていなかった。
「あ、あやめさん、どうして」
「ぼくが連れてきた。その、たまたま歩いているのを見つけて」
数馬くんが男の子の様子を見る私に尋ねるが、答えたのは伊賀崎くんだった。
「うーん、私は医者じゃないから分からないけど、こんなところに横にさせておくわけにはいかないよね」
少し考える。隣で数馬くんともう一人の男の子が不安そうにこちらを見ているのに気がついて、とりあえず建物の中に入ることを決めた。
「よし、ここなら私の宿に近いし、そこで休ませてもらおう」
「そ、そんな、悪いですよ!」
数馬くんがそう言っても、伊賀崎くんが私を呼んだくらいだ。先生にはすぐに連絡がつかない状態なのだろう。ならば下手にここでじっとしているより、どこかで休んでいた方が安全だ。
「悪くないよ。大丈夫」
私は安心させるように微笑んで、それから倒れている男の子の上体を起こした。誰かが運ばなければ移動は出来ない。それを同年代の男の子が出来るとも思えなかった。ならば運ぶのは私の仕事だろう。
だがそれにぎょっとしたのは残りの三人だった。
「え、あやめさんそれは無理じゃ」
「身体痛めますよ!」
「ぼ、ぼくらで運びますから!」
順番に、伊賀崎くん数馬くん知らない男の子。
確かに私では、この男の子を安全に持ち上げることなんて出来ないだろう。ふらふらして転ぶか、まず持ち上げることが出来ないか。だが諸君、私には魔法がある。しかも浮遊魔法というとても便利なものが。
「大丈夫大丈夫」
そう言いながら仕込んである杖に意識を集中する。そうして口の中で小さく呪文を唱えると、意識の無い男の子の身体が少し浮く。その瞬間を狙って、私は持ち上げる振りをした。後は必要以上に飛んでいかないように気をつけるだけである。
「え」という驚きの声が三つ揃う。衝撃ではあるだろう。女の私が、何の苦もなく子どもとはいえ人を持ち上げたのだから。
「よし、行こう!」
しかもあろうことか、抱えたまま小走り。自分でもちょっとやりすぎかと思うが、あまりじっと見られるとばれる可能性もある。
「あやめさん早いです!」
「わあああ、作兵衛を落とさないでくださいぃ」
「え、ちょ、迷子組みどうするの!?」
子どもを抱えた私の後ろを男の子三人が付いていく様は、大変不思議な光景だったと思います。


「女将さん、水とふとん用意してくださーい!」
「あらあらあやめさん、今度はいったいどうしたの」
女将さんは飛び込んできた私に不思議そうな表情をしながらも、すぐに言ったものを用意し始めてくれた。こういう時、説明を強要されないのは助かる。
まあもしくは、私が持ってくる不思議なことに慣れっこになってしまったという可能性もあるが。
「知り合いがちょっと具合悪くなっちゃって、休ませても平気ですか?」
「大丈夫よ。あやめさんの知り合いならいつまでも休ませてあげて頂戴」
ふわりと笑う女将さんに礼を言って、下男が用意してくれた部屋に入る。さすがに私の部屋に連れ込むわけにはいかないから、空いている部屋を借りたのだ。
すでに布団は敷かれていた。慎重に下ろして、魔法解除。男の子の身体が布団へ沈んだ。
「あやめさん、早いですよ!」
それと同時に部屋に飛び込んできたのは伊賀崎くんだった。後ろの襖を見れば、女将さんがあと二人を連れてにこにこしている。案内してくれたのだろう。
「女将さんありがとう。あと水とか桶とか……」
にこにこしたままの女将さんは、そっとそれを差し出してくれた。手拭い付きだ。仕事が早すぎて感謝の言葉しか出ない。
「わ、すみません」
「いいのよ、あやめさんにはお世話になってるんだからこれくらいさせて」
ぱちんとウインクしてくれる彼女に、私はうっかりときめいてしまいそうだ。だが今はそれどころではない。礼だけ言って、部屋に入ろうとしない二人を招く。
「どうしたの?」
だがなかなか入ってこない。伊賀崎くんはすでに部屋の中で布団の側に座り込んでいるというのに。警戒でもしているのだろうか。
「数馬に藤内、早く入ったら?」
伊賀崎くんが再度招く。二人は顔を見合わせて、それから恐る恐る部屋へ足を踏み入れた。それにしてもこの子は藤内くんというのか。数馬くんを名前で呼んでいるから、名字ではないだろう。
「あの、あやめさん、部屋代って」
不安そうに尋ねてくる数馬くんに、ようやく私は思い当たる。この様子は疑いというより戸惑いだ。突然起きてしまったことに、どうしようかという迷い。
「何言ってるの。そんなこと言ったら、私だってあなたたちの学校に治療代と薬代を払わないといけなくなっちゃうでしょう」
ツン、と数馬くんの額を付くと、彼は困ったように笑った。自分自身でも私を無償で治療した手前、そう強くいえないのが分かってしまったのだろう。
「大丈夫だから、休んでいきなさい」
そう笑えば、数馬くんと藤内くんは二人揃って小さく頷いた。


...end

頼りになるお姉さんと、ガチで置いていかれた迷子組
20120907
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