つぼみの花の籠を背負っていったきり丸を、俺が追いかけることになった。本来なら咲いた花を売捌かなけりゃならないのだが、先ほど見せた違和感が放っておくべきでないと判断させたのだ。
きり丸は小平太の「変わった人がいる」というところで何か隠しているように見えた。それは他の二人(長次と小平太)も同じだったようで、何も言わずに俺が後を付けるのを見送った。こういう時、説明が要らないのは本当に助かる。
楽しそうに走るきり丸を付けるのは少し忍びなかったが、一応だ。何かあったら困る。

そういう言い訳をしながら、立ち止まって声を出すきり丸に、思わず身構えた。呼んだ名前が、仙蔵と伊作から話を聞いた人物のものだったからだ。
(伊賀崎たちだけじゃなかったのか?)
一人の女に妙な懐き方をしているとは聞いていたが、それは五年の竹谷と三年の伊賀崎だけだったはずだ。きり丸がその中に入っているのは知らない。仙蔵が伝え忘れたのか、もしくは彼らもそれを知らないのか。
招かれるきり丸に、俺はそっと気配を消した。



「今日は随分多いね」
「先輩方にも手伝ってもらったんで……あ、来てるのはおれだけっすよ!?」
音を立てないように天井裏に潜む。明るいうちからこうやって潜伏するのは久しぶりだ。夜の暗闇が姿を隠してくれるわけではないから、余計に神経を使う。もしこのあやめという女が手練れのくのいちなら、何が何でも気配を悟らせるわけにはいかない。
慎重に、そっと、天井板をずらす。真下にはその女ときり丸がいた。
「誰にも言ったりしませんってば。だってあやめさん、秘密って言ってたじゃないですか」
「うん、そうだね」
秘密だと言うきり丸は、妙に明るい。何かが楽しみでならないようだった。
やはりこの女に騙されているのだろうか。もしそうなら、早急に対策を取らなければならない。忍術学園に五年間も通っている竹谷でさえおかしくなっているらしいのだ。六年生がその術に掛からないなんて保障はどこにもないだろう。
じっと観察していると、女がおもむろに籠から花を数本取り出した。きれいに束ねてまとめていく。
「きり丸くん、いくつかに分けてくれる?」
「はいっ」
にこにこしながら手伝うきり丸にがふと不安そうに女に話しかけた。
「あ、でも、こんなにたくさん不味かったですか?」
「ん、大丈夫」
そうきり丸に答えて花束を抱える女は、少しきり丸を気にしているようだった。何かをするつもりだろうか。
だがきり丸自身は、何にも気にしていないとばかりに花束を作る振りをしていた。振りなのは、見ていりゃ分かる。ちらちらと女の方を気にしては、見ていませんよと籠へ視線をやる振りをするのだ。
女が不審な動きをしないかと一挙一動を見逃さないよう見ていると、突然、不思議なことが起こった。
抱えられていた硬いつぼみの花が成長し、一気に開き始めたのだ。
驚きの声を上げそうになるのを必死に押さえる。口元に手をやって、動揺も呼吸も伝わらないように気配を鎮めた。


何だ、今のは一体、何が起こった?


「きり丸くん、こっち終わりね」
「あ、はい。じゃあ次はこれお願いします」
七分咲きになったであろう花をきり丸へ渡して、新たなつぼみの花束を受け取る。そうしてまた女が顔を寄せると、花束のつぼみが開いていくのだ。
これは、何の術……いや、人間にこんなことが出来るはずがない。ならこの女は一体なんだ。
だがきり丸は慣れたように次々と花を渡している。恐らく最初から、これを頼りにしていたのだろう。嬉しそうにそれを覗いているところを見ると、これが初めてではないらしい。
「これで終わり、」
「ありがとうございました!じゃあおれ、これ売ってきます」
女がつぼみを全て咲かせると、きり丸は来たときとは全く違った様子の籠を背負う。籠の中の花はきれいに咲き揃って、売り物としては最高だろう。
「私も手伝おうか?」
「いや、今日は先輩方と来てるって言ったじゃないっすか。これはおれ一人で捌きます」
「そっか、」
断られて少し寂しそうな女に、きり丸は慌ててフォローする。
「あやめさん、秘密、なんでしょう?」
「……まあね」
「おれ一人ならなんとか誤魔化せるかもしれないけど、あやめさんいたら絶対疑われますよ」
俺は心の中で誤魔化せるわけないだろうバカタレ、と突っ込むが、考えれば確かにこんなこと分かるはずもない。こうやって現場を目撃しなければ、花がどうして咲いているかなんて想像することだって出来ないだろう。
いや、恐らく正直にきり丸が教えてくれたとしても、きっと信じることなんて出来ない。これはそういうレベルの話だ。
「じゃあ、また今度」
「はい、今度は手伝ってもらいますから、覚悟してくださいね!」
きり丸は元気良く宿を飛び出すと、そのまま花を売り始めた。多分俺たちと鉢合わせないようにするためだ。
女はそれを宿の部屋から見守っている。何をするでもなく、優しく、時折振り返るきり丸に手を振りながら。


...end

文次郎はこの後出来るだけなんでもない風に戻って、花を売り始める。他の二人にきり丸のことを尋ねられても、「問題なかった」としか言わない。というか言えない。女が花を咲かせたなんて言ったら、頭がおかしくなったのかと言われるだろうから。
20120901
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