「今日はつぼみの花も気にせず取っちゃって大丈夫なんで」
そう言うと、中在家先輩は小さくいいのかと尋ねてくる。おれはそれに頷いて、一応他の先輩方にも説明しておくことにした。
「ここ、来週には合戦演習か何かで使うから、すぐに荒らされるらしくって」
演習とはいえきっと火薬なども使うはずだ。そうなれば、ここに生えてる花は巻き込まれて燃えてしまう。本来なら後のためにつぼみの花には手を出さないのがルールだが、なくなってしまうのなら問題ない。むしろ勿体ない。
「だから、無くなる前におれが売ります!」
「よし、ギンギンに摘むぞー!」
「いけいけどんどーん!!」
ぎゅっと握りこぶしを作れば、潮江先輩と七松先輩が似たようにこぶしを作り空へと突き上げた。張り切っていただけたようで何よりだ。走り出した先輩方を追いかけようとして、中在家先輩に止められてしまった。
「もそ(きり丸)」
「なんすか、」
「もそもそもそもそ(つぼみの花では売れないだろう)」
中在家先輩の心配は尤もだ。通常お客さんは咲き始めのものを買っていくことが多い。普段のおれでもそこは悩むところだろう。固いつぼみのままでは咲かないうちに枯れてしまう可能性もあるからだ。
けれど最近は一つだけ方法が出来てしまった。そう何度も出来るものではないから、頼みに行くのはこれで三回目。これには慣れちゃいけないというのも、良く分かっている。
「それは平気っす。おれ、心当たりありますから」
「もそ(買い手の心当たりか)」
「……それはお楽しみで!」
にっと笑えば、中在家先輩はこくりと頷いて、軽くだが頭を撫でていく。
「へへ、」
「もそもそ(摘みに行こう)」
「はい!」
さーて、今日も稼ぐぞー!!



「じゃあ先輩方、こっちの咲いてる方よろしくお願いしますね」
先輩方に咲いている花、咲き始めの花を渡す。すると七松先輩はおれが持つ籠の硬いつぼみのままの花を見た。
「なんだきり丸、そっちの花は売らんのか」
「バカタレ、あんなつぼみの花が売れるわけないだろうが」
七松先輩の疑問におれの代わりに潮江先輩が答えて、中在家先輩がそれに同意するようにこくりと頷いた。
「こっちはおれが何とかするんで、大丈夫です」
そう言えば、先輩方は特に追及することなくそうかと頷いた。
「しかしつぼみの花を買うとは変わった人がいるもんだなあ。花は咲いてこそだろうに」
手に咲いた花を持ちながら七松先輩は言って、それからにかりと笑った。
「まあそのお陰で無駄にならんのだろうが」
おれはそれに曖昧に笑ってやり過ごす。これからこのつぼみの花を咲かせてくるんですと言ったら、先輩方はどんな顔をするだろう。少し興味はあるが、これはあやめさんの秘密だ。絶対口にはしない。

あやめさんは不思議な人だと思う。人に疑われても「仕方ない」で済ませてしまうし、常識から時々外れることをする。でもそれは嫌なものではなくて、ああ、あやめさんだなって思うことばかりだ。
特に花を咲かせるというのは、おれにとっての一番の不思議だった。つぼみの花束を抱いて顔を寄せて何かをつぶやくと、あんなに硬く閉じていた花が嘘のように開いていくのだ。すごく感動したのは一生忘れない。困ったように笑って内緒ね、と言われたときには勢い良く首を振ることしか出来なかった。

「もそもそもそ(こっちは任せろ)」
「はい、お願いします」
先輩方に任せて、おれは早くあやめさんへ会いに行くことにした。咲かせて、おれだけ別で売捌かなければならないからだ。
あやめさんには泊まっている宿は教えてもらっていた。遊びにおいでとも、困ったことがあったときも来ていいよと言ってもらっている。
籠を背負い直して宿へと向かう。ここからそう遠くはないが近くもない。それくらい距離は取っておいた方がいいといいと思ったからだ。
花を落とさないように走って宿へと走る。近道をして、放置してあった小さな籠を飛び越えた。
「あ、あやめさーん!」
宿の部屋から道を眺めていたあやめさんを見つけてそう呼べば、その人はこちらに気がついて手を振ってくれた。それからおれの背負うつぼみの花が見えたのだろう。前のように困ったように笑って、けれどおいでと手招きする。
「あがっておいでー」
「はーい!」
宿の女将さんに挨拶して上がらせてもらう。多分あやめさんには他にも会いに来ている人がいるのだろう。慣れたように部屋へ案内してくれた。
「今日は随分多いね」
「先輩方にも手伝ってもらったんで……あ、来てるのはおれだけっすよ!?」
先輩の話をすればあやめさんは少し動揺したようだった。慌てておれ一人だけと主張すれば、すぐにほっとしたように肩を下ろしたけれど。
「誰にも言ったりしませんってば。だってあやめさん、秘密って言ってたじゃないですか」
つぼみの花の籠を下ろせば、あやめさんはそうだねとだけ言って籠の中から何本かを集めて束を作る。
「きり丸くん、いくつかに分けてくれる?」
「はいっ」
さすがに籠のままでは量が多いのかもしれない。前回は一束だけだったから、出来るなら抱えられるくらいがいいのだろう。
「あ、でも、こんなにたくさん不味かったですか?」
「ん、大丈夫」
あやめさんはそれだけ言って花に顔を近づける。おれは束を作る振りをして、それをこっそり見つめた。
唇が何かを紡いだ瞬間、あんなに固かったつぼみが見る見るうちに開いていく。七分咲きくらいまで進めると、満足したようにあやめさんはその花束を掲げた。
普通なら信じられない出来事で、きっと誰かに話したって絶対に信じてもらえないだろう。目の前で見ていてもこんなに不思議な、何かに化かされている気分になるのだ。
「きり丸くん、こっち終わりね」
「あ、はい。じゃあ次はこれお願いします」
そんな瞬間を目にしている自分が何だか特別になったみたいで、胸の辺りが暖かくて、どきどきして、嬉しくなる。でももしかしたら、竹谷先輩や伊賀崎先輩もこのことを知っているのかもしれない。だから疑う先輩たちからあやめさんを守ったり、大事にしたりするんだろうか。


...end

花咲かす程度なら問題ないかな、と考える楽観的なあやめ。見せたのはこちらに来て初めの頃なので、もう隠すのは諦めている。ちなみに杖は袖の中に隠してあるので問題ない。
20120829
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