七松小平太という台風のような六年生に会ってから、動物もどきの実験は用心のため一時お預けになってしまった。
というかあの人は人間なの?虎の本能が逃げろって言ってた気がするんですけど。それより何より信じられないのは、七松小平太が私より年下ということだ。それ絶対嘘だと思う。でも竹谷くんが嘘を吐くわけないから本当か。なんだか自分の姿を鏡で眺めてため息をつきたい気分である。


だんだん気候が暑くなってきて、雨の日が減ってきたと思う。ぼんやりと膝元に居る伊賀崎くんの頭をなでる。すると彼は嬉しかったらしく、目を閉じて少し微笑んだ。首に巻きついているジュンコちゃんもじっと目を閉じていた。
ちなみに私は、ジュンコちゃんとまだ触れ合えていない。だって赤だ。きれいな赤だ。美しい赤がまだ怖いです。
「桐野さん」
静かに襖が開いて、竹谷くんが顔を出した。
「んー」
「宿の女将さんが、良いものが手に入ったってくれましたよ」
その手には小さな茶菓子。ご丁寧にお茶まで入っている。
「ありがとう。呼んでくれれば取りに行ったのに」
「でもそれじゃあ来られないでしょう」
苦笑する竹谷くんに私も似たような苦笑いを返した。もう伊賀崎くんがべったりだ。
動物もどきの習得はお預けで、伊賀崎くんは竹谷くんのように私になかなか会いに来ることはできない。やはり相変わらず私は何かを疑われているようだ。そのあやしいところが、疑っている本人たちにも分からないのだろうけど。
「あー虎のまま水浴びしたら気持ちいいだろうな」
「そうですね。でも間違っても変なところで、一人でなったりしないでくださいね」
「ならないならない」
私と竹谷くんとの会話を聞いていた伊賀崎くんが、ぽつりと恐ろしいことを教えてくれる。
「最近竹谷先輩、七松先輩から追いかけられているんですよ。ぼくも少しは聞かれますが、しつこく追いかけられたりはしないです」
竹谷くんを見れば、その表情は疲れている。七松先輩といえば例のあの恐ろしい男の子。竹谷くんは暴君と表現していたが、まさにその通りだと思う。
「やっぱり白い虎?」
「その通りですよ。七松先輩はいたく気に入ったらしくて、顔を合わせる度に追いかけられます」
はあ、と肩を下げる竹谷くんには申し訳なくなってくる。
「初めのうちは他の先輩も興味がなかったというか、何かと見間違えたんだろうと言っていたらしいんですが、体育委員が全員触ってるとなれば」
「信じないわけにはいかないもんね」
その興味を持った先輩の中には善法寺くんたちも含まれているのだろうか。だとすれば、それは大変厄介だろう。特に立花くんは諦めが悪そうだ。
「よし竹谷くん。お疲れの君を私が労わってあげよう」
そう手招きするが、竹谷くんは苦笑して寄ってきてはくれない。伊賀崎くんが居るから遠慮しているということはないだろう。二人の時だって彼は私に余り近づかない。怖いとかそういうのではないようだから、まあ構わないのだが。
「……あやめさん、竹谷先輩は、虎の姿なら絶対に断れませんよ」
伊賀崎くんがそうこっそり教えてくれる。それを聞いて私がにやりと笑うと、竹谷くんはぎょっとした。
「ちょ、孫兵!」
「ほいっと!人を避けよ」
私はすぐさま杖を取り出し、人避けの呪文を紡ぐ。この場に近づいた人間は、用を思い出したりその場所を感知出来なくなったりする効果がある。とっても便利です。
伊賀崎くんは少し私から離れて、大人しく待っている。多分伊賀崎くんは竹谷くんどうのこうのではなく、自分自身が虎を見たかったのではないだろうか。
ぐっと身体が変化するイメージ。次に目を開けたときに視界に入るのは、虎の白い足だ。猫がするように身体を大きく伸ばして、改めて座り込む。いや、伏せる。この方が触りやすいだろう。
「……桐野さん、」
もうと呆れたようにため息を吐いた竹谷くんは、けれど伊賀崎くんの言った通りに虎の頭を撫でにくる。これから竹谷くんを労う時は、虎の姿でいようと思います。


...end

白い虎の誘惑に勝てない竹谷。閑話休題。
20120826
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