「では、お大事に。もし何かおかしなことがあったら、またこちらに足を運ぶか、竹谷に伝えてください。こちらから向かいますので」
「はい、ありがとうございます」
丁寧にそう言ってくれた善法寺くんに礼をする。見送りは彼だけだ。他の人たちは授業があって、それは竹谷くんも同じく。初めは授業を休んででも!と意気込んでいたようなのだが、止めました。朝出発すれば危ないもの(野生の動物、山賊など)と遭遇することはないだろうというのもあるし、どうせ途中から魔法使って帰るのだ。送る人はいなくても問題ない。
小松田さんから差し出された出門表にサインし、門をくぐる。考えれば、思ったより長く滞在することになってしまった。でもここで他の忍者の卵たちに出会えたことは、有意義ではあっただろう。疑われはしたけれど。でも危害は加えられていないし、関わることもぐっと減るだろうから、これからはいい距離感でお付き合いしていきたい。
「また遊びに来てくださーい」
「小松田さんも、町で見かけたら声掛けてくださいね」
のんびりとした口調の小松田さんは、私の言葉に嬉しそうに頷いてくれた。癒される。
もう一度軽くお辞儀をして、私は歩き出した。


忍術学校を出て少し。学園長殿から頂いた地図をひっくり返したり何となく透かしてみたりと、私はおかしな行動を取っていた。
「……ここをこうやって、ん?」
いや、良く考えたらこの時代の地図は読んだことがないのだ。目印になるようなお店もないし、方角だって自分で調べて進まなければならない。正直に言えば、この向かっている方向が正しいのかも微妙です。
あの学校へ来たのは私の意志ではない。しかも知らない場所を経由してしまっているから、簡単に言えば知らない土地に放り出されたも当然なのだ。
「飛んで町を見つけるしかないかなあ」
それでも私が滞在していた町自体はそう遠くないと教わっていたから、その方法が一番確実かもしれない。
ずっと身に着けている小さくしてあるトランクを探そうとした瞬間だった。
「ああ、いた、あやめさん!」
「へ?」
名前を呼ばれたので振り向けば、そこにいたのは竹谷くんだった。竹谷くん?
「え、何やってるの?」
「何やってるのじゃないですよ。一体どこに向かって……反対ではないにしろ、町は向こうです」
示された方向はなるほど、明らかに違う。
「方向音痴?」
「違います。地図の読み方が分からなくて」
失礼なことを言われたので一応しっかり否定しておく。こんな目印無しで目的地に行くとか、この時代の人の技術凄い。
竹谷くんは少し驚いたようにこちらを見て、けれどすぐに私の手から地図を取っていった。何だろう。この反応は少し珍しい。出会って初めの頃に戻ったみたいだ。最近は私が何を知らなくてもほとんど驚かなくなっていたから、余計に気になる。
「分からなかったら聞いてください。あやめさん、追いかけようと思ったらどこにもいないんですもん」
また何かに巻き込まれたのかと思いました。そう笑う竹谷くんにまた違和感。何となく首を傾げて、そのまま竹谷くんの横顔を見つめる。この違和感の正体は、何だろう。
「……あやめさん、俺の顔に何か付いてますか?」
視線に気がついた竹谷くんが、恐る恐る尋ねてくる。そこで違和感の正体がようやく分かった。
「あ、呼び方か!」
「え、」
今まで名字で呼んでいたのに、いつの間にか名前になっていたのだ。
「今まで桐野さん、だったのが名前になってるね」
他の人は名前で呼んでくれているから、名前で呼ばれるのが嫌だというわけではない。でも突然どうしたのだろう。
「あ、い、嫌でした?」
「全然。みんな大体名前だから、嫌ってわけではないよ」
ほっとしたように息をつく竹谷くんに、こちらも何となく尋ねてみた。
「そういえば、竹谷くんは下の名前なんていうの?」
凄く今更な疑問だが、教えてもらってないのは本当である。最初に自己紹介しあった時に、竹谷くんは名字しか言わなかった。私は私で、こんなに長く付き合うとは思っていなかったから聞くこともなかったのだ。
「え、言ってませんでした?」
「うん。まああの状況で自己紹介って覚えてないのも無理ないとは思うけど。警戒心凄かったもんね」
突然現れて棒振るだけで敵をなぎ倒していくとか怖すぎる。警戒なんて当然のこと。
でも今は結構仲良くなったと(私は)思っている。それに名前知らないとか言ったら、伊賀崎くん辺りに本気で呆れられそうだ。
「警戒心、」
「え、やだなあ覚えてないわけじゃないでしょ。私も鮮明に覚えているかと言われたら怪しいけど、竹谷くんあんな怪我して……竹谷くん?」
「ああ、いや、そうですね」
様子がおかしい。何となく、理由を考えなければならないような気がしてきた。おかしいのは呼び方だけではない。話し方こそ普段と同じだが、少し歯切れが悪いような気もする。
ふと、一つ思い当たることがあった。私は立花くんに「おかしい」と言われている。言葉で直接言われていなくとも、調べても何も出てこないんですがどうしてですかと本人に聞くのはそういうことだ。
もしかしたら、他の誰かが私をつけているのかもしれない。そしてこの会話を聞いているのだとすれば、竹谷くんが何も言えないでいるのも当たり前。なら、私たちにしか分からない方法で尋ねてしまえばいい。
「……ね、竹谷くん」
「何ですか?」
「空でも飛んで帰れたら楽だと思わない?」
指を杖のように振りつつにっこり笑ってそう言えば、竹谷くんは驚いたように眼を見開いた。何度か瞬きして、困ったように返してくれる。
「何言ってるんですか。そんなの鳥じゃないんですから無理ですよ」
その答えに確信する。やはりそうなのだ。誰かがつけているらしい。全く分からないが、竹谷くんがこう言うならいるのだろう。
ならば私は、竹谷くんの調子に合わせて何も知らない振りをしつつ普通に送ってもらうことにする。きっと私たちを見ている人は、何を話しているかなんて全く理解できないに違いない。
「そうだね、鳥じゃないものね」
竹谷くんがまた、少し曖昧に笑った。


...end

以上の竹谷は、ぜーんぶ鉢屋三郎でした!
一応つけていたんだけど、変な方へ向かうから慌てて竹谷に変装して方向修正を試みる。呼び方は不破雷蔵の影響。みんな普通に呼んでるから竹谷もとっくに名前呼びかと思っていた。
20120805
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