「町の宿に戻ったほうがいいですね」
虫かごの修繕をしながらそう言ったのは竹谷くんだ。これは勿論、私が帰りたいという相談をしたからなのだが、何かおかしい。だってこんな風にあっさり学校を出ることを賛同されるとは思わなかった。ついこの間、いや、先ほどまでは怪我が完治するまで居たほうが良いと、そう言っていたのに。
「え、いいの?」
「生活に支障があるうちはここで療養してもらいたかったんですが、話を聞いているとそうもいかない感じですし……」
困ったようにこちらを見る竹谷くんに、私は話した内容を思い出す。
昨日の夕食時のことだ。一応伊賀崎くんに気を配っておいて欲しいというのと、善法寺くんと立花くんの会話について。一体これのどこがそうもいかない状態なのだろうか。竹谷くんと伊賀崎くんが私を信用しているのは「熊遭遇事件」の一件であると、納得してくれたはずだ。
だが竹谷くんは相変わらず困ったような表情を変えない。そして何か言いかけて、やめてしまった。
「え、何々」
「いや、忍については踏み込むべきじゃないです。人が信用できなくなりますから」
きっぱりと言われてしまった。
「俺も忍だから、出来るなら桐野さんにそういう面は知って欲しくないというか。まあ、勝手な話ですけど」
竹谷くんの視線が手元へと向く。
信用できなくなる。これは私が何かしら騙されているということだ。しかも昨日の夕食時の会話の中で。
伊賀崎くんと数馬くんは忍者を学んで三年目。本格的な実習的なものに入る学年だと教えてもらった。でも善法寺くんと立花くんは最上級生だ。何かを計画されたり誘導されても、正直気がつける自信がない。
「もしかして、立花くんたち、熊のことについても疑っているとか?」
情報がないから信用されていないのは仕方がない。きっと竹谷くんもそれを分かっている。だが熊に遭遇したことは、紛れもなく起こったことだ。
「可能性としては、それが自作自演だと思われてるとか、そういう」
「うーん」
視線は上げられず、否定もされなかった。竹谷くんは今まで違うことは違うと言ってくれていたし、嘘もついたことはないと思う。私は忍者のにの字も分からない一般人だから、そういうところは信用問題として気をつけてくれているのだと思う。
「ということは、昨日の頷いてるのは納得したと見せかけた演技だったんだ」
衝撃である。まさか熊遭遇までそんな風に考えられているなんて思いもしなかった。本当にあったことを疑われるのは、微妙な気分だ。
「恐らく俺が先生に用事を言いつけられたのも、それに関してだと思います。実力が及ばないにしても、桐野さんを助ける側が居ては、六年生もやりにくいでしょうからね」
「そうなると、伊賀崎くんは?」
「多分みんなが一番不審に感じてるのが、孫兵の変わりようだと。様子がおかしいと感じたら、あっという間に引き離すと思いますよ」
「ふーん」
もう十分様子はおかしいでしょうけど。そう続けた竹谷くんに、思わず笑ってしまう。数馬くんに多少以前の伊賀崎くんの様子を尋ねたら歪み(ペット>人間が標準装備であることをさす)がなかったから、相当だろう。私もきっと、人間という括りのままならああいうデレを見ることは叶わなかったに違いない。
え、今は人間じゃないのかって?完全に虎という括りだと思います。
「それはなんというか、結構来るものがあるね。疑われて当然だとは思うけど、そんなに敵が多いの?」
「こんな世ですから。任務上恨みを持たれることもありますし、ここの卒業生は実力揃い。敵対する城がここを懇意にしていれば、潰したくなるのも当然でしょう」
竹谷くんと出会った時のことを思い出す。一人に大人数。恐らくあれは任務最中だったのだろう。
「……傷つけさせたくないなあ」
「え?」
竹谷くんが私の独り言に反応した。
「ああ、うん、あのね、何て言ったらいいのかな。ここの生徒たちがそういうので傷つくのは嫌だなーって」
「桐野さん……」
呆れたように私を見る竹谷くんの瞳は、少し優しい。
「疑われているのに、それですか」
「いやだって、守るためなら多少の無茶も必要になってくるでしょ。特に相手がこちらをつぶそうとしてくるなら、余計に」
竹谷くんを襲っていた忍者全員に、忘れ薬をぶっ掛けておいたのは本当に褒めておきたい。最低一ヶ月くらいの記憶は絶対に飛んでいるはずだ。さすがに自分の名前を分からなくなるくらいではないと思う。多分。恐らく。
「でもそうだね。あんまり学校の生徒さんの気をもませるのもアレだし、とりあえず早めに退散しましょう」
よし、とこぶしを握って気合を入れる。
「怪我の具合を見てくれてる新野先生に許可さえ取れれば、善法寺くんも何も言えないだろうし。何よりやることないから暇すぎて!私が!死にそう!」
「腕はまだ完治してないんですから、無理はしないでくださいね」
「はーい」


...end

人避け魔法で監視者もいないので、何でも話し放題
20120803
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