「申し訳ない。学園長から許可をもらっているにも関わらず、あんなことを聞かせてしまって」
立花くんは散らばっていった彼らを追うことはせず、私たちの前の席にそれは優雅に座った。動く度にさらさらと髪がなびくんですが、それは意図的ですか。
「本来ならそう時間を空けずに伊作が側についているはずなんですが……まあ恐らく、どこかの何かに嵌っていますね」
歪みのない保健委員である。そしてそれをなんでもない風に語ってしまう立花くんも、相変わらずと表現してもいいだろうか。
「それにしても、伊賀崎は随分あやめさんを気に入っているんだな。竹谷と違って、そう多くの時間を過ごしたわけでもないだろうに」
「仲良くなるのに時間は関係ありませんから」
落ち着いたらしい伊賀崎くんは、立花くんの問いをさらりとかわす。ね、とばかりに視線を向けられたので慌てて肯定すれば、彼は満足そうに食事を取り始めた。
立花くんもそんな伊賀崎くんが意外だったらしい。ほんの少し目を見開いて、視線だけで私に尋ねてきた。だからどうして私に聞くんだ。
「ま、まあでも、私も近々辺りに町に帰ろうと思っていますし、ああやって言われるのも今だけじゃないかと」
「え、」
「えっ」
伊賀崎くんと数馬くんが勢い良くこちらを向いたのが分かった。こういう反応されるのは予想していて、なんだかんだ言って仲良くなれたようでちょっと嬉しい。
「でも善法寺先輩は完治するまでって言ってました。肩の方はまだ治ってないじゃないですか!」
「そうなんだけど……でも私、泊まってた宿に何の連絡も入れてないの。足の方は問題ないから大丈夫かなって」
そうなのだ。人攫いの討伐に巻き込まれてから、私は泊まっていた宿に何の連絡も入れていない。荷物はいつでも移動できるようにおおよそ持ち歩いてはいるが、それでも処分されるのは困る。
「それに肩の怪我だって、そう深くはないんだよ。これくらいなら自分でも何とかできるくらいだもん」
包帯の取替えは新野先生にやってもらっている。だから私の怪我の状態を、彼らは詳しく知らない。確かに熊に噛まれた!と言われたら、普通は瀕死の状態を想像するだろうからそういう反応も分からなくもない。
「宿の方は竹谷が何とかしているはずですから、問題ないでしょう。さすがに突然失踪させる訳にはいきませんからね」
すると立花くんが何でもないように、重要なことを言った。え、竹谷くんが?
「あやめさんはあの町でそれなりに話題に上っていましたから、どこに泊まっていたとか、何をしているか位は簡単に調べられますよ」
にっこり微笑んだ立花くんが怖い。人のこと詳しく調べちゃう忍者怖い。
「プ、プライバシーの侵害です……」
「侵害なんてとんでもない。どこから来たのかも出身地も、全く出てこなかったんですから」
ふと立花くんと視線が合う。探られるような感覚に、背筋がざわりとあわだった。これは疑われているのではなく、不審に思われているのだ。
良く考えれば当然だろう。彼らは忍者で、人を調べる方法をたくさん知っている。それでも、私について詳しい情報は出てこなかった。当たり前だ。私は文字通り、あの辺りに沸いて出てきたようなものなのだから。
竹谷くんの言う通り私自身は危険性のない無害な人間だと判断されたとしても、その背景に信用するだけの情報がない。
一瞬言葉に詰まる。すると伊賀崎くんがさらりと言った。
「当たり前です。あやめさんは山奥から出てこられたんですから」
その言葉には何の躊躇いもなかった。本当に、驚くほどあっさりと助け舟を出してくれた。
「……そうなんですか?」
「は、い、まあ、そんな感じ、かな」
間違ってはいない気もする。私の通っていた魔法学校は確かに山奥に隠れていた。魔法を知らない人間であるマグルに、決して見つからない場所。あれはもう秘境というレベルだ。まあ世界自体違うんだけど。
立花くんは伊賀崎くんと私を見比べて、それから小さく頷いた。どうやら何か納得できることがあったらしい。
「そうですか。山奥……ああ、食事の邪魔をして申し訳ない。さ、どうぞ。おばちゃんの料理が冷めますよ」
両脇の二人は立花くんの言葉に食事を始める。私も少し遅れて手を合わせた。
しかし本当にこの世界に来てからトラブル続きだ。取り返しの付かないことになる前に、どうにかしなくてはならないだろう。まずは気は進まないが、この学校から離れることを考える。町を移動するのは、竹谷くんに相談した方がいいだろう。動物もどきを調べるという予定もある。ああ、そういえば学園長さんとの約束も。
過ごす時間が長ければ長いほど、離れ難くなっていく。町の移動を竹谷くんに相談しようと考えている時点で、もうほとんど手遅れだろうけど。
「あやめさん」
「?」
伊賀崎くんがそっとこちらを伺うように私を見る。彼は行儀良く箸をおいて、どうやら私に何か聞きたいようだった。
「どうしたの」
「あの、あやめさんが町に帰っても、その、」
何度か迷って告げられた言葉は、伊賀崎くんには信じられないようなものなのだろう。数馬くんも立花くんも、呆気に取られていた。
「ジュンコと会いに行っても構いませんか?」
「え、ああ、うん、勿論!」
この伊賀崎くんの可愛らしいデレに、私も慣れなくてはなるまい。……む、難しいけど。



「あやめさん大丈夫ですか?!あ、仙蔵」
食事も終わりに差し掛かったところで、伊作くんが食堂に飛び込んできた。その姿は泥にまみれていて、ここへ来るまでに何があったのか一目瞭然だ。
「大丈夫ですか、ではないだろう伊作。もう食事は終わるところだ。今度は一体何に嵌ったんだ」
「あはは、ちょっと転んで手を突いた床が腐っててぶち抜いちゃってね。直すのに用具委員を探してたら、落とし穴にタカ丸さんを見つけて……」
善法寺くんは肩を落として続けた。
「引っ張り上げようとしたら脆い穴だったらしくて、穴の周りが崩れて落ちてしまったんだ」
その場でその話を聞いた人間は皆思っただろう。揺るがない不運は恐ろしい、と。
「そうか、崩れたなら私の後輩のものではないな。そんな柔なものを作るようなやつではない」
だが立花くんは慣れたものだ。特に心配することなく、そのまま善法寺くんに席に座るよう促す。これはずっと付き合いがあるから出来るものなのかもしれない。
「あやめさん、すみません。仙蔵がここにいるってことは、何かありました?」
心配そうにこちらを見る善法寺くんに、何でもないと首を振りかけてやめた。私のことは別に構わないが、伊賀崎くんが被害を被るのは嫌だ。
「あったっていうか、私を警戒するのは当然だとは思うんだけど、その、伊賀崎くんまで巻き込まれちゃって」
視線が伊賀崎くんへと集まった。けれどその話題の本人は、全く気にしていないようだ。
「ぼくは普段からああやって言われてますから、問題はないです」
「問題ないってことはないでしょ。いつもあんな風に言われて、嫌じゃないわけないよ」
言い切る伊賀崎くんに数馬くんが反論する。友人として心配なのだろう。日常茶飯事といえど、言われっぱなしというのも見ていられなかったのかもしれない。
「ぼくにはジュンコたちがいる。毒虫野郎っていうのもあながち間違ってはいないから……あやめさん、お膳下げてきますから貸してください」
「自分で持ちま」
「片手で落としたら大変ですよ」
伊賀崎くんは私の主張を遮って、片付けに行ってしまった。立花くんはそれを目で追いつつ、ぽつりとこぼす。
「伊賀崎がこの状態なのも、あやめさんが何かしらの術を掛けているんじゃないかという疑いの原因の一つのような気がしますね」
何と表現していいのか。あながち間違っていないのが怖い。動物もどきも魔法の一種だ。
「元々人間よりペットの毒虫たちに心を砕くのが伊賀崎ですから、あやめさんの世話を焼いているのが余計目立つんでしょう」
立花くんの後に善法寺くんが続ける。
「初めからああだったんですか?それとも熊のことがあってから?」
「やっぱり熊のことがあってからだと思うけど」
嘘がつけないから、ここは正直に言っておく。これだけなら確実な理由になるし、彼らは私の動物もどきを知らないわけだから、勝手に勘違いしてくれるだろう。
案の定最上級生である二人は納得してくれたらしく、お互いに頷きあっていた。
「一応こういったことがないように、話はしておきます。また何かあったら、今度はしっかり締めてやりますので安心してください」
微笑みながら宣言する立花くんは本当に怖かったです。


...end

完全にあやめ担当の二人。そして途中から安定の空気状態な数馬
20120802
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