「歩けるようになったことだし、夕飯は食堂で食べてみようか」
すごくいい笑顔でそう提案した善法寺くんは、私が心配掛けたこと、絶対に怒っていると思います。


「視線が気になる視線が気になる視線が気になる視線が気になる」
テーブルについて美味しそうな食事を目の前にしても、私はもうそれどころではなかった。だって見られているのだ。いくら鈍感でも、ここまでジロジロ見られていれば気が付いてしまう。
それって忍者としてどうなの、とも思うが、まだ彼らは学生だ。その辺りの技術は追々身に付けていくことになるのだろう。
そんな私の両脇に座ってくれた伊賀崎くんと数馬くんは、一生懸命気を逸らそうと話しかけてくれる。
「き、今日は魚の定食ですね!きっと新鮮な魚が手に入ったんですよ」
「食堂に毒虫をばら撒いたら、人がいなくなるので問題なくなります」
「いや待て伊賀崎くん。それは何かおかしいよ!?」
据わった目でそうこぼした伊賀崎くんに、私と数馬くんは慌てて止めた。それは関係の無い人たちも巻き込むのでアウトです!
しかもその被害に合うのは大体保健委員だと数馬くんが力説していた。不運であるのが事実なだけに、否定しきれないのがまた悲しい。
「冗談です。それよりあやめさん、片手で食べられますか?」
「あ、うん。遅いけど、食べられないことはない」
てきぱきと用意してくれる伊賀崎くんはすごく頼りになる。頼りになるのだが、やはり少し普段の彼とは行動が違うらしい。何故なら反対側の隣りで、数馬くんが妙な顔をして伊賀崎くんを見ている。
「あ、あの、孫兵と何かあったんですか?」
数馬くんは恐る恐る私に尋ねてくるのだが、私は何とも言えずに首を横に振るしかなかった。
原因は恐らくというより確実にアニメーガス。動物もどきだ。熊から助けたというのも要因には入るかもしれないが、それだって動物もどきがなければ成り立たない。
「魚の身もほぐしましょうか?」
「いや、大丈夫!それくらいは出来るから!」
放っておいたら「じゃあ食べさせてあげますね、口開けてください」とか、行くところまで行きそうだ。さすがにそれは駄目だと思う。
ついでに数馬くんが口元を押さえて私と伊賀崎くんを見比べていた。伊賀崎くんのデレには慣れてもらうしかない気がする。
「じゃあ食べようか。いただきま――」
「おい、毒虫野郎が女連れてるぜ」
遮られた。私にでも分かるような、言葉にされた悪意がこちらへ向けられる。思わずその声の主を探すが、すぐに伊賀崎くんに諌められてしまった。
「相手にしないでください」
「え、でも」
この食堂にいる女は、今のところ私一人。くのいちという女の子の忍者もいるようなのだが、生憎私はいまだに遭遇できていなかった。
とにかく、先ほどの言葉は確かにこちらに向けられたものなのだ。毒虫野郎というのは、十中八九伊賀崎くんをさしているに違いない。
「あんなの相手にしてたら、時間がいくらあっても足りませんよ。それに、こういうのは慣れてますから」
「慣れてるってそんな……」
隣りの数馬くんがこっそり耳打ちしてくれる。
「孫兵は毒虫を大量に飼育してるから、それを良く思わない生徒も少なからずいるんです。だからこういうのも、日常茶飯事といえばそうなんですけど」
こちらをこそこそ見ているのは、赤紫色の忍者服を着ている少年たちだった。これはタカ丸さんと同じ色の制服だ。と、いうことは伊賀崎くんの一つ上の四年生ということになる。
あんたたち後輩にその言い様って一体何なの。思わず口元が引きつってしまう。
そもそも私は思ったことが顔に出やすい。というより、今回は隠す気も起きなかった。勿論トラブルは起こさない方が良いに決まっている。ここは伊賀崎くんの言うとおり、スルースキルを最大限発揮し、何事も無かったかのように食事を再開するべきなのだ。
「毒虫の次はどこの誰かも分からない女とか、もし間者だったらどうするんだか」
落ち着け。聞いてはいけない。
「毒虫野郎がまともなもん連れてるわけないだろー」
聞いてはいけない。そんなの無理です。
別に私はなんと言われようと構わない。だって怪しいのは確かに怪しいし、しかもこちらも、自身のことを教えるつもりは全く無い。だから正直、こういう風に言われるのは仕方の無いことなのだ。
でも伊賀崎くんは関係ない。人の助けがなければ生活できない状態の私を、彼はサポートしてくれているに過ぎないのだから。
「ちょっと、それ以上言うなら――」
「あやめさんを悪く言わないでください」
立ち上がって反論しようとした瞬間、それを遮って声を上げたのは、紛れもなく伊賀崎くんだった。それに私や数馬くん、騒いでいた相手の少年たちも呆気に取られる。だって無視しろと言ったのは、伊賀崎くん自身だ。
「この人はぼくらを助けて、その怪我でここに留まるしかないのに、」
「だからそれがその狙いだったらどうするんだ。毒虫だけじゃ飽き足らず、今度は敵でも飼うつもりかよ!」
売り言葉に買い言葉状態だ。きっと相手も伊賀崎くんがこんな反応を返すとは思ってなかったに違いない。これは早めに収めないと、騒ぎが大きくなる。
とりあえず反論したい気持ちは抑えて、伊賀崎くんを止めようとしたのだが。……ここでまさかの助っ人である。
「ほう、お前たちの言い方だと、彼女を学園に連れてきた私に一番問題があるということになるのだが」
その四年生の集団の後ろに、にっこり微笑んだ立花くんが立っていた。怖い、その笑顔が半端なく怖いです。思わず立ち上がっていた伊賀崎くんを片手で抱きしめておく。
そして一番恐怖を感じたのは、四年生の集団だろう。ここから見ても、顔が青ざめている。
「そ、そんなつもりじゃ……」
「そうだな。確かにお前たちの言う通り、ここに連れてきたのは私の責任かもしれん。さて、文句なら聞いてやるからさっさと吐き出せ」
蜘蛛の子を散らすというのは、こういう時の言葉なのだと理解しました。


...end

四年モブ。疑っている人は疑っています
20120801
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