毒蛇のジュンコちゃんと触れ合うようになるにはお互いの信頼関係が如何に大事かを語り、一応その場は解散と言う流れになった。どうやら私がそこに行った時点で、おおよその仕事は終わりになっていたらしい。
「もしかして、長引かせちゃった?」
恐る恐る竹谷くんに尋ねてみるも、彼はいいえ、といい笑顔で返してくれる。
「クロ助と遊べたから、きっと時間なんて気にしてないと思いますよ」
確かに一年生たちは随分楽しんだようで、四人できゃあきゃあ騒いでいた。小屋の中に入ることになったクロ助も、機嫌がよさそうだ。
「――あ、」
どうせなら怪我した狼の様子も見たい。そう考えた瞬間、思い出す。
「まずい。医務室に戻らないと」
すっかり忘れていたのだが、私はお使いの最中だったのだ。乱太郎くんにメモを渡して用事は済ませたものの、帰るまでがお使い。特に善法寺くんは私を歩かせるのを渋っていたから、余計まずい。
「え、何か用事でもあったんですか?」
「や、用事っていうか、それ自体は終わったんだけど、何も言わずにここまで歩き回ってたから……数馬くん、心配してなければいいんだけど」
ついでに善法寺くんは用事から戻っていませんように。
しかもクロ助は小屋の中にいるわけだから、これから一人で帰らなければならないフラグが。まさか、そんな無謀なこと私には出来ない。
「桐野さん、ここにはクロ助に連れてきてもらったって言ってましたよね」
竹谷くんは察してくれたらしく、相変わらずジュンコちゃんにメロメロ(死語)な伊賀崎くんを呼んでくれた。
「すみません。俺はまだ少しやることがあるので、孫兵に連れて行ってもらってください」
「いやいや、押しかけたのは私だから。伊賀崎くんも、案内なんてやらせてごめんね」
すると伊賀崎くんは軽く首を振ってくれた。
「いえ、何の問題もないですよ。ジュンコもあやめさんのこと気になっているみたいだし、丁度良いです」
……何が丁度いいの?というか、どうしてジュンコちゃんが私に興味を持つの??
伊賀崎くんの言葉に大量の疑問も浮かぶが、考えないようにする。良い意味で興味を持っているということを信じよう。
「行きましょう」
そう言って伊賀崎くんは手を差し出した。
「……えっと、この手は?」
「罠にかかったら大変ですから。大丈夫です。ジュンコは僕の首から動きません」
困ったように竹谷くんに助けを求めれば、彼は彼で伊賀崎くんの行動に驚いているようだった。
でもいつまでも差し出したままにさせておくわけにもいかない。ジュンコちゃんにドキドキしながらも伊賀崎くんの手を握ってみる。するとほんの少し、口元が緩んだように見えた。
「では竹谷先輩。お先に失礼します」
「じゃあ、また後でね」
「は、はい。じゃあ孫兵、頼んだぞ」
これは美少年のデレだろうか。会ったばかりは辛辣(ツン)だった気がするが、これはもう態度が結構違う。あ、あれ、そういえば、虎云々が分かってからこんな感じのような。アレ?
引かれる右手は温かい。時折ジュンコちゃんがその繋がれた手を見るが、伊賀崎くんは振り返らなかった。うっかり嫉妬とかされないことを願おう。
ある程度歩くと、突然伊賀崎くんが立ち止まった。
「あやめさん」
「ん?」
手を引かれて、彼と並んで立つ。すると伊賀崎くんは地面を指差した。そこには小枝が二本きれいに並んでいる。誰かが遊んだ跡だろうか。
「これが罠の印です」
「え!?」
先ほどの罠に掛かったら大変と言っていたのは本当のことだったらしい。私はてっきり、建物の中だけだと思っていた。教室入ったら床が抜けるとか、壁に寄りかかったら反転して秘密通路に入るとか。ああ、それはカラクリ屋敷か。
「通常こうやって、罠の場所は示してあります。地面を歩く際は、気をつけてください」
「結構危険な……ところでこれは何の罠なの?」
「多分綾部先輩が掘った落とし穴だと思います。印がなかったら、見分けが付きませんから」
まさかの製作者判断。作る人によって落とし穴に良し悪しがあるなんて、初めて知った。
「落ちたくはないけど、中は見てみたい」
落とし穴なんて普通お目にかかれない。この時代はどうやって作っているのだろう。危ない罠と表現されるくらいだ。そこそこの深さでないとそうは言われない。でも重機は存在していないようだから、全部手作業になるはずである。
「物好きですね」
「本格的な落とし穴なんて初めて見るから」
魔法使いの罠も実は結構えげつないものが多い。二重三重に呪いを仕込んだり、魔法薬を投下したりと信じられないものばかり。だからこういう単純で、けれどプロが作ったものは見ておきたいのだ。勉強になりそうで。……学校を卒業した今、使いどころなんて無いに等しいだろうけれど。
「罠に関してなら竹谷先輩も詳しいですよ」
「そうなの?」
「僕も知識なら一通りあります。作って成功させるのは難しいですけど」
伊賀崎くんはそう言って、その小枝を避けていく。私もその後にしっかり着いていった。教えてもらったのに落ちるとかは遠慮しておきたい。
「あ、数馬」
落とし穴を越えたところで、伊賀崎くんが聞き慣れた名前をつぶやいた。それにつられて視線をそちらへ向ければ、そこには確かに、オロオロしている数馬くんがいる。
「ほんとだ」
「そういえばあやめさん。今日の医務室の当番って、数馬だったんですか?」
伊賀崎くんの疑問に、私は軽く首を縦に振った。
「うん、でも善法寺くんが帰るまでは離れられないって言ってたはず……帰ってきてるのかな」
善法寺くんが医務室にいるとすれば、絶対に心配掛けている自信がある。そもそも今の時点で当番の数馬くんが外に出ているのだ。これで全然関係ないことだったらそれはそれで泣けますけどね!
「数馬くーん」
手は伊賀崎くんに掴まれているから振ることは出来ないが、呼ぶことは出来る。すると数馬くんは勢い良くこちらを向いた。
「あやめさん!あれ、それに孫兵?」
その反応に、私と伊賀崎くんの組み合わせが如何に意外なものかを知った。数馬くんが慌てたように駆け寄ってくる。
「ああ、見つかって良かった。迷子になってないかって、すごく心配してたんです」
「もしかして心配掛けちゃった?」
本当に安心したように話す数馬くんに、申し訳なくなる。こうやって走ってきてくれたということは、探してくれていたんじゃないだろうか。
「数馬、保険委員の当番はいいのか?」
すると伊賀崎くんがそう尋ねて、数馬くんは照れくさそうに笑って答えた。
「大丈夫。善法寺伊作先輩が帰ってこられたから、僕が探しに行くことになって……まあ、途中何度か塹壕に嵌りかけちゃったんだけど」
数馬くんは笑いながら話しているが、私としてはとても居た堪れない。立花くんが言っていた通りに、保険委員会は不運の集まりだ。タイミングや運が悪いとしか言いようの無いことがたくさん起きている。この数日間側で見ていて、その意味が良く理解できた。
「ご、ごめんね。私を探したせいで」
「あやめさんのせいじゃありませんよ!」
慌てて否定してくれる数馬くん本当にいい子。というか、この忍者の学校には優しい少年が多くて心に沁みる。礼儀だって正しい。
何となく伊賀崎くんの手を握りなおすと、彼はぱっとこちらを見た。
「ここまで伊賀崎くんが案内してくれたの。ジュンコちゃんも一緒にね」
嬉しそうにほんのり赤くなる頬が可愛い。元が特に可愛らしいから、もう伊賀崎くんは可愛いを限界突破していると思う。
するとその反応に数馬くんがほんの少し目を見開いて、驚いた。これは完全に伊賀崎くんの反応が普段と違うのだろう。
私だってそう思う。一番初めに会った時なんて、心が折れるかと思ったのに(大袈裟に表現してみました)。まあこれで分かったのは、伊賀崎くんが完全に動物もどきに心を射止められているということだ。他に要因が見当たらない。
「えっと、孫兵も医務室行く?」
数馬くんの戸惑いながらの問いに伊賀崎くんは頷くと、変わらず私の手を引いていってくれる。
これ今更、魔法です私は純粋に人間なの!とか言ったら嫌われたりしないだろうか。本気で心配になってきた。
...end
周りの人たちは、伊賀崎孫兵がデレ過ぎてどうしていいか分からない
20120731