さて、こちらの話が終われば後はクロ助だ。
さっき乱太郎くんが言っていたクロ助が懐かないと嘆いていた三治郎というのは、恐らく生物委員だろう。一番関わりがあって、それでも仲良くなれないのは確かに心が折れる。
この学校には結構お世話になっているし、それくらいなら協力しても問題ない。
「ということで、」
にんまり笑って見せると、竹谷くんが一歩引いた。良からぬことを企んでいるとでも思われたのだろうか。失礼な。
「クロ助とコミュニケーションを取ってみよう!」
「へ?」
「え?」
色んなところから反応が聞こえてまいりました。まあ突然変なことを言い出した自覚はある。でもどうせなら、生物委員会が居るときにやっておきたい。
「ところで竹谷くん。ここにいない生物委員っている?」
「いや、いません。全員揃ってますよ」
答えてから、竹谷くんは不思議そうに首を傾げた。
「でもどうして、」
「そんなの、クロ助を人に慣らすために決まってるでしょう」
「え、そんなこと出来るんですか?」
「出来るっているか、きっかけがないだけだから。そもそもあの子も、そろそろ遊んでもらいたいと思う」
伊賀崎くんにはぶつかっていったようだし、どうやら竹谷くんは元々そこまで避けられてはいないだろう。なら後は、あそこの子どもたちだ。
すると竹谷くんはこちらの意図をようやく理解したらしい。井桁模様の忍者服の子らを呼んでくれた。



少し離れた場所で、クロ助と一年生たちが遊んでいる。自己紹介してもらって、その後伊賀崎くんにくっ付いていたクロ助を呼べばすぐだった。きっと世話をされている中で、既にこの人たちの人となりを理解していたのだと思う。
それを一緒に見ていた竹谷くんも、少し嬉しそう。また一つ何かを返すことが出来たのなら嬉しい。もらってばかりは心苦しいものだから。
「そういえば、怪我した狼くんはどうなったの?」
「ああ、あの狼は小屋の中です。他の狼と離しているのと、さすがに下級生に世話を任せることは出来ないので」
示された方向には、確かに小ぶりな小屋がある。というか、元々狼飼ってたのか。さすが昔の日本だ。
「どんな感じ?」
「そうですね。初めの警戒心が嘘のようでした。きっと桐野さんの姿に、何かしら感じるところがあったんじゃないですか?」
「姿ねー」
人間が動物に変化する瞬間を見る気分は、どんなものなのか。魔法がない。そんな前提でそういう状況に陥ったことはないから、きっと私には一生分からないままだろう。両親は魔法と関わりのないマグルだったけれど、動物もどきという変身方法を知る頃には、魔法は私の一部になっていたから。
「竹谷くんは?」
「え?」
「竹谷くんはどう思った?」
笑ってみせる。冗談交じりと言うように。でも知ってみたい。いくら怖がっていないといえど、どういう風に感じているのかは大切なことだと思う。
ここで暮らしていくのにも、元の世界でのマグルとの生活にも。
「あ、あーそうですね。純粋に、きれいだと思いました。書物でしか見たことなかったし、毛並みだって……」
そこで竹谷くんが止まった。そうしてこちらを伺うように見てくる。
「あの、撫でさせてはもらえませんか。こんな機会、これから一生ないと思うんで」
この考え方は生物委員会ならではという気がする。毛並みなんて普通気にしたりしない。
「噛み付かれるかも、とかは思わないの?」
「だって桐野さんでしょう。怖くはないです」
竹谷くんの視線は真っ直ぐだ。
「アニメーガス、動物もどきっていうのは、完全に人間の思考のまま獣になるんじゃないの」
だからこそ、一応気をつけておくべきことは話しておきたい。
「勿論人間としての考えがなくなるわけじゃないけど、思考回路が単純になったりね。物凄くヘビーなことを言うとすれば、お腹空いてたらそこらへんにいる兎を食べちゃうとか。まあこれはよっぽどの場合だけだと思うけど」
これは言っている私自身も、遠慮したいところである。生で食べるとか考えられない。でもきっと、虎になった私は平気なのだと思う。習得してそう時間も経っていないし変身する機会もなかったから、その辺りの感覚はまだ良く分からないけれど。
「でも人の判断は付くでしょう?」
「うん、勿論。でも危険性もあるかもしれないってこと。私もその辺り微妙でね。こんなのホイホイ使えないでしょ」
小さな鳥や猫、犬ならどこに居たって問題はないが、虎はアウトだ。町で見かけられたら捕獲されて動物園行きに決まっている。
竹谷くんも似たようなことを考えたらしい。
「ああ、それは確かに騒ぎになりますね」
そういう場面を想像したのか、遠い目をしている。けれどふと、竹谷くんは私を見た。
「じゃあ、その動物もどきっていうのは、まだ分かっていないことが多いんですか?」
「いや、教科書に説明はある。でもいざなってみると、細かいところまでは……」
話の途中で突然手を取られた。驚いて身を引こうとするが、予想外の力で振りほどくことは出来ない。
「竹谷くん?」
「ならこちらで、分からないこと探ってみませんか。元の場所ではそうそう出来ないことでも、ここなら問題ないですよ」
思わず手を取られたまま瞬きを繰り返す。竹谷くんの目は妙にキラキラしていて、ああ、楽しいのかもしれないと思う。
「裏裏山の方へ行けば、そう人が来る場所ではないですし、ある程度なら誤魔化しだってききます」
正直、これはなかなか心動く話だと思う。現代に戻ったって自分の部屋でやるのにも限度はあるだろうし、動物もどきになるならなるで、どうせなら思いっきりその身体能力を試してみたいとも考えていた。
私の心が揺れたのが分かったのだろう。竹谷くんが畳み掛けてくる。
「広い場所もありますから、思いっきり走れますよ!」
「……なんか、ちょっと意外かな」
「え、」
「まさか竹谷くんに、そんな風に魔法について勧められるとは思わなかった」
どちらかといえば、慎重派だと思っていた。魔法が誰かに知られることがないように、学校の誰かに疑われることがないように。少なくとも今まで、竹谷くんはそんな感じだった。
「あ、ま、不味いですか。やっぱり」
下げられた眉が可愛い。
「すみません。多分、その、テンションが上がってたんだと思います。今の話は無しってことにしてください」
これは生物委員だからというよりも、竹谷くん個人が動物を好きなのかもしれない。だからこそ、動物から好かれるのだ。
「いいよ」
「え?」
「だから、良いよって言ったの。私もその魔法は、どうにかして調べないとって考えてたからね」
それに、竹谷くんが嬉しいなら私もそうしてあげたい。別に戦場へ行くだとか、そういうものではないのだ。
「ほ、本当にいいんですか?無理、してませんか?」
「大丈夫大丈夫」
そう答えて笑って見せれば、竹谷くんはあからさまにほっとする。そうしてはっとしたように手を放した。ずっと握りっぱなしだったのに、ようやく気が付いたらしい。
竹谷くんの視線が気まずそうに一年生たちの方へ向けられる。すると思ったより近くに、伊賀崎くんが立っていた。
「あやめさん」
彼は私が見たこともないような優しげで、うっとりとした表情をしている。隣りの竹谷くんが、それに苦笑をこぼした。
「紹介します。この子がジュンコです」
赤い何かが、伊賀崎くんの首で動いていた。
私は魔女だ。蛇をペットに飼う人は少なくなかったし、私だってパーセルタングに挑戦するくらいは慣れたものだと思っていた。だが、だがこれはちょっと頂けないんじゃないだろうか。
だって赤って。赤ってお前、危険色じゃないの?完全に毒持ってるよねジュンコちゃん。
この時代には血清なんかもないだろうに、うっかり噛まれたらどうするつもりなのだろう。それとも、それだけ信頼関係が築き上げられているのだろうか。
私の言いたいことが分かったらしい竹谷くんは、仕方ないなあと笑った。いやここ笑うところじゃない。
「ジュンコは大丈夫ですよ。孫兵の言うことはしっかり聞きますし、敵以外には噛み付かないように躾けられてます」
「そうですよ。あやめさんなら、ジュンコともきっと仲良くなれます」
伊賀崎くんの無茶振りに、思わず口元が引きつった。でもきっと、恐らく、彼らの言うことは事実なのだろう。離れて見る分には、確かにジュンコちゃんは可愛い。でも、だけど!
「触るのは信頼関係が築けるようになってからでお願いします!!」
ジュンコちゃんを差し出してくる伊賀崎くんに、そう言うしかなかった。


...end

さすがに毒蛇とは思いませんでした
20120730
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -