クロ助のあとを無言でついていく。今の私に周りを見る余裕はない。
足は治ったし、肩だって少し痛むがその程度。竹谷くんも伊賀崎くんも、確かめてはいないが例の怪我した狼だって無事だ。私は一体何を怖がっているのだろう。しかも今更。
魔法ならある程度の出来事ならどうにかなる。この世界でこの力は相当大きなものだ。今回だって、怪我は負ったけれども問題なんてなかったはず。本当に、今更だ。
「桐野さん?」
「え、」
不思議そうに呼ばれた声に顔を上げれば、そこには竹谷くんが居た。何度か瞬きをして、クロ助を見る。するとクロ助は私の足に軽く擦り寄って、それからすぐに離れていった。
さっと視線を巡らせれば、そこは全く見覚えのない場所で。小屋やら木材が置いてある。狼の第一発見者らしき子もいた。ここは、どこだ。
「あやめさん!」
伊賀崎くんが赤い何かを首に巻いたまま走ってこようとしたが、すかさずクロ助がその足元に飛びついた。ああ、これはもしや。
「桐野さん、どうしたんですか?」
何も言わない私を不審に思ったのか、竹谷くんが近づいてくる。
これは多分、クロ助が気を利かせたのだ。様子のおかしい私を、竹谷くんに引き合わせようとしてくれた。だからこそ、駆け寄ろうとした伊賀崎くんを阻止しようとしたわけで。
「桐野さん?」
「あの、ご、ごめんね。なんだか考えてたらちょっと今更、その、怖くなってきちゃって」
誤魔化すことも、言いつくろうこともしなかった。しなかったというより出来なかったという方が正しいかもしれない。元々彼らに隠し事が出来るとは思っていないし、何よりこういう時、私はどうしたらいいか分からない。
「……本当に今更ですね」
竹谷くんが小さく笑ったのが分かった。
「私も今更どうしたんだって思ったんだけど、でも改めて考えると、その、ぎりぎりで生きてるみたいな」
手が取られる。そうして軽く引っ張られた。
「大丈夫ですよ。俺も孫兵も、あの狼も、あなたのお陰で生きてる」
「それはちょっと大げさじゃないかな」
「そうですか?でも怪我がなかったのは、桐野さんのお陰です。狼も、見捨てずに済んだ」
竹谷くんは少し考えて、それからぎゅうっと私を抱きしめた。勿論肩には負担は掛かっていない。一体どういう方法だ。
「どうです?」
「どうって、」
竹谷くんの心臓の音が聞こえる。というか、この距離感の無さ。この竹谷くんの感じ。
「竹谷くん、この動物と触れ合うような感覚は不味いと思う」
「え、嫌でした?」
「嫌って言うか、私、人間の女の子だからね。周りの目を少しは気にしようか」
きょとんとする竹谷くんは、恐らく私を半分動物として見ているんじゃないだろうか。動物もどきは変身しているだけで私自身は純粋な人間だ。その辺りの判断は、魔法を知らない人には難しいかもしれないけれど。
「……あ、すみません」
少し考えた竹谷くんは、そうやら自分のしている行動を理解してくれたようだ。すぐに腕を放してくれた。
「そ、そうですよね。なんかつい、ホントすみません」
ほんのり頬が赤い。それが妙に可愛くて、思わず笑ってしまった。
「笑わないでくださいよ……」
「いや、ごめんね。でもありがとう」
「?」
「なんか、怖いの止まった」
あの冷える感覚はもうない。竹谷くんの予想外の行動に驚いて引っ込んでしまったのか。それとも一時的なものだったのか。
「竹谷くんが抱きしめてくれたお陰かもねー」
にんまり微笑みながら揶揄すれば、彼は慌てて反論する。
「ちょ、もう、何言ってるんですか!感覚の違いですよ、感覚の!!」
「大丈夫大丈夫、分かってますって」
「……それより、よくここがわかりましたね」
話題の強引な転換にまた笑いが込み上げるが、そうなると話が進まないので我慢する。
「ああ、道案内はクロ助がしてくれたの。様子おかしいの、分かってくれたみたい」
竹谷くんの視線が、相変わらず伊賀崎くんの足元にじゃれついているクロ助へと向かう。伊賀崎くんは困りつつも満更でもないようで、その場に立ち尽くしていた。ちなみに少し離れたところから、小さな子たちがそれを羨ましそうに見つめている。
「あいつ、道案内出来るんですか?」
「出来るよ。特に頭いいみたいだし、竹谷くんになら同じようなことしてくれるんじゃないかな」
「いや、まさか」
そんなことはないだろうと竹谷くんは言うが、そうでもないと思う。こんなに責任感があって、懐が大きいのだ。動物にだって、人にだっておおよそ好かれるだろう。
「信頼されてるよ。少なくとも、落ち込んだ私を任せられると思うくらいには」
「へ?」
「おや、分かってなかった。あのね、別に私、竹谷くんに会いたいって言ったわけじゃないの。本当はそのまま、医務室に戻るつもりだった」
戻って、あの感覚を一人で消化するつもりで。
「でも無心でクロ助に付いていったら、ここに来てたの。多分私を、竹谷くんに任せたかったんだと思う。人に飼われた動物って、気持ちに敏感なんだよ」
竹谷くんと目を合わせる。彼は何度か瞬きして、やっぱり照れたように笑った。
「それはなんというか、光栄ですね」


...end

ハイスペックなクロ助
20120729
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