とりあえずこの忍者の学校には、何日かお世話になることになってしまった。私としては今すぐ帰っても構わないんですがという意見を挙げたのだが、ざっくり切り捨てられた。しかも生徒ではなく先生に。
「うちの生徒を庇って怪我された方を放り出せと言うのですか?」
と怒られてしまっては何も言えまい。それに保険委員さんたちや竹谷くんと伊賀崎くんも迷いなく頷いていたので、私に逃げ道なんてあるはずがない。
しかも伊賀崎くんに至っては、例の怪我した狼やクロ助を使って意地でも残らせようとするから驚いた。毒持ちのジュンコちゃんは医務室への持ち込み許可が降りないらしく、連れてくることはなかったけれど。
やっぱり何か期待されている気がする。これは後で竹谷くんに何を言ったのか問い詰めてみよう。
さて、ここで問題です。
「私は一体どこに向かっているのか」
肩より先に治った(善法寺くんが早い気がすると首を傾げていた)足で、私は絶賛迷子中だった。
お世話になって三日目の放課後。私は乱太郎くんを追いかけていたはずなのだが。どうしてこうなった?
とりあえず、こうなった経緯を考えてみる。
数馬くんと善法寺くんがいる医務室で、竹谷くんやきり丸くんに借りてきてもらった本を読んでいる最中のことだ。保険委員である乱太郎くんが医務室へやってきた。どうやら当番の日ではないらしく、善法寺くんと一言二言話して出て行ってしまう。
何を話したかなんて特に興味もなかったから分からなくても良かったのだが、乱太郎くんが出て行ってすぐ、善法寺くんがはっとしたように立ち上がる。
「あ、忘れてた」
「どうしたの?」
その手には、いつの間にか紙が一枚。
「あ、いえ、今度予算について会議があるんですが、それについて、色々用があったんですけど」
視線が紙に向かって、そこで私は察する。
「その紙を乱太郎くんに渡さないといけないのに、渡し忘れた?」
善法寺くんが曖昧に頷いた。するとそれを聞いていた数馬くんは、自分が届けてきましょうかと名乗りを上げる。だが善法寺くんは困ったように首を振ってみせた。
「僕はこれから新野先生の手伝いをしなくちゃならなくて……だとすると、数馬が医務室開けちゃ不味いだろう?」
「あ、確かに……」
医務室に保健委員さんが誰も居ないのは不味いだろう。私一人で放置されたときに怪我人が入ってきたら、パニックを起こす自信はある。
「それ、すぐ渡さないといけないもの?」
何となく尋ねてみれば、善法寺くんははい、と小さく頷いた。
「乱太郎がちょっと出かけるみたいなので、そのついでに買ってきてほしいものをメモしたものなんです。口頭で伝えたものもありますが、それと少し変更した部分もあって」
どうしようかなと困っている彼らを見ていると、やはり手助けしてあげたくなってくる。
ほんの少ししか関わっていないのに、彼ら保険委員の運の無さといったら、こう、見ていられないくらいだった。だからこそ、協力できることはしてあげたくなるのは普通のことだと思う。
「よし、運動ついでに私が届けてきますよ」
足を動かしても問題ないと許可が下りたのは、今朝のことだ。治りが早くて、善法寺くんと新野先生が揃って首を傾げていたのは記憶に新しい。まあ癒しの呪文を掛けてあったから、少し早いのは当然である。
「な、何言ってるんですか」
「何もそれも、そのまんまです。私がその紙を、乱太郎くんに渡せばいいんですよね」
「いやまあ、確かにそうですけど、」
「用があるなら頼んでくださいよ。私だってついでです。動かないと鈍っちゃいそうですから。それにすぐ行かないと、私的に迷う確立がどんどん増えていく気が」
善法寺くんは私の言葉に迷うような仕草をした。よし、もう一押し。布団から抜け出て軽く屈伸なんかもしてみる。うむ、やっぱり自分の足で立てるのはいいことだ。安定しているし、なにより自由である。
「……じゃあ、お願いしてもいいですか?でも無理はしないでください。渡せなかったら渡せなかったで、構いませんから」
行く気満々の態度に折れてくれたようだ。善法寺くんはそれだけ言うと、メモらしい折りたたんだ紙を渡してくれた。
「それに、足は治っても肩の方はまだなんですから、本当に気をつけてくださいね」
「そんなに心配するほどの怪我ではなかったでしょう?」
起きてからこっそり癒しの呪文を自分に掛けている。治ることはないが、少しは影響を受けているはずだ。一気に治るくらいの実力があれば色々便利だったんだけど、無いもの強請りしても仕方が無い。
「心配するほどの怪我ですよ。あれだけの獣に襲われて、アレで済んだというのも奇跡です」
「そうでもないよ。良く覚えてないけど、竹谷くんもいたからね」
この話題は危険だ。竹谷くんがあのことについてどうやって説明したかを、詳しくは聞けていない。私は必死でよく覚えていないというようなことを貫き通したから、突っ込まれて聞かれると困る。
だからこそ、この話は切り上げてしまおう。自由に動く右手で紙をしっかり持ち、医務室の外へ向かう。
「あ、そうだ。もし誰かに絡まれたり、何か変なものに引っかかったら、先生の名前、だけじゃ駄目かな。僕か仙蔵か竹谷の名前も出していいからね」
「……絡まれる、」
「うん。堂々と歩いていればそんなことはほとんど無いだろうけど、一応。先生だけだと信じてもらえないかもしれないし」
やっぱりどこか心配そうな善法寺くんに、ほんの少しにやけてしまった。話し方が少し親しいものに向けるものになっている気がする。そうでないときの方が多いけれど、使い分けている様子はないから無意識だろう。
私は年上かもしれないが、この時代の十五歳は成人に近いものがある。私も(魔法使いとしては)一応成人に分類されていた。ならば対等なはずなのだ。むしろこちらはお世話になりっぱなしなのだから、丁寧に対応されるのはなかなかむず痒い。ちなみに、立花くんは丁寧に話していても威圧感半端無いので別です。
「じゃあ、いってらっしゃい」
ふわりと笑顔で送り出される。言われたことに反射的に返そうとして、でも一瞬迷ってしまった。「ここ」は私の居るべきところではない。
だが善法寺くんにつられたのか、数馬くんも同じことを言ってくれる。こうなれば、返さないわけにはいかないだろう。
「行ってきます」
初めてのおつかいを見送られる気分である。
そうして戻る、先ほどの問い。
「私は一体どこに向かっているのか」
どうしてこうなった、とか言っている場合ではない。原因は何をどう考えたって私の行動だ。
追いかけるもなにもなかった。だって医務室から出たら、そこは知らない学校です状態だ。竹谷くんと少し歩いたとはいっても、一度でなんか覚えられないし、覚える気もない。
それでも当たりをつけて歩き出し、何の偶然か他の生徒にも会うことなく、こうやって乱太郎くんを探して迷うという結果になってしまったのだ。本当に情けないです。
「しかも人に会わないから聞くことも出来ないし……」
何となく辺りを見回してみても、人の気配は感じられなかった。これは本格的に迷子だ。乱太郎くんが、まだ出かけていないことを祈るしかない。
しかしどうするか。闇雲に探してもどうにもならないだろう。まず、人を探すべきかもしれない。
うんうん唸っていれば、それに答えるように猫の鳴き声が聞こえた。
...end
どうして数馬くんと呼んでいるかというと、三反田くん三反田くん言っていたらゲシュタルト崩壊を起こしたため
「さんたんだくんさんたんだくんさんたんだくん……?」
「数馬でいいですよ」
20120727