正直伊賀崎くんの反応の仕方には戸惑うしかなかった。しかも頭を上げた後何故かもう一度手を握られて、少し首を傾げられてしまう。
これはアレだな。虎を基準として考えられている気がする。私の基本は悪魔で人間である。間違えた。あくまで人間。
伊賀崎くんは用事があるらしく、狼の様子を少し教えて名残惜しそうに医務室から出て行った。狼は暴れることなく治療を受けてくれているようだ。ついでに今度は、ジュンコを連れてくると意気込まれてしまった。なんだか懐かれた、というより期待されている気がするのは何故だろう。なんの期待かと聞かれても困るけれど。
「……平気だったでしょう」
竹谷くんは妙に得意気だ。
「うん、そうだね。竹谷くんは何だか喜びそうな気はしてたんだけど」
「え」
「え?」
何となくじっと竹谷くんを見つめてみる。すると彼は視線を泳がせた後、小さい声で白状した。
「た、多少は」
「多少?」
「か、」
「か?」
「かなりです」
当然かもしれない。虎なんて、実物を見る機会なんてほとんどないだろう。しかも元が人間だから、触ってもなんら問題はない。
竹谷くんの態度に小さく噴出す。少し前に、怖がられたらどうしようとか考えていたのが馬鹿みたいだ。でもこれは珍しい反応だというのは心に刻んでおこうと思う。普通は、こうは行かない。
「笑わないでくださいよ……」
「だって、あ、いた」
笑ったせいで肩が少し痛んだ。すると今度は深刻そうな表情で、竹谷くんが頭を下げた。今度は何!?
「すみませんでした」
「どうして謝るかなあ」
呆れたようにそう言えば、彼は頭を下げたまま続ける。
「当然のことです。あの場に連れて行ったのは俺で、本来なら守らないといけない立場にあったんです。……なのに、出来なかった」
ぎゅっと握られたこぶしが視界に入る。何となくそれを右手で覆ってあげた。相手は年下でも男の子だ。包み込むことは手のひらの大きさ的に不可能だが、仕方ない。
「あのね、あれは私が勝手にやったこと。善法寺くんにも立花くんにも言ったけど、私自身が後悔したくないんだよ」
巻き込まれても怪我をしても、「私なら」最悪の状況にはならない。動物もどきだってそうだが、魔法があるから。
でも竹谷くんたちはどうだ。熊だって、最初の黒い忍者服の集団だって、一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。
「助けられるなら助けたい」
見殺しになんてできない。
「それに、竹谷くんみたいに優しくてお人好しな子を見捨てるなんてとてもとても……」
「それ本気で言ってます?」
「かなり本気」
ようやく上げられた頭ににやにやする。竹谷くんの表情がほんの少し照れたようなものになっているからだ。しかもちょっと頬が赤い。このくらいの少年には嫌がられそうな表現だが、可愛い。すごく可愛い。
「優しくてお人好しは桐野さんの方です」
「竹谷くん、」
「はい」
「怪我はきれいに治るだろうから、気にしなくていいよ」
竹谷くんから手を放して、怪我した左肩を触る。痛みは確かにあった。人間ならひとたまりもないだろうが、これはあくまでも虎の時に受けたものだ。恐らく牙だってそこまで深く到達していない。破傷風とかそういう心配だって、こっちは一応現代っ子だ。そういう対策だってしてある。……実はこれ、すごい強みだよね。
だがそれを聞いて黙っていてくれない人がいた。この医務室の主であろう彼のことを、すっかり忘れていた。
「僕はそんなこと言った覚えはないよ」
善法寺くんである。
「そこまで深くないものだって、痕になるときはなるんです。絶対はありません」
立ったままこちらを見る善法寺くんに竹谷くんが何か言いかけるが、私が遮った。
「大丈夫です。大丈夫、」
人差し指を立てて、杖を振る真似をする。これで竹谷くんだけには伝わるはずだ。その証拠に、竹谷くんのほうは妙に驚いた表情をしている。
「それにまあ、肩だからねーそうそう人に見せる場所じゃないし、問題はないでしょう」
「な、」
「桐野さん……」
何かおかしなことでも言ったのだろうか。善法寺くんと竹谷くんがそろって頭を抱えた。


...end

そういう問題ではないでしょうと突っ込みたいけど、突っ込んでも首を傾げられそうで何もいえない図
20120724
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