お互い何も言えなくなってしまった。善法寺くんは何やら考え込んでいるようだし、私は私で水が欲しいなとか思う。でも言えない。というか、言えるような雰囲気ではない。そしてどうして私の歳を聞いて考え込むの。どこに考える要素があるの。
するとどこかから音が近づいてきた。考え込んでいた善法寺くんは呆れたように首を振って、小さくため息をつく。
「もう、忍が足音立てて走ってどうするのさ」
ぱん、と勢い良く開かれた襖に、私もそちらへ視線をやる。そこにいたのは、竹谷くんと伊賀崎くんだった。
二人の姿に心臓が跳ねる。
「桐野さん、起きて大丈夫なんですか!?」
「竹谷、医務室では静かに」
「あ、す、すみません」
そう言いつつこちらに近づいてくる竹谷くんは、いつも通りだった。伊賀崎くんは襖に隠れるようにして、こちらの様子を伺っている。視線に特に変わったものはないと思う。でもそれが、今の私には逆に怖い。
だって竹谷くんも伊賀崎くんも確かに見ているはずなのだ。動物もどきの、虎の姿を。
何事も無いのならそれが一番いい。けれどそこで考えてしまうのは、彼らが忍者だと言うこと。畏怖も拒絶も、隠されてしまえば私には分からない。腹の底に何かを抱えたまま関わるなんて、耐えられないと思う。それはずっと、彼らを疑うということだから。
考えれば考えるほど深みに嵌る。だってよくよく考えれば、杖を使って扱う魔法とは大きく違うのだ。人間の形が変わる。それが如何に恐ろしいことか、魔女である私には理解できるはずもない。
助けたことに後悔はしていないけれど、いつ何を言われるかという恐怖は、味わいたいものではなかった。
「狼の方も」
「ああ、でも医務室に入れるのは」
竹谷くんと善法寺くんは少し話をして、位置を入れ替わった。竹谷くんと距離が少し近くなる。
「桐野さん」
「あ、はい」
名を呼ばれて答えるも、声が妙に硬くなる。それに二人も気が付いたのだろう。不思議そうにこちらを見ている。
「やっぱり具合悪いんですか?」
「や、痛みはあるけど、今のところ特に問題はないよ」
視線が合わせられない。
ああ、私は一体何をやっているんだろう。魔法がばれたら、騒がれたら、この場所から逃げてしまえばいいと随分前から考えていたじゃないか。だから荷物一式が入ったトランクだって、いつでも持ち歩いている。
私は、何をそんなに怖がっているんだろう。
「……桐野さん?」
竹谷くんの手が私の右手に触れた瞬間、とっさに振り払ってしまった。おいこら、本当に何やってるの。驚いたとしても、普通こんなことしない。
「あ、ご、ごめん。ちょっと、その、驚いた」
その私の反応に呆気にとられていた竹谷くんの目が、少し据わった気がした。
「桐野さん、失礼します」
善法寺くんが止める間もなかった。気が付けば目の前が、群青に染まっている。

――え?

「竹谷!?」
「大丈夫です。怖くないですよ」
怪我に触らないように、痛まないように回された腕。優しく降ってくる声はダイレクトに頭に響いてくる。この状態はまさか、軽く抱きしめられていないだろうか。
ぶわっと顔に熱が集まるのが分かった。なのに竹谷くんは放す気配はない。え、どうしてこうなった。
「怖くないですよ」
もう一度同じことを言われて、そこでようやく察することが出来る。竹谷くんは、私に言っているのだ。きっと何を考えるかなんてお見通しだったのだろう。
多分私は怖かったのだ。仲良くなった人たちに、恐怖を含んだ目で見られるのが。
「な、にを」
「孫兵だってそうです。今は医務室の外で待ってますよ……呼びますか?」
返事はしなかった。でも竹谷くんは分かったのだろう。
「孫兵、入って大丈夫だぞ」
竹谷くんは私が魔女だという予備知識があった。でも伊賀崎くんにはそれがない。なら彼の反応は、恐らく「この世界の人の反応」に限りなく近いと言うことだ。
「あ、の、あやめさん?」
恐る恐る掛けられた声には、話しかけることへの戸惑いはあれど、恐怖は含まれていない。と思う。
するりと竹谷くんの腕が外れる。こっそり視線を上げて様子を見てみれば、すごく優しく微笑まれていた。なんなの、なんなのこの人!!
さっと視線を逸らして、いつの間にか横に来ていた伊賀崎くんを見る。え、あれ。善法寺くんが消えた。……これ絶対、居た堪れなくなったんだ。空気読んで席外してくれたんだ。
「伊賀崎くん」
「あやめさん、その、さ、触ってもいいですか」
衝撃の発言である。まさかそんなことを言われると思っていなかった私は軽く混乱してしまった。触っていいですかとか、一体何を考えてそんなことを言ったのだろう。
「……だ、だめですか?」
しゅんと肩を落とされてしまえば、私が首を横に振れるはずがない。
「だめでは、ないけど」
どうしてそんなことを。許可した瞬間に掴まれた右手を視界に入れつつ、その目的を知るために竹谷くんを見た。だって伊賀崎くん、妙に眼が輝いているんだけど。
「すみません桐野さん。孫兵、礼が言いたかったのと、確かめたいことがあったらしくて」
楽しそうに笑う竹谷くんは、心配ないとばかりにもう一度私に触れた。頭が動いてしまわない程度に撫でられる。うーん、なぐさめられているような気が。
「あの、あやめさん」
「は、はい」
「今度ぼくのジュンコを紹介していいですか」
「えっと、ジュンコって確か、蛇の」
「はい。是非、小町たちも見て欲しいです」
にこにこしている伊賀崎くんは可愛いが、横で困ったように苦笑いしている竹谷くんが気になる。これは一体、私全然分からないんだけど。
「孫兵、桐野さん困ってるから、また今度でもいいだろう。……さて、桐野さん」
何かを確かめるように触れていた右手は放されて、代わりに二人に頭を下げられた。
「え、な、どうしたの」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
二人揃って同じことを言う。
「な、え、頭上げてよ」
その言葉に恐らく、私の気が緩んだのだと思う。鼻の奥がツンと痛んで、目の辺りが熱くなる。
良かった。想像していたような事態にならなくて、本当に良かった。

さすがに泣くわけにはいかないから、ほんの少し手のひらに爪を立てて我慢してみました。


end...

「桐野さんはな不思議な力を持ってはいるけど、普通の」
「天狗か何かですか?」
「いや、普通の」
「やっぱり虎なんですか?」
「(すごく期待した目だ)……そ、その辺りはこっそり本人に聞いたほうがいいんじゃないか」
説明を丸投げした竹谷と、人と同じか触って確かめた伊賀崎。怖いというより興味が勝る
20120722
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