「よし、じゃあもう何にもないよね。杖も持ったし、忘れるようなものは持ってきてないし」
自分の身体を確かめるようにパタパタ叩くと、竹谷くんがすかさず倒れないように手を添えてくれた。本当に至れり尽くせりで、お姉さんは感激の涙を流してしまいそうです。
「まあ、忘れ物くらいなら届けにいけますから、心配しないでください」
「ありがとうございます」
礼を言いつつ、そんなことが無いように気をつけよう。
「ところで、お昼は食べないんですか」
「あ、そっか、そんな時間だね。竹谷くん、お腹空いたの?」
しかし尋ねた後でよくよく考えてみれば、竹谷くんは実習が終わったばかりのはずだ。実習といえば身体を動かす授業のことだろう。ならばお腹が空いていても不思議ではない。というか当然だ。しかもこの年頃だと、いわゆる食べ盛りではないだろうか。
「……空いてるに決まってるよね、私ってホントばか」
「今の沈黙の間に一体何を考えたんですか」
「それはもう、様々なことを」
ぎゅっと力を込めながら言えば、竹谷くんは困ったように笑った。
「余り気にしなくてもいいですよ。これも忍の修行になるといえば、なりますから」
「空腹を我慢することが!?」
衝撃の事実である。
「そうです。恐らく任務によっては、何日も食べないってこともあると思います。虫食べたりね」
いたって爽やかに語ってくれるが、内容はなかなかヘビーだ。笑って済ましていいようなものではない。
「虫……」
思わず遠い目をしながら想像してしまった光景を振り払う。考えたら負けな気がする。
「竹谷くん、」
「はい」
「人間は栄養をしっかり摂ったほうが成長もするし、病気にもなりにくい身体を作るんだよ。だから食べよう。全力で食べよう」
一気に言い切る。正直この学園のご飯は美味しいから、ここでとってしまうのもありだと思う。ただし、生徒がたくさんいる時間を避けてもらうことになるが。
竹谷くんは私の提案に少し悩んで、首を横に振った。
「外で食べましょう。さっきの医務室みたいなことがまたあったら、今度は誤魔化せるか分かりませんから」
「そっか、それもそうだね」
となると、先ほどの大川さんとの約束も、竹谷くんは微妙な顔して聞いていたのだろうか。けれど彼の言うことは尤もだ。学園に関わるということは自分の力がばれる危険だけではなく、ある意味竹谷くんに迷惑が掛かるかもしれないということ。これは問題だ。早急に対策を立てなければ。
「よし、ならもう帰ろうか」


しかし、そうはいかないのがここのところの私である。


「竹谷先輩!!」
「孫兵、どうした」
竹谷くんが呼ばれて、それに答えた。呼んだ声は聞いたことがあるような気がして、こっそりそちらを覗く。居たのは伊賀崎くんだった。
「伊賀崎くん」
「あ、あやめさん……じゃなくて、一年は組の夢前三治郎が怪我した狼を見つけてきて、」
伊賀崎くんにスルーされた。再びガラスのハートが割れた。まあ自分の優先度はそう高くないだろうが、アレだ。私はこの少年と相性が悪いのかもしれない。
「狼、」
竹谷くんが難しい表情をする。
「それは学園の外にいるのか」
「はい、さっき佐武虎若が慌てて……」
狼。思わずその言葉に反応してしまった。しかもこの二人の会話から察するに、彼らの言う生物委員会は野生の怪我した動物も保護しているのだろう。猫のクロ助のこともあるし、結構大掛かりな委員会なのかもしれない。
竹谷くんがちらりとこちらを見る。言いたいことは良く分かった。というか、私は学校の活動を優先するべきだと思う。こうやって後輩にも頼られているのだ。行ってやらねばならないだろう。
「行った方がいいと思うよ。呼ばれてるんでしょう」
「でも、」
「でもも何もありません。頼られてるなら行ってあげなくちゃ。私は一人でも普通に帰れるし……」
途中までは松葉杖を使うことになっても、ある程度進めば私のマットか箒がすばらしい働きをしてくれる。飛んで帰ってしまえば、足の怪我なんて関係ありません。
「それでも今あなたは客人だ。しかも怪我だって、」
「だ、い、じょ、う、ぶ!大丈夫じゃないのは怪我した動物。行ってあげなって」
竹谷くんがその後輩の元に行きたいのが伝わってくるのだ。それでも、私を送らなければという責任も放棄できない。こちらは放っておいても問題ないのだから、気にしなくていいのに。
どうやって竹谷くんを送り出してやろうかと考え始めた瞬間、それを聞いていた伊賀崎くんがそろそろと手を上げた。ほらこれ、絶対に早くしろって思ってるって!
「あの、ならこの人も一緒に連れて行けばいいんじゃないですか」
「はい!?」
「ああ!」
その発言に驚いたのは私だけだった。あろうことか、竹谷くんは目から鱗とばかりに伊賀崎くんを見ている。いや、その反応はおかしい。でも伊賀崎くんの提案はもっとおかしい。
「だってあやめさん、動物と仲良くなれるって言ってたじゃないですか」
この少年は私との会話をしっかり覚えておられたようです。
「まあ確かに言いましたけど!でもそれほぼ猫科限定というかなんというか」
「それは後で聞くとして、ちょっと失礼します」
決断した竹谷くんは早かった。私の手から松葉杖を奪うと、それを壁に立てかける。そうして再び抱え上げられた。
「ちょ、これはおかしい!」
「静かにしてください。落としますよ」
私はいつになったら宿に帰ることが出来るのだろうか。


...end

獣編開始
20120701
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