「へむへむ!」
まさかこの世に二足歩行可能な犬がいるなんて、思いもしなかった。私は衝撃を受けましたという格好のまま固まってしまう。だってこんな生物、魔法界にだっていない。これは本当に犬なのだろうか。犬の皮を被った別物なんじゃないだろうか。
しかもこの不思議な鳴き方をした犬は、丁寧にお辞儀までしてくれる。もうどうしていいか分からない。これは褒めるべきなのか、流すべきなのか、捕獲するべきなのか。
「……普通に驚いていいですよ」
隣りで笑いをこらえている竹谷くんの許可が出たので、思う存分驚こうと思います。
「君は本当に犬ですか」
「へむへむ?」
「いやでも二足歩行が可能とか、本気で最先端を走っていますね。二足歩行は脳の活性化につながるらしいので、このまま進化し続けてください」
「へむへむ!」
「あ、ところでお名前は」
「へむへむ」
「……さすがに意思の疎通は無理か」
犬と竹谷くんがこけた。
「随分それっぽく会話してましたけど!?」
「竹谷くん、私にも出来ることと出来ないことがあるんだよ」
動物のことが少し分かるかもしれない程度では、人の思考回路に近そうなこの犬の考えていることは予測できない。
人の考えというのは複雑だ。それこそ、考えを読むには魔法である開心術でも使わなければならない。それだって、相手が閉心術を会得していれば何の意味もないのだ。
「ま、まあ、桐野さん、こちらは忍犬のへむへむです」
鳴き声から取ったのだろう。単純だが分かりやすい。
「私、忍犬って初めて見ました。さ、触っても、いいですか?」
特に怖くはない。何故なら魔法界ではもっと凶暴そうな生物がいるからだ。しかもそんな凶暴そうな生物を授業で扱うと言うのだから、魔法界って本当に怖い。生徒の安全とかどうなってるの。友人の一人がユニコーンに蹴られた場面はトラウマものである。最終的に無くなったり死んでさえいなければ、どうにかなるというのが根底にあるのかもしれないけれど。
何よりこのへむへむ、外見は可愛らしいし、大人しそうだ。撫で回すくらい許してくれないだろうか。頬ずりくらいさせてくれたっていいじゃない。
だがそんな考えが全面に出ていたのだろう。へむへむは困ったように鳴いて遠のいてしまった。あ、逃げられた。
竹谷くんはそんな私を慰めようと、軽く肩を叩いてくれる。するとへむへむはそんな私たちを余所に、器用に障子を開けた。そう、開けたのだ。あの前足二本で。衝撃である。
「犬による文明開化も夢ではないのかもしれない」
「桐野さん何言ってるか分からないです」
すかさず突っ込みを入れてくれる竹谷くんに、心で礼を言いつつ部屋の中を見る。誰もいなかった。確かに人が座っていそうな座布団はあるのだが、肝心の人間がいない。もしや待たせすぎて帰られてしまったのだろうか。
「もう少し下がってください」
竹谷くんが腕を引っ張って立つ位置を少し下がらせる。バランスを崩すが、しっかりと支えてもらった。
竹谷くんの胸板にうっかり心臓が跳ねた瞬間、部屋の中央で軽い爆発音と共に煙が立ち込める。
「わあ!」
「大丈夫です。煙は吸わないように気をつけて」
私を支えたまま、竹谷くんは落ち着いて部屋の中央を見ていた。こちらはそんな彼にびっくりだ。普通こんな音と煙が出れば、少しくらい動揺してもいいはずである。もしくは、これくらいの対応が出来るほど、こんなことが日常的に起こっているとか。忍者って度胸試しの授業もあるのだろうか。
「ごほっげっほ」
そう時間が経たないうちに、煙が風にさらわれていく。すると中から現れたのは、おじいさんだった。煙で少しばかり咽ているが、紛れも無く、今まで誰もいなかった座布団に座っている。
「!!え、あれ、竹谷くん見た今の、突然出てきた!」
私は初めて見た忍者らしい忍術に大興奮。
この世界には魔法なんてものはない。少なくとも今まで私と同じような力を持つものはいなかったし、恐らく、これからも見ることは無いかもしれない。
そんな中で、まさか見られるとは思っていなかった忍術らしきもの。さすがの私も竹谷くんに「忍術見せてください!」なんて言えなかったから、すごく嬉しい。いやだって、そういうのって秘伝だろう。出来るだけ人に見せないようにするものだと思っていたから。
「桐野さんって、こういうの初めて見るんですか?」
「あ、はい。初めてです」
苦笑している竹谷くんを見て我に返る。今のはしゃぎ方は恥ずかしい。穴を掘って入って埋めて欲しいくらいに。
「うおっほん!」
おじいさんが咳払いをした。どこか得意そうな態度に、自分の反応が実は正しかったことを知る。
「桐野さん、足、座れます?」
「正座は無理。痛いし、善法寺くんに怒られる」
善法寺くんは怪我を悪化させるようなことをすると怖い。医務室に来ていた人のことを怒っていたから、私はその対象にはなりたくありません。
「ああ、無理はしなくても良い。楽にしなさい」
「失礼します」
「……失礼します」
竹谷くんに促されて、おそるおそる部屋の中へ入る。思わず懐に入れてある杖を握ってしまった。一体何を言われるのか。何があってもすぐに動けますように。
足に負担を強いない方法で座った瞬間、おじいさんに軽く頭を下げられてしまった。
「この度は巻き込んで申し訳ないことをした」
おう、どうして謝られるの。竹谷くんに視線で尋ねても、分からないと首を振られてしまいました。



結論から言うと、学園長である大川さんが私を呼んだのは、私が小物を作っていたからだった。何を言われるかと緊張したのがアホらしく思えてくる。
どうやら彼にはガールフレンドがいるらしく、その彼女たちにプレゼントを贈りたいとのこと。でも普通のものは飽きた。するとちょうどそんな時に、珍しいものを町で作っている者がいると言う。しかもその人物が、今この学園内にいるとも。ならここで頼んでしまおう、と言う話らしい。
確かに私は時々しかお店に持っていかないし、そのタイミングは実に様々だ。しかも物によってはすぐに売れてくれるということだから、買うのは難しいかもしれない。
「えーと、なら今度、数が揃ったら一度こちらに持ってくればいいんですか?」
「おお。それはありがたい。人伝に聞いていたのじゃが、なかなか手に入らないと言われていての」
大川さんが嬉しそうである。きっとガールフレンドの喜ぶ顔が見たいのだろう。可愛い人だ。
「そう時間は掛かりませんから、きっとすぐ持ってこられますよ」


...end

また来ることになるフラグ
20120627
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