学園に、先生に連れられて不思議な女がやってきた。
聞けば彼女は忍とは関係のない普通の人。運悪く戦か何かに巻き込まれ、記憶やら何やらが不安定らしい。
名を、あやめといった。
初めは皆興味を持った。どこから来たのかとか、何をしていたのかとか。
しかしあやめは、それに答えようとはしなかった。もしかしたらそのあたりの記憶が不安定なのかもしれないし、言いたくないことだったのかもしれない。
ほとんど話さない愛想もない人間に、生徒はすぐに興味を削がれる。生活も普通の人のそれで、仕事もそこそここなしているとすれば、当然のことだろう。
だがそんな中、あやめに関わる生徒が何人か出てくる。
そのうちの一人が、七松小平太だった。




「あやめ、おい、なんでこんなところで寝ている」
肩を軽く掴んで揺さぶった。あやめに起きる気配はない。小平太はそれに呆れて、もう一度肩を揺することにした。
そもそも彼女はどうして、こんな誰でも通るような場所で熟睡しているのか。学園内とはいえ、危険がないとは言い切れない。ましてあやめは、変わり者だと遠巻きに見られているとはいえ妙齢の女だ。「何か」あったらどうするつもりなのだろうか。
小平太はその「何か」を想像して頭を振る。――馬鹿馬鹿しい。そんな頭で考えたことで、一瞬腹の辺りがざわめくなんて。
「あやめ、」
身体を痛めないように出来る限り力を込めずに揺する。以前全力で掴んだとき、その箇所が痣になったからだ。あれは痛々しかった。つけた小平太自身が驚くくらいには。あのときに悟る。ああ、この女は特別に弱い、気をつけて触れなければ壊れてしまうものなのだと。
だから暴君と呼ばれている彼にしては、本当に珍しく、あやめにはひどく優しくしていた。
勿論、小平太の基準で。
「よし、」
なかなか起きないあやめに限界が来たのか、小平太は立ち上がる。そして寝ている彼女を見下ろし一つ頷いた。
「暇なら私に付き合え!」
突然の行動だった。先ほどとは違い勢い良くあやめの体に触れると(但し小平太は手加減しているつもり)、おもむろに彼女を抱き上げる。しかも肩に担いだ。
「はっ!?え、なに?誰!??」
さすがのあやめも目を覚ましたのか、小平太の肩の上で視線をきょろきょろとさせている。そしてそんな彼女の視界に入ったのは、遠目でこちらを見ている体育委員たちだった。
それで自分の置かれた状況を把握したのか、あやめはためらいもなく背中に拳を振り下ろす。
「ちょっと!七松くん!?」
「おお!起きたか。暇なら私に付き合え」
力を込めて叩いてもビクともしない小平太の背中に、あやめは項垂れる。けれど彼女も、今までで多少は学習していた。きっぱりはっきりと断れば、暴君でも案外聞いてくれるものだ。
「私は暇じゃないから放してください」
「さっきまで寝てたじゃないか」
淀みなく返された言葉に、あやめは肩に乗せられたまま黙り込む。昼寝は事実だが彼女には言い分がある。
「きゅ、休憩です。身体を休めるのも立派な用事です」
「そうか、暇なんだな!」
人の話を聞かないのと人間離れした体力が、暴君と呼ばれる所以だ。
その暴君っぷりをがっつり受け止めざるを得なくなったあやめは、その不安定な体勢なまま力を抜く。彼女は良く知っている。こうなった七松小平太と会話を成立させることが、どれほどの気力と体力がいるかということを。
「な、七松くん」
「なんだ?」
「とりあえず、話がしたいから降ろしてくれない?」
この体勢がきついのと、あわよくば逃げられないかと考えたあやめはそう提案する。だが小平太はその考えを読んだかのように首を振った。その際ボサボサの髪があやめの顔に直撃したのか、彼女は眉間にシワを寄せる。
「いや、私は鍛練の最中だからな!あやめはちょうどいい重りだ!」
重りだ!重りだ!重りだ!重りだ!重りだ!(エコー)


あやめがうっかり膝で小平太を打ってしまっても、それは仕方のないことだろう。勿論彼の暴君には、そんなもの効きはしなかったが。
代わりに遠くから彼らを見ていた体育委員たちが、思わずといった風に口を押さえた。



fin...

暴君と一般人
20120331
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