クロ助は伊賀崎くんとある程度遊ぶと、私と彼の間に丸く収まって昼寝を始めてしまった。二人して少しの間それを眺めて和んでみる。
「いやー、可愛いね」
「……あの、もしかしてあやめさんは、生き物なら何でも仲良くなれるんですか?」
和みつつ、伊賀崎くんはそんなことを聞いてきた。この質問の答えははノーだ。動物といってもやはり猫科が一番分かりやすいし、他の種類になると大分曖昧になる。猫系が「こんなこと考えてるかな」だとすると、その他は「多分恐らくこう思ってるんじゃないの?」程度になる。
ちなみに、人に訓練されている動物は余計に読みにくい。だから、忍犬的なものがいたら絶対に読めないと思う。そういえば、動物相手に開心術とか出来るのかな。可能なら読めるかもしれないけど。
「生き物全般は無理。やっぱり相性もあるし、」
「蛇とか爬虫類系はお好きですか?」
恐る恐る聞いてきた伊賀崎くんの目には、どこか期待したようなものが混ざっている。私は一瞬迷って、ふと、以前竹谷くんが言っていたことを思い出した。
まごへーがよろこぶだろうな。確か、そんなことを口にしていたと思う。
「爬虫類かー、蛇の動きを一瞬止めるおまじないなら知ってるけど」
伊賀崎くんがまごへーだとすれば、この話題に食いつかない理由はない。
「何ですかそれ。まさかジュンコに危害を加えるつもりじゃ」
だが帰ってきたのは予想を斜めに飛んだものだった。折角仲良くなりかけた雰囲気だったのに、一気に険悪になる。ジュンコが何か分からないが、とりあえず、私の言い方が悪いことは分かった。
「加えない加えない。おまじないって言っても、相手の蛇にこちらは敵ではないので襲わないでくれっていうのを伝えるだけのものだから」
パーセルタング、蛇語。実はこの言葉、学習すれば取得も可能らしい。らしいというのは、以前にも話したとおり、私には理解しきれなかったから。それにあのシューシューといった音を真似するのが、これまた難しいのだ。
「……ジュンコはぼくの言葉を聞いて、理解してくれてますけど」
「えーっと、その、ジュンコって蛇なの?」
まずそこからだ。これが確定しないと会話が成り立たない。
「そうです。蛇のジュンコです」
この言い方を聞くに、相当そのジュンコが好きらしい。
「まあ、伊賀崎くんが大切にしているジュンコちゃん、なら、言葉も聞いてくれるだろうけど」
「当たり前です。ジュンコは他の蛇とは一味違いますから!」
これはなんというか、一言で表現できる気がする。なんだったかな。ああそうだ、これこれ。親馬鹿。
「でも、他の野生の蛇はどうにもならないでしょう」
「そうですね、ジュンコは特別ですから」
伊賀崎くんは随分ジュンコちゃんが大好きなようだった。それは君の恋人ですかと聞いたら、自慢の恋人ですと返ってきそうな勢いだ。まあ、好みや嗜好は人それぞれだから、何も言うつもりはないけれど。それに魔法使いにも、蛇をペットにする人はある程度いる。多少の理解はあった。
「でもそのおまじないは、蛇にならだいたい効くものです」
ちょっと得意になって説明してみるも、伊賀崎くんはどうも乗ってこない。むしろ胡散臭げにこちらを見ている。何てことだ、疑われているぞ。
「その疑わしげな視線が痛い……」
「信じられませんから」
はっきり返してくる伊賀崎くんに、私の心は早くも折れそうだ。ガラスのハートが粉々に砕けそうだぜ。
「それにそんなコミュニケーション方法があるなら、もっと早くに生物委員会の誰かが見つけているはずです」
疑うのは尤もだ。何も疑う様子もなく、頷き身を乗り出しつつ聞いてくれていた竹谷くんが懐かしい。本当に。今度感謝を込めて拝んでみよう。
「信じられないのは分かるんだけどね……でもほら、遠くの国の話とかなら知らなくても仕方ないんじゃないかなー」
そうは言っても、パーセルタングを理解してくれとお願いしたところで無理はある。迂闊だった。魔法を知っているという前提がない人間に、こういう話をするべきではなかったのだ。それとなく話題を逸らして、今の話はなかったことにしてしまおう。それがお互い一番いい気がする。
「そういえば、クロ助は誰が拾ってきたの?」
こんな空気の中で自然な話題変換なんて高度な技術、私にはありません。少々強引だが仕方ない。
けれど伊賀崎くんはそれにも乗ってきてくれなかった。
「そのおまじない、本当なんですか?」
疑う視線はそのままなのに、そこに少し、好奇心が混ざっていた。伊賀崎くんは、蛇と話したいと考えたことがあるのかもしれない。
「……うん、本当。ただ音を真似しないといけないから、すぐには出来ないかもしれないけど」
私の持っているパーセルタングの本の一つは、まるで旅行英会話本のような作りだった。こういう状況のときはこんな風に使ってください、みたいな。
友人とそれを読んだ瞬間、これを作ったのは一体誰だと大爆笑したものだ。だがそんな一見ふざけたものでも、蛇語は本物だった。比較的簡単な単語を真似してみれば、通じたであろう仕草が返ってきたのだ。あれは感動した。
その内容の難しさに最後まで学ぶことも覚えることも出来なかったが、いくつかの単語を組み合わせて襲うなという意味合いの言葉を作ることは可能だった。あれもいい思い出だ。頭もノリもいい友人がいなければできなかったことだったと思う。
「音?」
「そう、音。蛇ってシューって出すでしょう、それが元なんだと思うよ」
伊賀崎くんが私の世界で魔法使いだったら、きっと恐ろしいほどの努力でパーセルタングを習得するに違いない。でもここには魔法はない。
だから、あくまでおなじないとして。
「それっぽいでしょう?」
「やっぱり胡散臭いです」
……竹谷くんにチェンジお願いします!!


...end

信じてもらえない悲しさ
20120613
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