私はある一定の動物と仲がいい。好きというより、文字通り仲が良いと表現するのがぴったりだ。だから彼らに、私に敵意がなければ、こうなるのはいつものことである。
「よーし、遊んでやろう」
のんびりとひなたぼっこをしていたら、やってきたのは一匹の猫だった。にゃーにゃー鳴きながらじゃれてくる生き物に私は全力で相手をしてやる。撫でたり近くの雑草を引っこ抜いて揺らしてみたりと、彼らと遊ぶのに妥協という文字はない。
撫でながら思う。前足を微妙に引きずる仕草は気になるが、毛並みもそこそこいいし、これはもしやこの学校で飼っている猫だろうか。
「君の名前は何ですかー?」
勿論返ってくるのはにゃーという鳴き声だけだ。私も教えてもらえるとは思っていない。だがその質問の答えは別のところから返ってきた。
「クロ助です」
「!!」
驚いてその声のした方向を見てみれば、そこには一人の男の子が立っている。萌黄色の忍者服。初めて見る色だ。いや、昨日捕まっていた中にこの色の服を着た男の子がいたようないなかったような。
戯れていた手が止まると、猫は不満そうに私の指をかむ。遊び足りないらしい。歯は立てられていないのでいいのだが、その様子を男の子がガン見している。
「えっと、その、もしかしてこの猫、君が飼ってるの?」
じっと視線が逸れないため、こちらから話しかけた。視線の中にどことなく羨ましげなものを感じるから、彼が飼い主なのかもしれない。
「厳密にはこの学園で飼っています」
「へ、へー、じゃあ、世話を任されているのかな」
「いえ、ぼくら生物委員会で保護しているだけです」
猫改めてクロ助は、かむのに飽きたのか私の手に突進を始めた。おう、これは君の獲物じゃないぞ。そして男の子がやっぱりその様子を見ている。
「え、えーっと、この猫……クロ助がどうかしましたか」
その視線の強さに思わず敬語になる。ふと、彼が私の目を見た。
「猫、お好きなんですか?」
「えっ」
「遊んでいたでしょう」
「す、好きというか、仲良くはなるかな。……なります、はい」
正面から見るとこの男の子、妙に迫力がある。可愛いというよりきれいと表現するほうがしっくり来るタイプだ。立花くんタイプといえば分かりやすいだろうか。
「仲良く……あの、ぼくは伊賀崎と申します」
「あ、はい、これはご丁寧に……私はあやめといいます」
男の子はお互いに名乗ると、ずいっと近づいてきた。それにクロ助が驚いたらしく、私の身体を隠れ蓑にする。
「仲良くなる方法、是非教えていただけませんか」
伊賀崎くん、私ちょっと、言われている意味が分からない。
とりあえず、私は彼から相談を受けてみることにした。竹谷くんが来るまで暇だし、何より伊賀崎くんの視線からは逃げられそうになかったからだ。
「クロ助は人が原因で怪我をした猫なんです。そのせいか、ぼくたちにはなかなか馴れなくて」
伊賀崎くんのあの羨ましげな視線に納得する。怪我を治して世話もしているのに、なかなか馴れないのは少し寂しいだろう。それも突然現れた私にじゃれついていたら、聞きたくなるのも分からなくはない。
「でもあなたには随分馴れていました。何かコツとかあるんですか?」
餌は食べているようだし、嫌われているということはなさそうだ。嫌っていたら、一目散に逃げるだろう。それにこうやって放し飼いされているのだ。それでも逃げないのは、ここに留まりたいからではないだろうか。
そう伝えれば、伊賀崎くんは軽く首を振った。
「怪我をしていたので一応専用の小屋があるんですが、その、今日は勝手に散歩に出てしまって」
「……逃げられたの?」
「散歩です。いつかは外に帰すとはいえ、逃げられてばかりなのは嫌だと思いませんか」
あ、強引に話題を変えた。
「完全な人嫌いなら仕方ないかもしれませんが、初めて会ったであろうあなたに懐くのは納得いきません!」
「伊賀崎くん、本音が出てる、本音が」
「あ、すみません」
しかしこれは、どう答えたらいいものか。こればかりは詳しく説明できないし、したらしたで頭の中を心配されるだろう。
私は動物(特に猫科)の気持ちがおおよそ分かります、なんて。
動物もどきという魔法は、変身術とは別物だ。変身術とは自身の考えや記憶が保持されない。ついでに自由自在でもない。
一方動物もどきは自身の意思で自在に姿を変えられる上、記憶もそのまま持っていられる。多少動物に近い思考回路にはなるが、元が人間であるという大前提がある。だからこそ、その動物もどきのときに感じたこと、考えたことがそのまま人間の脳にも引き継がれているのだ。
だからこそ魔法省は動物もどきという魔法を規制したがったのだろう。動物の姿で人間のような考えを持ったまま好き勝手やられては、どうしようもないから。
「何て言ったらいいのかな……」
猫の気持ちになって考えてあげて!くらいであしらうのが一番いい方法かもしれないが、それでは伊賀崎くんは納得しないだろう。でもこのクロ助、伊賀崎くんを嫌っていないことは確かなのだ。素直になれない性格とかそういう類の、うーん、でもなんて説明すれば。
「生物委員会委員長代理の竹谷先輩にも、そんな感じなので……」
「え、」
聞きなれた名前に思わず反応してしまう。伊賀崎くんが不思議そうに私を見た。
「竹谷先輩って、群青の忍者服来た竹谷くん?ちょっと髪がボサボサした……」
「……五年生に他に竹谷という苗字の方はいませんから、恐らくそうだと思います。知り合いですか?」
「すっごく知ってる。そしてすごくお世話になってる」
力を込めてそう言えば、伊賀崎くんは少し思い当たることがあるようだった。
「そういえば竹谷先輩が、この頃町へ出かけることが多くなったような気がしてました。あなたに会うためだったんですね」
「いやーどうだろう。会うためっていうより、教えるためかな。竹谷くん、本当にいい人だよね、世話好きっていうか」
こう改めて口にすると、本当に感謝しきれない。伊賀崎くんはそんな私に、ほんの少し得意そうにした。
「当然です。竹谷先輩はすごい方ですよ。生き物のことを良く考えてくださいますし、五年生にもかかわらず、委員長代理をこなしているんです」
「おお、すごいねぇ」
「それに生き物は一度飼ったら最後まで面倒を見るという責任感もありまして」
にこにこ語る伊賀崎くんは、嬉しそうだ。竹谷くんのこと、信頼しているんだろう。
「ぼくのジュンコが散歩に行ってしまった時も、一緒に探してくださるし……」
語る伊賀崎くんを余所に、それまでじっと私を隠れ蓑にしていたクロ助がそっと出てきた。彼はそれに、まだ気が付かない。私はこっそりとクロ助を伊賀崎くんの方へと押してやった。嫌いじゃないなら構ってあげなよ、という意味を込めて。
「とにかく竹谷先輩は、わ、わっ」
伊賀崎くんはクロ助の突然の突進に、少し驚いたようだった。猫は軽く彼に体当たりした後、少し離れて様子を伺うような仕草をした。
「あれ多分、怒るか怒らないか見てるよ。いやークロ助頭いいね」
「え、本当ですか?」
「遊んでくれる人かそうでない人か見てるんじゃないかな」
私が伊賀崎くんと会話を交わしているからというのもあるだろう。思ったより早く彼らの悩みは解決しそうだ。
「伊賀崎くん怒らないって、遊んでくれるよー」
そろそろ近づいてきたクロ助に、伊賀崎くんが嬉しそうに笑った。おう、可愛いじゃないか。
...end
動物もどきになるからこそ、分かることがある
20120609