「ごちそうさまでした」
頂いたときと同じように、手を合わせてごちそうさま。うむ、本当に美味しかった。宿の食事や町のお店もいいが、ここの食事はまた違ったおいしさがある。
すでに食べ終わっていた二人はそんな私に小さく頷いた。忍者って食べるのも早くなくてはいけなかっただろうか。それとも私が遅いだけ?いいや、後で竹谷くんにでも聞いてみよう。
「ところであやめさん」
空になったお皿の載ったお盆を端に置き、立花くんは私に向き直った。
「はい、」
「竹谷とはどういった関係ですか」
思わず半眼になった。これは善法寺くんと似たような質問だろうか。近くで聞いていた善法寺くんが私の反応に苦笑いしている。
「善法寺くんにも似たようなこと聞かれました」
「それはすみません。しかし、少々気になったので」
立花くんはそれでも私の口から聞きたいようだった。あの竹谷くんの反応を見た人には、これ聞かれるのだろうか。まあ私に聞くだけマシと思おう。竹谷くんに被害が行く前に阻止しなければ。
「恋人とかそういうのじゃないですよ」
「ほう、では、時折町で逢瀬を楽しんでいたようですがそれについては」
なかなか突っ込んでくるね立花くん。でも逆に考えれば、彼を納得させればそう何度も説明するような状況にはならないだろう。勘だが。そして町での様子をいつ見てたんだ立花くん。
「友人っていうより、先生と生徒って感じ」
「先生?」
「そう、竹谷くんが先生で私が生徒」
善法寺くんの不思議そうな表情に、私は小さく噴出してしまった。確かにおかしいだろう。同じくらいか、私のほうが年上だろうに生徒なんて。
「竹谷くんにも散々言われてたんだけど、私って少し、お金に関してとか生活に関しての常識がずれているところがありまして」
今まで現代で過ごしていたのだから当たり前だが。
「小物を作るにしても売るにしても、どれくらいがベストなのかも全く分からない状態で……」
ふと立花くんが閃いたような反応をする。
「ああ、もしや妙な簪の」
「?」
「竹谷にキラキラした簪を預けませんでしたか?」
少し考える。そういえばこちらに来た頃に、竹谷くんに基準を教えてもらった覚えがある。その際に預けたのは確か。
「あ、もしかして、価値を知ってる人って立花くんのこと?」
竹谷くんは自分じゃ判断できないので人に教えてもらうと言っていた。となると、やはり立花くんがそうなのだろう。
「はい、確かに教えを乞われました。ああ、あの簪の製作者でしたか」
「その際は助かりました」
「いえ、私もああいったものは初めて見ましたから……お役に立てたようで良かったです」
簪が何だか分かっていない善法寺くんは会話に置いていかれている。
「そうなると、最近話題になっている小物はあやめさんが?」
「話題になってるかは分からないけど、石とかそういうのが付いてて値段が手ごろなのは大体私のだと思う」
「なるほど……」
立花くんはどこか納得したように頷いてくれた。これは竹谷くんとの関係についてなのか、それとも簪についてのものなのか。私には判断できない。
だが私にはそれについて尋ねることはかなわなかった。医務室の扉が控えめに叩かれたからだ。
「竹谷です」
しかも話題の竹谷くんだ。
「失礼します」
がらりと扉を開けて入ってくる竹谷くんの手には、何かを包んだ布があった。こんな短時間で見つけられたのだろうか。すると彼が入ってきた後にこれまた知った顔が現れる。
「きり丸くん、」
「きり丸に場所を案内してもらったので、見つけるのはすぐでした」
竹谷くんは立花くんと善法寺くんに軽く会釈をして私に近づいた。彼らのほうが先輩……体格的には余り変わりないから、年はそう違わないだろう。
「あやめさん、すごくショック受けてましたから。お礼は次会ったときでいいっすよ!」
竹谷くんの影から出てきたきり丸くんもにこにこしながら駆け寄ってくる。すでに目がお金だ。タダ働きはしない性質だと言っていたから、これはしっかりお礼を考えておかないと血の涙を流される気がする。
「ありがとう、お礼は考えておくね」
「期待してますよ!」
裏がなさすぎて、いっそ気持ちがいい。
よしよしときり丸くんの頭を撫でつつ竹谷くんに向き直る。
「竹谷くんもありがとう」
「いえ、困ったときはお互い様でしょう」
渡された布の中を覗き込む。私の杖だ。良かった、本当に良かった。安堵のため息をつくと、きり丸くんもそれを覗き込んでくる。
「でもあやめさん、どうしてこんな木の棒が大事なんです?」
木の棒。確かに一見しただけでは、短いただの木の棒だ。長さもないので仕込み杖には向かないし、なにより仕掛けなんて見当たらない。でもこれは、こちらでは何にも代えられない魔法の杖だ。桜の木に一角獣の鬣が芯に入った大切なもの。
しかし魔法の杖なんて説明しても、理解してもらえるわけもない。
「うーん、これがあれば何でも出来る!っていうお守りみたいなものかなぁ」
「お守りにしては何も無いっすけど」
善法寺くんも気になったのだろう。
「木の棒?」
そう言いながら覗き込もうとするので、もういっそ目の前に掲げてあげた。隠すのも怪しいし、普通に持っていればきり丸くんの言うとおり本当にただの木の棒だ。問題は無いだろう。竹谷くんも特に何も言わずにこちらを見ている。
「え、触ってもいいんですか?」
「いいですよ。折ったりしなければ」
簡単には折れないはずだけど。
杖は多少持ち主に似るものだと思う。私は土壇場で変な力を発揮するから、おそらく折られる前に火ぐらい噴く。
「けっこうつるつるしてるね……長く使ってるみたい」
「そりゃもう、だからお守りみたいな」
善法寺くんは杖の全体をくまなく眺めて、それから私に返してくれた。
私はそれを竹谷くんが渡してくれた布に包んで、懐に入れてしまうことにする。腕には仕込めないし、けれど身体から離しておくのも不安だからだ。
「ああそうだ、あやめさん、そろそろ薬飲みましょうか」
そんな私を見ながら、善法寺くんはそう言った。
「げ、じゃなくてえっ」
「げでもえ、でもないですよ。足は熱を持っているんですから、痛み止めくらい飲んでください」
足はずきずきはしている。でもこれくらいどうにかなるレベルだと思う。薬をわざわざ処方されるほどのことではない。
「いやでも、これ以上お世話になるわけには……」
「あやめさん、ただなら飲むべきっすよ。善法寺先輩の薬は良く効きますし」
きり丸くんに諭されてしまった。しかも善法寺くんはすでに湯飲みを用意している。これは飲まないという選択肢が消え去ったぞ。
「た、竹谷くーん、」
「飲んでおいたほうがいいですよ。明日には帰りたいんでしょう?俺が送っていきますから」
「……はい、」
善法寺くんから湯飲みを受け取って、そっと中を見てみる。魔法薬のような色だった。匂いも思いっきり薬草!である。この色合いは苦いだろう。正直飲みたくない。けれど飲まないわけにもいかない。
「い、いただきます」
ええい女は度胸である。いっきに湯飲みを煽った。
予想通りの苦さでした。けれど夜は良く眠れたので、プラマイゼロだと思います。
...end
寝てから。
「仙蔵、これ、三年生でも耐性あるような遅効性の睡眠薬なんだけど……」
「狸寝入りではなさそうだし、くのいちという可能性はなくなったな。……悪かったな竹谷。お前の可愛い生徒を試すような真似をして」
「生徒ってなんですか……」
20120603