だんだんと視界がはっきりしてくる。白かった世界に色がぼんやりと付き始めて、それから少しずつ輪郭がはっきりする。強い光だったけれど、すぐさま目を閉じたのが良かったのだろうか。
とりあえず今は無事に地面へと降ろしてもらっていた。人に抱えられていると緊張するし、何より抱えている人物が仙子さんなのだ。私自身が断固反対した。しかし薬らしきものと足を挫いているおかげで、こうやって地べたに座り込んでいるわけなのだが。
「……一体私は何に巻き込まれているんだろう」
地面に座り込みながらの疑問は、今のところこの一言に尽きた。勿論こまごまとした疑問も沢山ある。あるのだが、原因から解決しなければどうにもならない。
特にこの、目の前を走り回る忍者の格好をした男の子たち。服の形は一番最初に見た竹谷くんのものと変わらない気がする。唯一違うとすれば、それは色だろう。
きり子ちゃんと仙子さんもいつの間にかいなくなっているし、完全に蚊帳の外。帰りたい。帰って布団の中に入って寝てしまいたい。
すると一人ぼっちオーラでも出ていたのか、人が駆け寄ってきた。深緑の忍者服を着た、優しい感じの男の子だ。
「こちらにいらっしゃったんですか、」
手には白い救急箱を持っている。だから時代錯誤だと何度言えば以下略。
「確か足を挫いているんですよね。あと手首」
この声はさっき私の手を掴んだ人だろうか。名前は、駄目だ、思い出せない。きり子ちゃんが普通に呼んでいたから、私にとって害になる人ではないだろう。
「ここでは応急処置できませんが、怪我したところを出してください。学園に帰ったら本格的に治療をするので……」
「え?」
「え?」
お互いに顔を見合わせてしまった。言っていることが分からない。
「えっと、仙蔵かきり丸に聞いてませんか?」
「……ごめんなさい、まずその仙蔵ときり丸が誰だか教えてもらってもいいですか?」
「え?」
「え?」
今度もお互いに顔を見合わせる。話が進まない。よし、少し落ち着いてみよう。落ち着いて考えてみよう。
色々なことが起こりすぎて痛くなってきた頭を再度回転させる。けれどそれもすぐに止まった。目の前に仙子さんがやってきたからだ。そしてその少し後ろには男の子がいる。水色井桁柄の忍者服を着た、きり子ちゃんにそっくりな男の子が。
「きり子ちゃんの兄弟、」
「あやめさん、本気ですか」
流石にそれは仙子さんに突っ込まれた。男の子は彼女の後ろから出てこない。
「……きり子ちゃん、男の子だったの」
そろりと伺うように顔が出てくる。やっぱりきり子ちゃんだった。いや、きり丸、だろうか。
「すみません。だましたみたいで」
その表情はどこか微妙だ。少し眉がハの字になっている。
「謝られても、その、困るだろうけど、」
きり子ちゃん改めきり丸くんは、いつもと打って変わって歯切れが悪い。これはもしや、性別を偽ったことを謝っているのだろうか。

竹谷くんは、時折忍者について話してくれたことがあった。どういった仕事をするのだとか、本当に触りだけだが。恐らく私に気をつけろといいたかったのだろうと思う。最初に会ったときの、黒服の件もあっただろうし。
その中で衝撃だったのは、変装についてだった。女の人のほうが潜入しやすい場合は、女装もするのだという。竹谷くんも?と聞いたら苦笑いで誤魔化されたから、多分彼もするのだ。女装を。

忍者はそういう変装もするのが普通なのだと、私は思っている。だから正直、きり丸くんが忍者なら変装だって何だってするだろう。むしろ驚いたのはこんな小さな子が忍者らしいということだ。そっちの方が重要だ。
「きり子ちゃ……じゃなくてきり丸くん?」
「あ、はい、」
「忍者だったんだねえ……」
しみじみ言ってしまった。ところどころで妙に身軽だと思ってはいたが、まさか忍者だったとは。
「……そこですか」
「いや、うん、実は忍者については少し知ってて、変装の一環なんでしょ?」
こくりと頷かれてため息をついた。
「むしろ私は、きり子、じゃなくてきり丸くんが忍者だと言うことのほうがびっくりだよ」
すると目の前にいた三人がそれぞれ目配せした。なんだと思うよりも先に、きり丸くんが口を開く。
「おれは勉強中の忍者の卵、にんたまです」
「んん?」
きり丸君は仙子さんの後ろから出てくると、私の横にちょこんと座った。これ別に男だろうが女だろうが可愛いのは関係ないですね!
「で、こちらで救急箱を持っている方が、善法寺伊作先輩です」
「善法寺です。さ、手を出してください」
にっこり微笑まれて反射的に腕を出す。手首を見れば、縄で擦れたのか赤く血が滲んでいた。これは痛い。自覚したら痛覚が正常に機能し始める。
「こちらが立花せ、」
きり丸の言葉が仙子さんの表情を見て止まった。彼女は相変わらず綺麗に微笑んでいる。
「にんたまとは何かご存知ですか、あやめさん」
「いえ、でも学園となると、そのまま忍者の学校ってことになりますよね」
会話の中からキーワードを無理やり引っ張り出す。ようは私の通っていた魔法学校の忍者バージョンということだろう。その中には下級生から上級生までいて、実力も様々……と考えればそこそこ理解できる。
「はい、学園では日夜忍になるために学んでいます」
「大変そうですね」
「変装もまた、授業の一環なのです」
これはもしや、きり丸くんをフォローしているのだろうか。彼がやっていたのは授業の一環で、意図して騙したとしても仕方が無いとかそういう。おお、後輩思いだ。
「あ、そこは全然気にしてないよ!」
腕はまだ治療の最中で動かせないので、首だけきり丸くんへ向く。罪悪感を持つ必要は無い。気づかなかった私にだって責任が無いとは言い切れないのだから。
「それにそういう実習を詰んでうまくなったりするわけだから、もういっそどんどん騙してくれても……」
きり丸くんの表情が引きつった。
「そうか、それは安心した」
仙子さんの声色が、低くなる。驚いて仙子さんへ視線を戻すも、そこには変わらず微笑む彼女。だが、今の声はどう考えても男の人の、
「私もいつ言えばいいのかと考えていたのです」
仙子さんがくるりと回転すると、着ていた着物もひらりと舞う。そしてその中から出てきたのは、男の子だった。しかも善法寺くんと同じ色の忍者服を着た、綺麗な男の子!
「え、あれ、え?」
「立花仙子から改めまして、立花仙蔵です。実習へのお付き合い大変感謝いたします」
やられた、と思った。さっきの会話はきり丸くんへのフォローもあるかもしれないが、恐らく目的は私からの苦情の回避もあったのだろう。ああやって言質を取ってしまえば、きり丸くんに気にするなと豪語してしまった手前何も言えなくなってしまう。
「そ、そんな……」
真実を知った私は、がっくり項垂れるしかなかった。きり丸くんが励ますように背中を擦ってくれる。
だがこれは、立ち直れない。
「女の子の中の女の子だと思ってたのに……男の子に女子力が敵わないとかホントこれ……」
「そこですか」
三人から同時に突っ込みを頂きました。


...end

仙蔵の女子力中ボスレベル
20120518
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