「またですか」
呆れたというよりも、ドジな子どもを咎めるような言葉だ。伊作くんの視線に私はがっくりと肩を落とすしかなかった。
「いや、まあ、不可抗力というかなんというか……」
口ごもるしかない私の手首は、おそらく捻挫。ただしこれは不注意によるものではない。断じて不注意ではない。
咎められるべきは、穴掘りまくる綾部くんであると思うのだ。
「落とし穴に引っかかりまして」
見たところ普通の地面だった。他の場所とは土の色も変わらなかったし、そもそもあんな穴があるなんて考えもしない。
「僕はこの前、土の上は歩かないようにって言ったはずですけど」
「いやいやいやいや、それ無理だから。この学園、土の上歩かないと移動も出来ないから」
「冗談です」
「!!!!!」
くすりと笑う伊作くんは可愛いが、からかわれるとは思わなかった。この忍術学園において唯一の友人であろう彼に、そんな扱いを受けるとは。
「……」
「ほら、あやめさん」
私は大変傷つきました。そういう視線を送ると伊作くんはまた笑って、今度は椅子に座ってと軽くジェスチャー。
それでも変わらず恨めしげな視線を向け続ければ、彼は新たに話題を投下する。
「そういえば小平太が、あやめさんをからかうのが楽しくてしょうがないって言ってましたよ」
「あれはからかうっていうの?巻き込むじゃなくて?」
椅子に座りつつ私は首を傾げた。
疲れて半分寝た人間を突然担ぎ上げ、暇なら私に付き合え!と迫って引きずり回す七松小平太を思い出してげんなりする。いや、迫ってはいないか。気がついたら抱えられてるし。
しかもあのクソガ……失礼、あの少年、目の前で私のことをちょうど良い重りだと抜かしたのだ。うっかり手が出たのはしょうがない。
「私はあの無駄な元気が、恐ろしくてたまらないんだけど」
小平太に振り回されている体育委員会を考えると、本当に涙が出てくる。
「でも結構手加減はされているでしょう?」
「え、どの辺りが?そもそも彼は手加減という言葉を知っているの?」
人の体力を考慮する機能なんて付いているのだろうか。
「抱えて走る辺りが」
「なら一回やられてみろ吐くぞ」
私はずいぶん真剣な目をして言ったのだと思う。伊作くんは困ったように笑いながらスルーした。恐らく想像したのだろう。
あの人間ジェットコースターの惨劇を。
「基本的にキミたちって、私に対しては配慮って言葉自体ないもんね」
何かしらに巻き込まれるし(一定の人物)、スパッと切るような言葉は浴びせられるし(一定の人物)、落とし穴にははめられるし(おそらく綾部くんのみ)。他は当たらず障らず。基本がスルーだ。泣くぞ。
だがまあ、それ位で済んでるだけマシなのだろうか。今のところ死ぬような思いはしていないのだから。
「……どうやって扱っていいか分からないんですよ、多分」
いつの間にか薬を塗り終わったらしい伊作くんの手が、私の手首にきれいに包帯を巻いていく。
「だってあやめさんって、結構やわいじゃないですか」
「そりゃあね!でも多分平均的!平均をすこーし下回るくらい!!っていうか、鍛えてない人間はこれくら」
そろり、と手を撫でられる。捻挫した箇所は既に包帯が巻き終わっていて、それでも伊作くんはその手を放そうとはしなかった。
「伊作くん?」
「普通に関わったら傷つけるかもしれない、とか。どこまでが大丈夫か分からないとか」
確かに私は、ここに来てから怪我(主に捻挫)をして保健委員のお世話になることが増えた。けれどそれは落とし穴にハマったり、罠に掛かったときだけだ。
「普通にしてる分には、問題ないんだけど」
「それにあやめさん、あんまり話さないでしょ」
「……」
伊作くんの言うことは尤もだ。話さない人間をいつまでも構うほど、彼らも暇ではないだろう。
でも仕方ない。私は自分のことを教えることができなかった。もし教えるのなら、一番始めにこの世界の人間ではないというところから話さなねばならない。
「会話から、色んなボロが出る気がしますか?」
「……」
伊作くんも忍者の卵だけあって、フワフワしているだけではなかった。通常の生活を見ていると、忍ということを忘れてしまいそうだが。けっつまづきからの落とし穴なんてその最たる例だ。一般人の私でもやりません。
「ボロって……そんな言い方」
「でも、似たようなもんでしょう?何かを隠さなきゃって思ってるんですよね」
疑問ではない。断定だった。やっぱり分かりやすいんだろうか。でもこればかりはどうしようもない。
合わされた視線に気まずくなる。
「……まああやめさん自身に害はないから、隠し事くらいは問題ないと思いますよ」
その辺りは喜んでいい評価なのか悩むところだ。聞こえてこない後半に、間が抜けているとかとろいとかが付いている気がしてならない。だがしかーし、否定は出来ません。
「でも、」
伊作くんの目が細められた。
「いつかは話してください。僕には、一番最初に」
だって友人でしょう?そう続きそうな雰囲気に、こくりと頷く。
すると伊作くんは苦笑いしながら口を開いた。
「あやめさんって、ホント隠し事出来ないですよね」
「あっ!」
頷いては、話せないことがあると認めているようなものだ。普通頷かない。やられた。これが噂の誘導尋問か!
「伊作くん、さすが忍たまだね」
「あやめさんが単純なんです」
「……」
辛辣である。



fin...

なかよいゆうじん。
20120309
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