「最近人攫いがあるらしいので、桐野さん、気をつけてください。余り遅くには出かけないこと、怪しい人には関わらないこと。……さらわれたりしないでくださいね」
そう念を押して帰っていった竹谷くんを見送ったのは、三日前になる。あの時は心配性だなーなんて思って聞いていてごめんなさい。本当に申し訳ない。
まさか私が巻き込まれるなんて、思ってもみませんでした。



事の発端は、私が約束通りきり子ちゃんの花を買いに行ったことから始まる。あの後咲いた花についてしつこく追及されても何も話さない私に諦めたきり子ちゃんは、代わりに名前を要求してきた。それからお互いに軽くではあるが自己紹介を済ませ、少しだけ仲良くなったのだ。
ちなみに、なぜ名前を聞いてきたのかと尋ねると、衝撃の理由が返ってきた。曰く「おねーさんお人好しそうだし、名前知ってて損もないでしょ」と。簡単に要約すれば、アルバイトも手伝ってくれそうだし、みたいな。
それに多少のチンピラ避け。ある意味で諸刃の剣だが、これから忘却術の徹底を行えば問題は少なくなるだろう。しかしアレだ。私はこの町で一体何をするつもりなのか。町の治安維持か。そうなのか。
……話を戻そう。
そんなこんなできり子ちゃんの花売りアルバイトを少しだけ手伝うことになった。正しくは「暇なら手伝ってくださいよー」と押し切られたのだ。彼女の事情は多少聞いていたし、お願いの仕方が大変可愛かったので気合入れて手伝いました。てへ。
きり子ちゃんは商売上手。私は知り合いもそこそこいるしで、売り切るのにそう時間は掛からなかった。
「終わった!」
「やっぱ早いっすね!あやめさん、ありがとうございます」
しっかり頭を下げるきり子ちゃんに、私は軽く首を振った。
「暇だったので、大変有意義な時間を過ごさせていただ、じゃなくて、過ごしました」
危ない。頂きましたとか言ったらまた過剰反応されてしまう。そう思いながら言い切って、きり子ちゃんの頭に小さな紙袋を乗せる。
「……これ、なんすか?」
不思議そうに尋ねてくるきり子ちゃんに、私は今度はにんまり笑った。
「金平糖でーす。きり子ちゃんにあげます」
「わー!ほんとっすか!」
この反応は、言葉に喜んだのか金平糖に喜んだのか。多少疑問も出てくるが、喜んでいることには違いないので気にしない。
「そういえば、きり子ちゃんは一人でいて平気なの?」
紙袋を覗き込むきり子ちゃんを見ながら、私は思ったことを口にする。竹谷くんも言っていたが、町の中でもちらほらと耳にしていたのだ。人攫いの話を。
誰が狙われているというのは聞いていないが、この時代の人攫いのターゲットと言ったら、女の子や子どもだろう。そうなるときり子ちゃんなんて完全にアウトだ。仙子さんとかは追いかけられそう。だから最近見ないのか。
「へ?」
「人攫いの話」
「ああ、」
きり子ちゃんは途端に嫌そうな顔をする。
「ここからそう離れてない町であったらしいですね。先生たちにも注意されました」
先生。寺子屋にでも通っているのだろう。それ以前に寺子屋とかこの時代にあったかな。でもここなんちゃって戦国時代だからあるのかもしれない。カレーが存在するのを知ったときの衝撃は、きっと一生忘れないだろう。
「でもアルバイトは休めないし、これくらいの時間なら問題ないだろうって思って」
「そうだね、まだ明るいから」
働いて、お金が必要なのだときり子ちゃんは言っていた。どうしてそうなったかとか、そういうことをすべて詳しくは聞いていない。気にはなるが尋ねるつもりはなかった。過ごした時間は短いけれど、きり子ちゃんは真面目でいい子だ。アルバイトを頑張る姿は、大変心打たれます。私が十歳の頃って、もっと頭の中がお花畑だったと思うんだけど。……こういう時に、妙に時代を感じる。
「ま、それに、暇なおねーさんが送ってってあげるからね」
「え、さすがにそこまでしてもらうのは、」
「あ、嫌ならいいんだよ。でも心配だから、せめて明るいうちに帰って欲しいかな」
知り合ってそう長くない人に、家を知られるのも微妙だろう。人攫いなんて物騒なこともある。けれどはいそうですかと帰すわけにもいかない。こんな小さな女の子なのだ。
「……あやめさんって、お人好しの上に自分の心配は二の次なんすね」
「え?」
「だって、居なくなってるのは女の人と子どもだって言ってました。なら、あんたが一番心配するべきは自分でしょう」
きり子ちゃんに見つめられて、思わず首を捻った。確かにこの子のいうことは最もかもしれない。竹谷くんにも随分気をつけろと念を押されたのだ。
けれどやっぱり、心配するべきは私よりもきり子ちゃんだと思う。私には、最終手段に魔法がある。もし万が一、杖を取られてしまったとしても方法はあった。しかもこちらの人間が、全く思いつかないであろう脱出法が。
ただそれをやったら、私はその場に留まることは出来ないだろう。絶対大騒ぎになる自信有り。
「そうかな」
「そうですよ。いくらあやめさんが強くたって、複数に掛かられたらひとたまりも」
「ああ、確かに……」
ひとたまりも無いというよりも、面倒そうだ。
「まあそれでも、私のほうが年上だもの。普通に心配くらいさせてよ」
「……おれ、あやめさんの方が猛烈に心配になってきた」
「え、そんな!」
きり子ちゃんまで竹谷くんと似たようなこと言わないでおくれよ!



そんな会話から、私はやっぱりきり子ちゃんを途中まで送り届けることになった。彼女は最後まで渋っていたが、心配で次に会うまで夜も眠れないかもしれないと訴えると、ようやく承諾してくれた。
隠れて送るというのも考えたが、そういうことは出来ない。尾行なんて見つからない自信が無いです。特に町を出れば建物なんてほとんど無い田舎の道。どこにどうやって隠れていろというのだ。山林ならどうにかなるけども。
もういっそ、箒か件のマットにでも乗って送り届けたい気分である。早いし安全。これで商売できないかな。空飛ぶ魔女のタクシー。そして最後は飛行船から落ちた竹谷くんを助けてハッピーエンドだ。
「あやめさんも、帰りは気をつけてくださいね」
「うん、気をつける。それよりきり子ちゃんも気をつけてね」
山に少し入ったところでお別れの挨拶。さて、これからどうしようかな。一番危ないのってこれからだと思うんだけど。
こういうときは、小さな動物にでも変身できたら便利だろうに。それか、鳥か何か出して見張らせるのも手かもしれない。
既に歩き出したきり子ちゃんを見ながら悶々と考えているときだった。少し先にいた彼女が、急いでこちらに戻ってきたのだ。
「あやめさん、走ってください!」
「え?」
きり子ちゃんの先を見る前に、左手を握られて強制的に走らされる。どうした、なにがあった。振り向こうとしたがきり子ちゃんに咎められる。その切羽詰まった様子からして、これはまさか。
「まさかの誘拐犯とエンカウント!?」
「話すより足を動かして!!」
そう言われても、現代っ子の私はそこまで足は速くない。後ろから聞こえる足音からして、絶対つかまる。なら早めに始末してしまったほうがいい。
左腕に仕込んである杖を、右手で引き抜こうとした瞬間だった。
「わっ」
「え、」
二人揃ってこけた。
どんくさい方に分類されるであろう私は有り得る。だが、比較的身軽なきり子ちゃんまで転ぶのはおかしい。
痛む足と腕を庇いながら躓いたであろう場所を見れば、そこには縄が張ってあった。おいマジでこんなトラップ有りかい。
恐らくこれは、追いかけてくるやつらの常套手段なのかもしれない。山道に入った人を見送り罠を仕掛け、その先で仲間がターゲットを追い立てる。逃げるのに精一杯な人々は、こんな、こんな古典的で簡単なトラップに引っかかってしまう。
「っ、あやめさん、立って!」
きり子ちゃんがいち早く立ち上がって私を急かす。魔法で攻撃するにしたって地面に這ったままというわけにもいかないだろう。さっさと身体を起こしたのだが、ばっちりやらかした。
「……足、挫いた」
「えぇ!?」
きり子ちゃんが声を上げた瞬間に、杖を引き抜く。すぐさま小さく守護の呪文を自分たちに掛けた。掛けたのだが。
「あ、れ?」
挫いた足を庇いながら立ち上がったのに、眩暈がする。ぐらりと体が傾いて、膝をついてしまった。その瞬間、きり子ちゃんがばっと口を押さえる。
「あやめさん、息止めて」
言われてようやく気が付く。これは、薬だ。だが分かったとしても、吸い込んでしまった今ではそれは無意味なことだった。
視界が滲む。きり子ちゃんの声がする。私の意識はそこで途切れた。

ああこれ、絶対に竹谷くんに怒られる。


...end

こういう方法でこられたら、魔女だってひとたまりもありません。
20120506
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