魔法学校でいう一年生くらいの女の子が、道で花を売っていた。元気良く声を掛けて人を呼び込んでいる。振りまかれる笑顔に寄っていく者も多いだろう。
かくいう私もそのうちの一人だ。
「ね、一束いくら?」
花なら宿に持っていけば、女将さんがどうにかしてくれる。もしいらないと言われたら、魔法で上手に保存してドライフラワーを作ってみるのもいいかもしれない。
「おにーさん、じゃなくておねーさんか。誰かに買ってくの?」
値段を教えてくれた女の子は、慣れた調子で私からお金を預かり一束の花をくれた。袴を着ているから男の人に間違われるのは慣れたが、男装はしてないんだけどな。どこかが男っぽいのかな。
差し出された花を受け取って花を見る。するとほとんどがまだ蕾のままだった。
「あ、やっぱ気になる?」
花売りの女の子は八重歯を覗かせて少し笑った。
「蕾のほうが長持ちするからでしょ。ありがと」
「ま、それもそうなんだけど、咲いてるやつは大体売れちゃって……」
おい店の裏事情駄々漏れじゃねーか。
「でもおねーさんみたいな人もいるから助かる」
なめられているような気がしなくもないが、こうやって裏表の無い笑顔を見せられるとどうでもよくなりそうだ。これもまた接客の極意か。人を良く見る子どもである。うっかり常連になるぞ。
「……よし、その策略に乗ってやろう」
「へ?」
今のところ懐は暖かい。これからのことを考えて貯蓄は始めているが、そう切り詰めなければならないほどでもないのだ。時折花を買うくらいなら全く問題なかった。
「お嬢さんがここに売りに来るときは、買いに来てあげる」
「あげる!?」
過剰な反応にびっくりする。言い方が不味かったのだろうか。いやそれにしては随分嬉しそうだ。
そんな花売りの女の子に、もう一束頼む。するとやっぱり笑顔で渡してくれた。
「まいどありー!」
「また来るね」
手を振ってその場を離れることにする。小さな花屋さんは盛況しているようなので、私にばかりかまけさせるわけにもいかないからだ。
しかし、去ることは出来なかった。
最近の私は妙にこういうことに巻き込まれすぎではないだろうか。もともとトラブルメーカーではなかったから、私が引き起こしているとは考えにくい。
そう、柄の悪いお兄さんである。
花売りの女の子が、こっそり嫌な顔をした。本当にこっそりだ。一瞬だったから、柄の悪いお兄さんには見えていないだろう。
「おいおい、俺は咲いてる花が欲しーんだけど」
なんという強引な絡み方。ある意味斬新だけど。うっかり頬が引きつってしまった。
「おねーさん、早く行ったほうがいいよ。ここで買ったの分かると絡まれるから」
花売りの女の子が、立ち止まっている私の裾を引きながら忠告してくれた。けれど、この後どうするつもりなのだろう。
「……きみは?」
「おれはだいじょーぶ。あいつら最近この辺りに来た、同業者が雇ったチンピラなんだ。ああやって客足を離すつもりみたい」
ちょっと肩をすくめる女の子は、そう困っているようには見えない。呆れのほうが強いのだろう。
「そろそろ先輩に相談しようと思ってたし、今日は我慢するよ。……咲いてる花が少ないのは確かだしね」
私の頭がゆっくり回転する。
ここで柄の悪いお兄さんを伸しても、元を断たない限りこの嫌がらせは続くだろう。それにこの子が私と親しいと勘違いされれば、もしかしたら矛先が女の子に向かうかもしれない。それは困る。
「それに、おねーさんは次も来てくれるんでしょ。その時にはなくなってると思うからさ!」
可愛い。撫でくり回したくなるほど可愛い。これを放っておけと!?無理!!
腕の辺りに隠してある杖を確認する。一番騒ぎにならない解決方法は、彼らに花を買わせてお帰り願うことだ。別に買わなくてもいいけど。
左腕で二束の花を抱える。見えないように杖を構えて、小さく呪文を唱えた。するとみるみるうちに腕の中の花が開いていく。ふふん、魔女を舐めるなよ。
花売りの女の子にちょっと待っててとジェスチャーし、軽い足取りで柄の悪いお兄さんへ歩み寄る。
「お兄さん、咲いている花が欲しいんですか?」
「蕾なんか買ったって……うげ」
ぎょっとしたのは柄の悪いお兄さんと花売りの女の子。勿論、別々の理由でだった。何故なら。
「咲いてるのが欲しいなら――、アレ?」
見たことのある顔だった。確かこの人、仙子さんに絡んだ一人ではなかっただろうか。そしてその後私に突っかかって、私はそれを完全に返り討ちにしていたりする。それはもう、反抗心なんて出て来れなくなるほどに。
「あんたまだこんなことを……」
馬鹿はお灸をすえても治らないというのは本当らしい。
「ひ、な、なんで、てめーが!」
だが私に対してトラウマは出来上がっているようだった。だって声が震えているし、すでに及び腰。
「私が最後の咲いてる花を買っちゃったの。蕾のやつと交換してあげるから、それ持って帰りましょーか」
にっこり笑顔の猫撫で声。それがこのチンピラもどきに、どれほどの恐怖を与えたのかは分からない。分からないが、相当怖かったのだろう。
「い、い、いらねーよ!!」
それだけ言って走っていってしまった。逃げられた。今度は宣言通り本当に燃やしてやろうと思っていたのに。
「逃げられた」
「おねーさん、すごいっすね」
逃げた方向を睨んでいると、花売りの女の子が感心したように頷いていた。
「先輩が凄んだ時みたい」
「そう?普通に話しかけただけなんだけど」
恐らく会話だけを聞いていたら、どうしてあのチンピラが逃げたかは分からないだろう。私が彼にしたお仕置きの数々を知らなければ。
「あれ?」
女の子の視線が、花の束で止まった。
「おねーさんの花、咲いてる……」
驚くのは当たり前だ。女の子は私に蕾の束を渡したはずで、売り物には咲いたものはほとんど無かったのだから。
「え、え、なにしたんすか?」
「……内緒」
「えー」
にっこり笑って見せれば、花売りの女の子は不満そうな声を上げた。


...end

摂津のきり子ちゃんに遭遇。
20120504
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