茶屋の外側の席に座って、私はぼんやりと人の流れを見ていた。いつもなら隣にいるはずの竹谷くんは、今はいない。この前帰る前に言われたのだ。
「今度は用事があるのでこっちに来られないんです。早めに終われば来ますけど……」
そう話す彼の方が詰まらなそうだった。会ってもどこに行ったりというのはない。けれどこちらの常識を教えてもらったり、魔法について教えたりしているから、それがないのが詰まらないのだろう。可愛いことだ。魔法を初めて見た一年生みたい。彼自身では使えないから、余計にそう感じるに違いなかった。
私としても知りたかったことが分からないままお預けというのは微妙だが、贅沢は言えない。竹谷くんには竹谷くんの予定というものがある。
最近は文字を読み書き始めている。書くのは読めるようになってからと言われ、いろは歌の書いてある半紙を渡されたのは記憶に新しい。今度は簡単な書物を持ってくると約束してあった。しかし、全く読めないわけではないのだ。簡単な平仮名は勿論、漢字でも書く人のものによってはある程度はいける。つまり草書体が苦手なのであって。
「……お?」
お茶を飲みながら、人の流れの中に見知った姿を見つけた。
「おお、竹谷くん!」
それは今ちょうど考えていた竹谷くんだった。用事とやらが早めに終わったのだろうか。
「竹谷くん!」
彼の名前を呼んで手を振る。
うろうろとしている風だったから、私を探してるのかもしれない。これで探してなかったらどうしよう。かなり恥ずかしい。でも呼んでしまったものは仕方ない。このまま茶屋に引きずり込んでやる。
すると竹谷くんはこちらを向いて、ほんの少し目を見開いた。そんな反応にこちらは首を傾げる。まさかいつもの場所にいるとは思わなかったのだろうか。
「すみません、」
「いや、来られないって言ってたのに来てたんだね。もしかして、用事が早く終わったの?」
「え、ええ、まあ。隣、座っても?」
座ったまま竹谷くんを見上げて、どうぞと隣を勧める。しかし、こうやって聞かれるなんて初めてじゃないか?
「……」
「……」
座って、お互い何故か無言になる。いつもなら竹谷くんが聞いて、私が答えると言った流れだったからやっぱり珍しい。よし、今日は私が聞いてあげよう。
「変わったことはなかった?」
「はい、特には。そちらは?」
「私も無いよ。トラブルにも巻き込まれていません」
ちょっと嘘をつく。仙子さんを助けたりしました。その後例のお兄さんに絡まれたけど、かるーくあしらわせて頂きました。
いやだって、竹谷くんお説教モードに入るとなんか怖いから。問題なければ話さなくともかまわないだろう。
「そうですか」
「あ、そうだ。この前のいろは歌なんだけど、あれくらいきれいに書かれてると、私でも簡単に読めるよ」
じっと見つめられるとついた嘘がばれてしまいそうで、すぐに話題を変える。話は前回の続きだ。
「あんまり崩れてなければ漢字も大丈夫みたいだから、簡単な本なら読めると思うんだけど……どうしたの?」
竹谷くんが初めて見る表情をしていた。何と言っていいかわからない、そんな顔だ。警戒はされていないと思う。そうでなければ今までの時間が、一体何なのか分からなくなってしまう。
でも私は心の中が読めるわけではない。開心術というものは確かに存在するが、出来るかと言ったらノーだ。思いっきり心を開いてくれている人の心なら読めるかもしれないが、それ以外には掛かりもしないだろう。はいすみません、私の実力です。
「あ、いや、」
「……もしかして、パーセルタングの話とか聞きたかった?あれ、竹谷くん食いついてたからね」
魔法について話せば、竹谷くんは随分いい反応を返してくれていた。会えないと言って詰まらなそうな表情を見せてくれるくらいには。
けれど一番彼が聞きたがったのは、生き物の話だ。魔法生物も見たいとは言っていたが、動物に変身できる方法があると教えたときの彼の興奮はすごかった。あとパーセルタング。蛇語を扱う人がいることを知った時には、まごへーがどうとか言っていた気がする。
実は私は、パーセルタングなるものを調べようとしたことがある。ちょいちょいそういった書籍も持っていたり。知らないで怖がるのと、知ってから怖がるのでは大分違うからだ。まあ、理解するのはとっくに諦めましたが。
だが今の彼はどうだろう。私の言っていることが良く分かっていないらしい。物忘れ、というわけでもないだろうに。竹谷くんの生物への情熱は、今まででいやというほど知っている。食いつき加減とかで。
「あのさ、竹谷くん、もしかして具合でも悪い?」
「え、」
「いつもより(生物に関しての)テンションが低いし、妙に大人しいというか……別人みたい」
「そ、そうかな」
竹谷くんの目が泳ぐ。これは本格的に具合が悪いのだろう。半端の無い回復力を持つ彼でも、風邪とかひくのか。
熱はあるのだろうかと手を伸ばせば、今度は避けられた。おいこらどういうことだ。
「ちょっと竹谷くん、大人しく……」
「あやめさん!」
呼ばれた。そちらに気を取られて声のした方へ振り返れば、そこには美人さんが立っていた。立花仙子さんだ。
「お久しぶりです。先日は助かりました」
「……立花さん、」
立っているだけで目を奪われる美しさだ。女性としての次元が違うね、これは。
「いやだわ、名前で呼んでください」
「はい仙子さん」
困ったようにお願いされれば、いくらでも叶えて差し上げますとも!貢ぐ男の心理が理解できてしまったようで、私の女心は複雑だ。
竹谷くんの反応は無い。もしかして、見とれているのだろうか。そう思って様子を伺おうとしたのだが。
そこに彼はいなかった。
「あれ!?」
「どうしました?」
仙子さんは私の声に一度首をかしげて、今まで竹谷くんが座っていた場所に腰を下ろす。いちいち作法がきれいです。いや、そうではなくて。
「今ここに人がいませんでした?髪がぴょんぴょん跳ねた青年?少年?男の人?」
頭の中は微妙にパニックを起こしている。だって私、今まで話してたのに!
「わたくしは見ておりませんが」
「え、ええー」
なら私は、昼間から夢でも見ていたというのだろうか。でも確かに触ってはいないし……いやでも。
そう悶々と考えていると、仙子さんは上品に笑う。そして含みのある笑顔をこちらに向けた。
「きっと狐に化かされたのかもしれませんね」

...end

以上、竹谷はぜーんぶ鉢屋三郎でした!

「化かす狐……妖怪(魔法生物)的な?」
「(おいこいつまさか信じるのか)狐は人を化かすといいますもの」
20120503
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