「ごめんくださーい」
大きな門の小さな戸を叩く。中からの反応を待っていると、人が走ってくる気配がした。
「はぁい、いらっしゃいませ〜」
のんびりした口調で迎えてくれたのは事務員の小松田さんだ。この門も何度かくぐっているので、お互い慣れたように手続きを済ませる。
「お願いします」
「はい、入門表記入確認しました!」
筆での指名記入も、一番最初から比べればだいぶまともになった。
「学園長先生のお部屋に案内しますね、あと竹谷くんも呼んでこないと!」
迷いなくされた案内から見ると、私が来た用件は知っているらしい。
とりあえす迷子にはならないように、小松田さんがドジしないように注意しようと気合いを入れなおした時だった。
再度叩かれる門の音。私と小松田さんは揃って門を見た。
「ちょっと待っててくださ……利吉さん!」
「久しぶりだね、小松田くん」
入ってきたのはさわやかな青年だった。私も渡された入門票をすらすらと書いていくのを見るに、この人も学園関係者なのだろうか。
「今日はどうされたんですか?」
「父上の洗濯物を届けにと、学園長に報告があってね」
「あ、これからあやめさんが学園長先生にお会いするので、その後だったら、えーと、確か、大丈夫だと思いますよ!」
小松田さんはどこからか紙のメモを取り出して確認している。字の感じからして彼が書いたものではないようだから、おそらく今日の予定をメモで渡されているのだろう。
「ああ、でもまず一言だけでも報告しておきたいんだ。そちらのお嬢さんさえよければ庵への案内ついでに、少し時間を譲ってもらえるとありがたいんだけど」
「えぇ〜〜、でも、予定には入っていないですし〜〜」
「一言だけ報告したら学園内で時間をつぶすから」
小松田くんの視線がちらっと私を見た。マニュアル通りに動きたい人らしいので、困っているのがわかる。
こちらとしてはそう急ぎでもないので構わないのだが、一つだけ問題がある。果たしてこの人の案内で私は無事に学園長先生の庵へ辿り着けるのか、だ。だいぶ気を使ってもらわないと様々な罠に引っかかる可能性がある。ちなみに小松田くんは真っ先に引っかかりそうになるので、二人で協力して倍の時間かけて目的地まで行くのだ。
「順番は構わないんですが、その、罠とか色々分からないので」
「え、なら小松田くんの案内の方が不安じゃないか」
ひどい言い様である。でもちょっとわかる。
「あ、あやめさん今ちょっと分かるって思ったでしょっ」
「あはははは」
「もーーーーっ!」
「あはははは」
笑って誤魔化したら拗ねられた。ちょっとかわいい。小松田くんと話していると学生みたいなノリになるのが面白い。
こほんと咳払いが聞こえて、二人してその音の発生源を見る。すみませんすっかり忘れてました。
「私が先導しますから行きましょうか」
あ、絶対呆れてるこれ。
じゃあぼくは竹谷くん呼んできますね!と意気込む小松田さんと別れて学園内を進んでいく。初めて会った人なので共通の話題があるわけでもなく、ただひたすら無言だ。
しかし随分きれいな人である。これは結構モテる部類の人ではないだろうか。
「前方に少し大きめな塹壕がありますから、少し遠回りしましょうか」
ちょっと様子を伺っていたら気がつかれた。しかもにこりと微笑まれてしまった。その反応にどこか慣れたものを感じて愛想笑いを返す。モテるが故にあしらい慣れてる感がすごい。
「右側二歩くらいに落とし穴がありますから気を付けて」
「え、はい、」
全然気が付かなかった。歩きながら私への気配りがすごい。小松田くんの案内よりはるかに早く目的地へ着くことができた。

学園長は忍犬へむへむと囲碁をしているようだった。しかも表情から見るに、ヘムヘム優勢。なんて頭のいい子なんだろう。
「学園長」
だがしかし、利吉さんが声をかけると学園長はここぞとばかりに碁盤を放り出した。文字通り、勝負の行方も何もかも分からなくなるように。わあ、ヘムヘムが怒ってるぞう。
利吉さんがそれに苦笑いしつつ学園長の前へ座った。とりあえず囲碁についてはスルーするらしい。やられた側のヘムヘムはかわいそうに、諦めたように片付け始めている。対応がとっても大人。
ところで、この話は聞いていいものだろうか。利吉さんはどう考えても忍者だろうし、報告がどうの言っていたから自分はいないほうがいいかもしれない。
どうしよっか、とヘムヘムへ助けを求めたら、何故か座布団へ座るよう勧められてしまった。なんで?
「あやめさんも聞いておいたほうがよいじゃろう」
学園長は困惑する私にそう言った。
利吉さんの表情は変わらない。こちらのことを知っている人だろうか?
「以前竹谷に伝言させた噂の詳細を調べてもらってあっての」
「え、でもそれは私が自分で……」
自分で調べることになるから、私がここまで来たのではないのだろうか。
学園長が待ったとばかりに片手をあげた。まず聞いてほしいということらしい。
「ほれ、利吉くん」
「はい」
彼は初めのピンとした姿勢を崩すことなく話し始めた。
タマシロオニタケ城周辺の噂には事実が紛れていること。
悪天候により山が崩れて道が塞がったが、ひとつ夜が明ければ山は欠けたまま道は元通り。
ひどい命にかかわるような怪我を治したものがいる。その人が差し出した水を口にすれば、あっという間に傷が塞がり立ち上がることができた。
火を噴いた竜を見た人間はわずかだが実在すること。
「ちなみに、火を噴く竜の話は直接話を聞くことができました」
利吉さんは淡々と続けていく。
「突然火が現れたと思ったら、その火が竜の形をとって動き始めた、と。口から吐いた炎が数頭の馬を焼いて、萎むように消えていった。あとに残ったのは焼けた馬と、竜に向かって放った数本の焼け焦げた矢だとも」
三つのうちの最後の竜。これは確実に魔法使いだろう。
魔法で火を出して竜を作り、それに炎を噴かせることは可能だ。私だって火を用意してもらえれば、似たようなことはできる。
持続時間や精度にもよるが、そこそこ攻撃魔法関係に長けたものでなければ実戦で使うことは難しいだろう。特に実害を出すような今回のケースならば、余計に慣れていなければならない。
私の他にも魔法使いがいる。それは嬉しいことのはずなのに、素直に諸手を挙げて喜べない。魔法がない世界で、マグル相手に魔法を前面に押し出して暴れる魔法使い。
何を考えているかわからないから怖い。もとの場所でも、闇の魔法使いが完全にいなくなったわけではなかった。もしこちらに来ているのが、そういう思想の持主だったら。まず私だけでは対応できない。
「今回の報告は以上になります」
「うむ、ご苦労じゃった!……ところで、二人は自己紹介は終わっておるかの?」
「はい、門のところでお会いしましたのでお互い名乗っただけですが」
「……あ、はい、」
反応が遅れる。きっと不自然だったであろう返答に学園長とヘムヘムから視線を感じるが、特に何も言われなかった。
「利吉くんはフリーの忍者での、若い頃のわしに比べればまだまだ……が、実力は確かじゃ」
褒められてる……?と利吉さんを見れば表情は変わらなかった。
「彼はいろいろな領を飛び回っている故、いずれ会うこともあるじゃろ。頼りになさい」
「は、はい」
「利吉くんも、一応うちの生徒を護衛につけてはおくが、見かけたら気にかけてやりなさい」
「承知しました」
本やドラマで見たことがあるような仕草だった。学園長は学園長のままなのに、なんだかちゃんとした上下関係に見える。
そんなことを考えていたら、利吉さんはそれ以上何も言うことなく下がっていった。
「学園の外には様々な人がおる。味方かそうでないかはっきりしている者は多いほうがいいじゃろう」
やだ、学園長かっこいい。というか、私、だいぶ甘やかされてる感じがするんですが……?


end...

(あの娘さんが学園内で噂の……普通の人間じゃないか)
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