調べものをしに行くといっても何日掛かるか分からない。荷物はいつだってトランク一つ。そして無人で空の部屋をキープしておけるほど資金が潤沢なわけでもなかった。
「ちょっとこの町を離れることになったので、いったんお世話になりましたということで」
「あらあらあらあら!あやめちゃんここを出てっちゃうの?!」
女将さんの反応は思っていたよりも大きかった。それが少しくすぐったくて、思わずぽろりとこぼしてしまった。
「旅行みたいなものなんです。ちょっとしたら戻ってくるつもりなんですけど、いつになるかは分からないので」
「旅行?まさかひとりで?」
「え、いや、」
「ひとりはダメよ、危ないわ。最近近くのお城で物騒な話もあったみたいだし、落ち延びた武士なんかに見つかったら大変じゃない」
まさかの反応である。というかそもそもここに一人で連泊している時点でアレな気もするのだが、これはどう答えるのが正解なのだろうか。
「お供の方はいるのよね?」
「まあ、その、ひとりではないんですけど」
詰め寄られて思わず答えたのに、女将さんはそれでも納得いかないようだった。一人ではないと分かったのにも関わらずこの表情ということは、恐らく誰と一緒なのかというのが気になるのだろう。
それについては私もホイホイ答えることでもない。竹谷くんの名前をポロリとしたら、それこそなぜなにどうしてだ。私と彼の仲が良いのは女将さんの知るところではあるが、旅どうのこうのの、
「竹谷くんはそのこと知って、」
「えっ」
何故その名前が出てくる?そんな反応を返した瞬間、女将さんの眉間に盛大なシワが寄った。
「まさか竹谷くんは知らないの?」
「あ、いや、」
「ちょっとまさかそのお供の方ってあの子の知らない間に知り合ったとかそんなことはないでしょうね?!」
女将さんの手がガシッとこちらの肩を掴む。思ったより強い力だ。え、何この反応。
「二人とも仲睦まじいしあやめちゃんもとっても頼りにしているみたいだったからすごく微笑ましくって楽しみにしてたのに!」
女将さんの思考がおかしい。楽しみって何が楽しみなの?
この微妙に暴走気味の女将さんをどうやって止めればいいのかと困っていると、するっと横から伸びてきた手。手?
「えっ」
思わず振り向くと、そこには見知らぬ女の子。
「あの、お取込みのところ申し訳ありません。こちらの手続きはどこで受け付けていらっしゃいます?」
にこり、と可愛らしく微笑まれてしまえば、私と女将さんはお互いに我に返った。よく考えればここは店先。お客さんが声を掛けてくるのは当然ではある。私が慌ててその場を開けると、女将さんもお店の奥へ案内するような仕草を見せた。
「そちらでしたらあちらの方で……」
「ありがとうございます」
女の子はそれにほっとしたように肩を下して、何故か改めてこちらを見る。少し離れた女将さんには決して聞こえないような音量の声で囁いた。
「いったん出てろ」
鉢屋の声で。
「げ、」
ほぼ反射的に出た声は可愛い女の子に変装したであろう鉢屋に黙殺され、視線だけで全てを語られた気がした。何も言わずとっとと表に出ろ、と。
しかしほんと忍者ってすごい。外見だけじゃ鉢屋って全然わからない。


とりあえず言われたとおりに外へ避難し、宿から少し離れた小道のところで鉢屋を待つ。恐らくすぐ来るだろうから、店で待っていることもないだろう。あの様子だと長い話にもならないだろうし。
そんなことを考えながら建物に寄り掛かる。幾何もしないうちに女の子に変装した鉢屋が駆け寄ってきた。……驚くほどの擬態なんですけど。魔法もびっくりなんですけど。
「……え、ホントに鉢屋だよね??」
以前見た女装とは違う。きり丸くんや立花くん、彼らの女装はどこか彼ららしさを残したものだった。でもこれは違う。全くの別人だ。
確かに竹谷くんや不破くんに本人と間違えるほどの変装をしているのだから技術は半端なく高いのだろうけど、こう、全く知らない人に化けられると感心してしまう。
「ほかに誰がいるっていうんだ」
「えっ、声に違和感しかない。女の子から鉢屋の声とか……やだ……」
「しっつれいなやつだな!立花先輩や他の変装術は知ってるだろう!」
「だって立花さんは仙子ちゃんって感じじゃない?鉢屋のそれはポリジュースレベル……」
他人に変身する薬。細胞を変化させてその人に成り代わることができる。
「ぽり?」
「うーん、細胞レベルでその人になれる薬」
「さいぼう?」
「簡単に言うと、記憶以外傷跡性別も模倣できる」
「……恐ろしいな」
女の子の顔なのに、鉢屋の表情だ。心底引きましたという顔でこちらを見ている。
「私としては、魔法も使わずにそこまで変われる方がすごいと思う」
真面目に返してみれば、鉢屋は大げさに肩を落とした。
「おまえ、そーいうところがだな……」
深いため息をついたかと思えば、鉢屋はその場でくるりと回って変装を解く。早着替えというやつらしいが、これもすごいと思う。どうやっているのか是非カメラのスローで見てみたい。
「はーーー、本当に鉢屋だ」
「素直に褒められると気持ち悪いな」
「うん、やっぱり鉢屋だ」
竹谷くんの時は魔法関連の合言葉があるが鉢屋にはない。だからまあ、こうやって反応で様子を見ることにしている。万が一本人でなかったとしても、そこまで話し込む仲でもないし不都合はないだろう。
「……合言葉決めておくか」
「えっ、なんで?」
「なんでって、不便だろ」
「ふべん」
「八左ヱ門とは決めてるだろうが」
「それは、まあ……、誰かさんのせいで必要に駆られて……」
ぽつぽつと返していくと、鉢屋の表情がひどく不服そうなものになる。そんな顔されたって事実は事実だ。合言葉が必要なほど会うことだってないだろうし。
「私が連絡員のひとりだってこと忘れてないか?」
「…………不破くん」
「……」
「……」
「……雷蔵にも伝えておく」
しぶしぶといった風に根負けしてくれた鉢屋は、さて、とこちらへ向き直った。
「それよりさっきの話はなんだ?」
「なんだって何が?」
「ここを出るそうじゃないか」
思わずきょとんとしてしまった。
出るも何も調べに行く話は既に数日前から決まっている。竹谷くんは学園長先生には報告しているだろうし、鉢屋は教えてもらっていないのだろうか。……連絡員のひとりなのに?
「え、本当に鉢屋?」
「……基本的にお前のことは先生方が中心になって対応している。こっちまで情報がほいほい降りてくると思うなよ」
今までだって私の情報収集能力の結果だからな!と少し得意気だ。
「最近はまあ、その辺り徹底してるのかハチもだいぶ口が堅くてな。でも多少様子が違ったから、ついでに寄ってみればこれだ」
鉢屋は黙ったままの私を見て鼻で笑う。
「やっぱり合言葉が必要じゃないか。お前の背に乗ってハチを助けに行ったのは私だよ」
「あ、鉢屋だ」
「初めからそう言っているだろう」
鉢屋はため息をついたかと思えばおもむろに歩き出した。大通りに出ていくのを見て慌てて追いかける。
「ちょっと、」
「あんたの反応とハチの様子と、さっきの女将さんの話でだいたい予想はついた。ま、学園長先生方がそれで良しとするなら私は何も言わないさ」
鉢屋はそこまで言うと突然立ち止まって、こちらは危うくその背中に突撃しかけた。文句のひとつでも言ってやろうと口を開けば、それより早く鉢屋の指が私の額を弾く。
「いたい!!」
「痛くしたんだ、当然だろ」
ナメクジを永遠と吐き続ける呪いでもかけてやろうかと一瞬構えるが、続けられた言葉に思考が停止した。
「どうにもならなくなったら、私を呼べ。借りてる分くらいなら助けてやるさ」
表情は普段の鉢屋だった。嫌味を言うでもなく、ふざけた様子だってない。これはもしかして、
「心配してくれてたり?」
「……だとしたらどうする?」
ぐっと近づけられた顔に、答える気がないのが分かった。そこまで掘り下げることでもなし、あまりつついてヘソを曲げられても面倒だ。
「鉢屋を呼ぶことにならないように善処します」
「ハイハイ、期待せずに待ってるよ」


fin...

お前が一番手こずりそうなのはハチだろうけどな。
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