最近タマシロオニタケ城辺りで、妙なことをやっているらしいんだよ。城の裏山の一部の木が全部なくなったと思ったら、次の日には元通りになってるとか。突然家が出来上がってるとか。
ある商人は間者の疑いを掛けられて尋問されたらしいんだが、言うつもりのなかったことをぺらぺら話しちまったって。疑いは晴れたが追放されたって噂だ。
こっちは病人を治したって聞いたぞ。難しい病だって匙投げられた病も怪我も、あっという間に治したとか。もちろん相当な金子は払うことになったらしいけどなあ。
腕のいい幻術使いを雇ったんじゃないかって話もあるぞ。戦場で火の竜を見たってやつもいる。それを言ってるのが一人じゃないってんだから、真実味があるよなあ。


なあ、じゃあこれは知ってるかい?
旅人たちがそうやって始めるその話は、まるで彼女が教えてくれた魔法のようなものばかりだった。


「そんな話聞かされたら、一番初めに私が思い浮かびますよね」
数日掛かった実習終わりの竹谷くんから教えられた話は、どう考えても魔法によるものだった。しかも私が扱うよりも精度の高い、それこそしっかりとした魔法使いがやったような話である。
「学園長には報告済みです。そしたらこちらでは断定はできないのであやめさんにって……でも多分、魔法の仕業だとは考えているでしょうけど」
それはそうだろう。こんな突拍子もない話が、魔法以外であってたまるか。
けど、と少し考える。魔法の見当たらないこの世界で、それこそまともな魔法使いが、噂になるほどその力を行使するだろうか。
「……やっぱり引っかかります?」
「ハチくんも?」
そして違和感を覚えたのは竹谷くんも同じだったらしい。
「だってあやめさんを見ていれば、その力がどれだけ厳重に秘匿されていたか分かります。その隠すという行動の理由に、本人たちを迫害から守る意図もあったでしょう」
気が緩んでずるずると知る人を増やしている私が肯定してもいいのか分からないが、今は話の腰を折っている場合ではない。軽く頷いては見せるが、恐らく私の考えたことは分かったのだろう。竹谷くんはちょっと眉尻を下げた。
「あやめさんのとこの話は全然違いますよ」
「ばらしているという点では何も言えません……」
「いや、なんて言ったらいいんだろう。この噂は何か、目的があって広げようとしている意図を感じるんです」
意図とは。確かにおかしくはある。けれどもその理由が思い浮かばない。
魔法使いがマグルへ対して大々的に出来ることを広める?それこそ魔法省が飛んでくる。下手をすれば杖だって取り上げられかねないだろう。
ああでもここには。ここにはそれを取り締まる組織も何も存在しない。どんな使い方をしても彼らが飛んでくることはないし、そもそも魔法を使う者が他にいないのだ。後のことを考えないのならば使いたい放題ではある。それでも普通、マグルのいざこざに首を突っ込む真似をするだろうか。
「……だ、だめだ……考えてると自分のやったことにも突っ込まなくちゃならなくなってくる……」
竹谷くんとか竹谷くんとか竹谷くんとか。助けたことに後悔はないし、例えばまた同じことがあっても同様の行動を取るだろう。これは断言できる。それならばその魔法を使っている人も似たような状況になっていたとしたら、私はそれをおかしいとは言えない。
「まあでも、ちょっと大々的すぎるかな」
「保護を求めたのが城主にしたって、もうちょっとやり方はあります。これじゃあ、その城が何かしら大きな力を手に入れたと周りに教えているのと一緒です」
「攻めるなよっていう遠回しなけん制とか?」
「もしその力が個人のものによるものだとすれば、その当人を引き抜いたり……その、いなくなってしまえばそれで終わりです。そんな簡単なことを、城主やその部下たちがわからないはずがない」
少し考える間を取って、竹谷くんはこちらへ向き直った。
「これも先生方と同じ意見でした。何か目的があって話を大きく流している。でも調べても実際見たという人はいないんです。あくまで誰彼から聞いた、知ったそうらしいとしか」
噂は流れているけど目撃者は見つからない。
「もし本当にそれらが魔法である可能性があるならば、」
「少なくとも私は、調べなきゃいけないかな」
それがただの噂であれ、そもそもそんな話が出ること自体がおかしい。少なくともその噂の近くに魔法使いが存在しているのは間違いないだろう。
その人もこの世界に突然放り込まれたのか、それとも故意に来ることになったのか。出来れば後者が希望だが、それはそれで面倒なことになりそうな予感はある。
けれども調べないなんて選択はありえない。よし、と気合を入れてこぶしを握ると、その様子を見ていた竹谷くんの目が光った。光ったような気がした。
「じゃああやめさんから見ても、これは魔法的な何かってことで決まりですか!」
「え、まあ、うん。だいたい魔法で可能なことだし、噂を流す目的が分からなくても魔法使いが関わっているのは確実だろうから」
何故か竹谷くんから小さなガッツポーズが出る。
「ど、どうしたの」
「あ、や、実はですね、そういう話になったら学園長から伝言を頼まれてまして」
学園長からの伝言なんて聞くと少し身構えてしまう。そんな私に竹谷くんは悪い話じゃないはずですと前置きして、嬉しそうに口元を緩めた。
「俺を使ってください」
「?」
「調べに行くのに、俺を連れて行ってください」
「??」
理解が遅れた。違う。まだ理解なんて出来てない。何を言われているか分からなかった。
「俺、最近の実習三昧にウンザリはしてたんです。でもこの為の事前補習だったんですよ」
「???」
「やっぱり一人で調べに行こうとしてます?」
「えっ、それは、ふつうでは……?」
「……俺があやめさんを、慣れない土地にひとりで行かせるわけないじゃないですか」
ひどく優しい声色だった。
それを頭の中で意味を考えて時間を掛けて理解して。ゆっくりと耳のあたりが熱くなる。恨めしそうな声が出た。
「ハチくんが私の乙女心に止めを刺そうとしてる」
なんて殺し文句だ。私が普通の女の子だったら勘違いするぞ!
思わずといった風に両手で顔を覆う。シナ先生は私に一年生から篭絡しろとおっしゃってましたけど!私が!先に!竹谷くんに落とされる!!
「とどめって、」
「ハチくんはそういうこと言ってきっと色んな女の子を泣かしてるんだ……」
しかも無意識に。たちが悪いぞ竹谷八左ヱ門。
こんな、全力で協力します。ちょっと都合のいいように受け取れば守ります宣言されて、ドキドキしない人間なんて人間じゃない。心臓が鋼のサイボーグだ。
「泣かせてませんし、そもそもこんなこと言いませんって!!」
「言い慣れてないのにこんなセリフが!!」
もうこれは全力で誤魔化すしかない。意識してもされても互いに困るだけだ。
茶化して有耶無耶にして、二人して笑う選択肢しかなくなって、笑い疲れた後私は改めて竹谷くんに向き直る。
「実は正直な話、ハチくん連れていくのはちょっと気が進みません」
竹谷くんは何を言われたのか一瞬考えたようだった。たぶん彼の中で、あの提案に私が多少渋ることはあっても最終的には諸手を挙げて賛成するものと思っていたのだろう。
勿論嬉しい。良く知らない土地で何かをしようなんて不安しかないし、この時代にちょっとは慣れたといっても本当に言葉の通りだ。竹谷くんがいてくれれば知らない土地だって怖くないだろうし、私の時代故の奇行だってフォローしてくれるに違いない。
でも、
「……頼りないですか?」
竹谷くんの言葉に首を横へ振る。
「まさか!すごく頼もしいよ。でもね、相手がもし本当に魔法に関してだった場合、何が起こるか分からないから、変なことに巻き込みたくないっていうのが本音かな」
魔法省がない世界に魔法使いが居る。これはなかなかに危なっかしい。
魔法の力は強大だ。学校を卒業したばかりのぺーぺー新人魔女だって、忍者の学校を上げて警戒されるくらいの。それを悪用しないと言い切れる人間ばかりではない。
「魔法使いが迷った末に、自分の身の安全を確保するために魔法を使っているなら何の問題もないけど、もし、」
もしなにか目的があったのだとしたら。
それに竹谷くんを巻き込むことはしたくない。魔法族のことは魔法族だけで解決するべきだからだ。
「……まあ、八割がた私と同じように迷ったんだと思うけど」
少しの沈黙。竹谷くんは少し迷って、でも口を開いた。
「魔法って使い方によっては、確かに怖いものだと思います」
彼は言葉を選ぶ。
「俺だって初めはものすごく驚いたし、警戒だってしてました。でも使う人間次第なんです。俺たち忍だって武士だって、それは変わらない」
ふと、笑った。ちょっと困ったみたいな、寂しそうな笑顔だった。
「あやめさんは、忍者は怖いですか?」
「え、なに突然……」
「忍は、怖いですか?」
竹谷くんの視線がまっすぐ突き刺さる。さっきまでふざけて笑いあっていたのが嘘みたいに真剣だ。話だってよく繋がっているように思えない。
「こ、わくなんて」
怖くはない。忍と言われて思いつくのがあの学校だからだ。竹谷くんと一年は組の生徒たち、それに先生方。彼らを思い浮かべて怖いという感情が浮かんでくるはずもない。尚、七松は別口。
「忍者って、本当は怖いものなんです。前に三郎が言っていたでしょう?」
内容は朧げどころかほとんど覚えてない。すごい技を魔法もなしに駆使するのは知っているが。
「あやめさんのその認識って、基本的な情報が俺たちだからですよね」
当然だ。
「でももし、最初に会った忍が俺たちではない、そうですね、以前助けてもらった時の敵側だったら?」
もし出合い頭に攻撃を受けていたら。それが忍者だと認識していたら。私はこんな風に彼らへ手の内を見せられていただろうか。
考え込んだ私に、竹谷くんは今度は穏やかに笑った。
「俺だって同じなんです。初めに会った魔法使いがあなただったから、強大とは思っても怖くはない。でも、他の人は違うかもしれない」
もしこれから行く町や村の人間が、魔法使いに恐怖を感じる側だったら?
「恐怖は人をおかしくします。あやめさんに害がなくたって、排除する方に回るかも」
「……でも私は逃げられるよ?」
「それでも怖い思いはするかもしれない。俺はあなたに、そんな経験もさせたくないです」
そこでようやく竹谷くんの視線が外れた。落とされた視線が、私の手のあたりを見ている。
「これは俺の我儘でもあります。魔法に関してはどうにもならなくても、こちらの人間に関してならお役に立てるはずです」
だから、一呼吸置いて請うように。
「俺を連れて行ってください。あやめさんが気づかないところに俺が気がつきます。その代わり、魔法関係では俺を助けてほしいです」
そんな風に説得されて首を振ることができる人間がいるのか、いや居まい。そもそも初めから断る選択肢なんてなかった。気が進まないと口にしたのだって、危険だけど本当に良いの?というのを遠回しに伝えるためだ。
とんだカウンターを食らってしまった。
「……竹谷くんってさ」
「はい、」
「本当に面倒見がいいっていうか、生物委員会委員長がこれほど似合う人もなかなかいないっていうか」
物凄く頼りになってしまう。これは将来引く手数多。
先のことを少しだけ想像してすぐに打ち切った。そこに私は存在しないのだから、考えたって仕方がない。
「……ごめんね、言い方が悪かったかも。危ないけど、それでもいいのかって念を押して聞こうと思ってたの」
「大丈夫、危ないことは俺が全力を持って回避します」
とん、と自分の胸を叩く竹谷くんは頼もしい。ごちゃごちゃ言ってはみたものの、事情を知る人のサポートは本当に助かるのだから。
「学園長先生にもお礼しないと」
「なら、出発前に学園へ寄りましょう。もしかしたら他の忍の情報も更新されているかもしれないし、俺もちょっと見てもらいたいことがあって」
いつにしますかと問いかけてくる竹谷くんに、私はできるだけ早くと答えるのだった。


...end

伸ばされる優しい手を意識してはならない。彼は責任感が強く優しい性格で、だからこうやって関わってくれる。
竹谷くんの未来に私は居ない。私はいずれ、元の世界に戻る魔女なのだから。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -