「おじさーん、持って来たよー」
小物屋に声を掛けながら入れば、気のいい店主は接客をしている最中のようだった。私はそれに気が付いて、邪魔にならないように端による。
しかしこの世界は良く分からない。どうしてこんな時代に金髪がいるんだ。染めてるのかな。自前なのかな。どっちにしたって、あの髪色では目立って仕方ないだろうに。
じーっとそのお客さんを見ながら髪色について考えていると、突然そのお客さんが振り返った。見つめすぎて気づかれたのか。慌てて視線を逸らそうとして、店主が私に手招きしているのが見えた。どうやら視線に気が付いたわけではなく、あちらが私を呼んでいたらしい。
「こんにちはー」
「こんにちは」
金髪の青年はへにゃりとした笑顔で挨拶してくる。私もそれに対して挨拶を返した。しかし、どうして呼ばれたんだろう。
「こちらのあやめさんって方が作っていらっしゃるんですよ」
店主はすごくニコニコしていた。その手には私が前回持ってきた根付がある。恐らく私は、タイミングが悪いときに来てしまったらしい。
普通小物の製作者なんて気にしない。気にするとすれば、それは同業者かもっと面倒なところか。少し前に同業者らしき人から変ないちゃもんを付けられて大変だったから、当分は仰々しいものは作らないと誓ったばかりなのに。今までのツケがまだ残っているとでもいうのか。
「へぇ〜、すごいねぇ」
何を言われるかと一瞬構えたが、金髪青年から出てきたのは賞賛の言葉のみだった。
「はあ、ありがとう、ございます?」
構えた手前どこか拍子抜けした。トラブルは起こさないのが一番良いが、なんというか、この人は。
「えっと、おじさん。この方は……?」
「ああ、あやめさんは知らないのか。カリスマ髪結い斉藤さんの息子さん、タカ丸くんだよ」
「斉藤タカ丸です。よろしくね」
気が抜ける人だと思った。
しかし髪結いか。現代で言う美容院的な。それなら髪飾りに興味を示すのも当たり前だろう。流行とか調べて取り入れるとか……うむ、普通だ。
「私は桐野あやめです」
「あやめちゃんかぁ、いい名前だねぇ」
にこにこより、やはりへにゃりという表現がぴったりだ。柔らかい、穏やかな感じ。接客業には向いていそうだ。
しかし会話は続かなかった。当然である。私はまだ、ここに呼び寄せられた理由が分からない。さすがにただのお客さんに、製作者を紹介するはずもないだろう。うっかり直接買い付けられるようになったら、小物屋さんが商売できなくなってしまう。
「えっと、」
「ああ、タカ丸さんがね、他のも見てみたいというから。今日も持ってきてくれたんだろう?」
「あ、はい」
店主に持ってきた箱を渡す。今日は根付と簪をほんの少し。しかもシンプルなものが多い。但しシンプルといっても私の基準でなので、こちらの人たちにどう映るかは分からないが。
「わあ!」
タカ丸さんの表情がぱっと変わった。
私の作る根付や簪は、やはり「ここ」に現存のものとは少し雰囲気が違う。西洋風だといえばそうだし、けれど日本のものでないというわけでもない。材料の違いか、現代に生きた私のセンスの違いか。どちらにしてもこの時代には珍しいものだ。
天然石を連ねるというのも、主に値段的な意味で難しいだろう。
「う〜ん、」
だがタカ丸さんはすぐに、箱の中を眺めたまま固まってしまった。一体どうしたというのか。
そういう意味合いをこめて店主に視線を送ると、彼はやっぱり穏やかに笑ってこっそり耳打ちしてくる。
「タカ丸さん、誰かに簪をあげるみたいだから、ゆっくり選ばせてあげないとね」
店主は固まったまま眺めるタカ丸さんの手に箱を持たせ、新たにやってきた客へと向かっていく。この分だと、このタカ丸さんはここの常連なのだろう。
私は御代を後で取りに来るということもできるのだが、正直、タカ丸さんが気になる。だって髪結いさんだ。彼が何を選ぶかによって、どういうものが人気か分かるかもしれないじゃないか。
……しかし、随分悩むな。もしかして製作者がいるから、やっぱいらないとか言えない状況になっているのだろうか。ここは私が出直すべきか。何を買ったかは店主に聞けるし問題はない。
「あやめちゃん」
帰りはどこかに寄ろうかな、と考えた瞬間だった。タカ丸さんは私を呼んだ。
「!はい、」
「あのね、これの色違いとかないかなぁ」
タカ丸さんが手に持っていたのは簪だった。赤と黒の石をポイントに使った、どちらかというと大人っぽいもの。
「色違い?」
「うん、イメージはこんな感じなんだけど、色が少し大人っぽいかなって」
「ああ、そうですね……大人っぽくないということは、女の子に贈り物ですか?」
なんとなく聞いた質問だったのだが、タカ丸さんは苦笑いして首を横に振った。
「授業で使うんだけど、うーん、清楚な感じに仕上げたくて」
授業というのは、髪結いの?……さすがにそこまでは聞けなかった。
だが確かにこの色合いはイメージと合わないだろう。清楚、というと白とか薄い桃辺りだろうか。いやでも薄い緑や青も捨てがたい。
「ローズクオーツ辺りを使えばどうにか、なるかな」
自分が持っている材料を頭の中で照らし合わせた。今回持ってきたものは立花仙子さんタイプの女性に合わせていたから大人向けだけれど、もう少し年齢層を落とす感じでいいのか。
「え、作ってくれるの?」
「え?」
タカ丸さんは瞬きしてぽかんとしていた。私も釣られて呆けてしまう。いや待て釣られるな。
「あ、ああ、作りますよ。今はないですから」
「あーでも、そんなに高いものは買えないんだ」
言われたことを反芻する。これはもしや、オーダーメイド的な感じで受け止められてしまっているのだろうか。
「いやいやいや、別にここにあるのと値段は変わりません。私が作るんです。注文があった方が、イメージも固まりやすいし」
「え、でも……」
「私の場合作る時点では相手がいないから、どうしても似たようなものばかりになっちゃうんです」
こちらはプロではないのだ。材料やら魔法やらでそれっぽくは見せているけど、本職の人から見たらこれほどお粗末なものは無いに違いない。それでも今の時点で売れているのは、珍しくて綺麗だから。
私にとってのある意味唯一といってもいい収入源は、出来るだけ長く持たせたい。それで手っ取り早いのは流行を取り入れること。
「もしよければ、時々流行のものを教えてください。私ちょっと疎くて……」
実際はちょっと疎いどころではない。びっくりするくらい分からないし知らない。事情を知っている竹谷くんも、余りこちらの話は得意ではないのだ。男の子だから仕方ないといえば仕方ないが。
もしこのタカ丸さんが教えてくれるなら、すごくありがたい。
「おれでよければいくらでも教えるよ!」
「契約成立ですね!」
まさかの、仕事の協力者ゲットである。


...end
女装授業で使いますとは言えなかったタカ丸さん。
20120502
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