「本当の自分の顔が思い出せないっておっしゃるんです!」
一年は組のお馴染みの三人組、乱太郎きり丸しんべヱは、鉢屋を引っ張ってきてそんなことを言った。事情の分からない私はなんとなくその当事者である鉢屋を見るが、彼には詳細を説明する気はさらさらないようだ。
「ああ、私は他人に変装するあまり、自分の顔が分からなくなってしまったんだ!」
芝居がかって言うところを見るに、これは完全に一年生をからかって遊んでいるのではないのだろうか。
「さっきまで鯉になってたんすよ」
きり丸がさり気なく経緯を教えてくれたのだが、これどう考えても遊んでるよな。
一年生である三人が言うには、彼らはどうしても鉢屋の素顔が見たいらしい。なんでそんなことに労力をとは思ったが、千の顔を持つ忍者!とか格好付けている鉢屋を見ていると、まあ、分からなくもない。
「そんなことより、宿題出てたんじゃないの?」
「そんなこと!?」
とりあえず話を逸らすことにする。鉢屋が過剰反応したが気にしない。
「ぎくっ」
やっていませんと三人の反応がそう語っていた。嘘を付けない彼らは本当に可愛い。
「期限は明日って聞いたけど、こんなところで油を売ってる暇は」
「ちょっと待てあやめ!その言い草は一体なんだ!!」
相手にしてもらえなかった鉢屋が会話に割り込んできた!!あやめは無視を決め込んでいる。
「ないんじゃないの?」
「そこで話し続けるな!お前最近本当に図太くなったな!!!」
私の前に立ちはだかった鉢屋は、竹谷くんの顔と声に化けている。本人に言われているようで少し動揺するが、絶対に見せてやるものか。
「興味がない」
「きょ、興味がないってことはないだろう。私の本当の顔は、雷蔵だけではなく、先生方も知るものはいないんだ」
不破雷蔵へと変化した後の自慢げなその言い方に、一年生は素直に賞賛の声をあげ喜んでいる。彼らは少し前に自分たちがからかわれたことを思い出したほうがいいと思う。
「だから私も、ずいぶん長い間自分の顔を見ていない。すっかり忘れてしまっても仕方がないと思わないか」
「それは人として危ないと思う」
「……真面目に、返されると……凹むから……」
「アッ、ゴメンネ」
「棒読み!!!」
泣き真似すらしてみせる鉢屋に、肩をすくませる。にやけそうになる口元を引き締めるも、きり丸くんには見られたようだ。こちらの意図が分かったのか、少し目がきらきらしている。
「忘れるくらい変装しているのか」
「ああ、」
「でも自分の顔が分からないって困らないの?」
「困るから乱太郎たちに協力してもらって、」
「うん、そうか。ならば私も参戦しよう」
「……は?」
きっとなかなかいい笑顔だったのだと思う。鉢屋の顔が引きつるのが見えたから。
「だって自分じゃ思い出せないんでしょう?」
せっかく優しく問いかけているのに、その反応はない。
「なら私が、魔法使いの実力を以って、思い出させてあげると言ったの」
いつの間にか手に出した杖を、軽く手のひらへ打ちつける。うまく当たったらしく、ぱちんと良い音がした。
「いやあの、別にそんなガチな話ではなくてだな」
「困ってるって言ってたもんね」
「ちょ、ちょっと、えっ、本気?」
私の周りでは、魔法が見られると思った三人組がはしゃいでいる。
「――本気!」
「仕方がない!ならば戦術的退散だ!!」
鉢屋の手が懐から何かを取り出し、地面へとたたきつける。気がついたときには、あたり一面煙だらけだ。忍者らしいことをやられてしまうと、こっちには成す術がない。
だが相手にこちらを必要以上に害するつもりがないのなら別ではある。呪文を唱えながら杖を一振りすれば、煙なんてものはあっという間に散らせてしまうことが出来た。
もちろんそこには鉢屋がいるはずもない。逃げられた後である。
「まあ逃げた鉢屋は後で雷蔵くんに叱ってもらうとして。、私たちはお団子でも食べに行こうか」
「わーい!!」
「ホントですかっ」
「おごりですか?」
言葉のとおり三者三様の反応を受け取りながら、三人を連れて歩き出す。どこかで見ているであろう鉢屋が、いつ堪えきれずに飛び出してくるのか楽しみだ。


...end

この後鉢屋はしっかり不破君が叱ってくれました。
20141123
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