網が落下する。下は柔らかい土でそこまで高い場所ではなかったのと、どうやって手を出すべきか迷って結局落ちるのは見送ってしまった。
少しだけ土に埋もれる三人を見て、どうしようかと迷う。今から穴の中に戻ってもどうにもならないだろうし、そちらを心配そうに見ていた乱太郎くんたちにも悪い。
「……え、」
「は」
「???」
こちらを見ていない隙に人へと戻った時の反応は、言葉通り三者三様だった。
きり丸くんはこちらを凝視し、乱太郎くんは落とし穴と私を一生懸命見比べている。しんべヱくんは見たことが信じられないのか、ぽかんとしたまま固まってしまったようだった。まあ、泣いたり叫びだされないだけいいのだろう。
「……」
「………」
「…………」
しかしこう沈黙が続くのもつらい。それにドクタケの忍者が再びやってくるのかもしれないのだ。ここに留まっているのはまずいだろう。
「逃げようか」
そう提案すれば、三人が一拍遅れて頷いてくれた。但し視線は穴と私を行ったり来たりしている。恐らく目の前で見た情報を整理し切れていない。
私が初めて変身術を目にしたのは、魔法という存在に慣れてからだ。予備知識なしに見せられたら、こういう反応だってある。
「罠は分かる?あ、ちょっと待って、」
私は穴の側まで歩いて、落としたはずの杖を探す。別の罠には掛からないよう、出来るだけ慎重に歩いた。
「この辺りに……」
「あやめさん、これじゃないっすか」
隣りからひょいっと杖を出された。驚いてそちらを見れば、きり丸くんが私の杖を差し出してくれている。出された杖をほぼ反射的に受け取って、小さく礼を言った。
「あ、ありがと」
「……いえ。さ、行きましょう。ほら、乱太郎もしんべヱも、さっさとここを離れるぞ!」
きり丸くんの声に、二人とも背中を叩かれたかのように立ち上がった。そうしてやっぱり私をちらちら見ながら先へ進もうとする。
まあ罠だらけらしいここで当然のことだが、再び罠に掛かっていた。しかも高さはさっきの倍はある。あーあ、しっかり前を見ないから。
「わー」
「きゃー」
可愛らしい二人分の悲鳴に、私ときり丸くんは顔を見合わせて、何故か笑ってしまった。
「なんか締まりませんねー」
「ほんとだよ、もう。同じ罠に掛かってどうするの」
何故笑えたのかは分からない。でもそのせいで、この三人は動物もどきが平気なのだろう。そういう根拠のない自信が出てきてしまう。
「二人とも笑ってるけど、早く助けてよー」
しんべヱくんが根を上げた。
「でもおれたちじゃそんな高いところ、届かないぜ。さっきみたいに落としてみれば」
「それじゃ危ないでしょ」
杖を振って落としてやるのは簡単だ。でもこの罠だらけらしいこの場所で、この後も引っかからないという保証はない。また私も落とし穴に落ちたら面倒だし、何より罠の種類が、こういった捕獲系だけとは限らないのだ。ナルトの罠のように武器が飛んできたら、私には防ぎようがないのだから。主に反射的な意味で。
「ちょっと待って」
普段から小さくして持ち歩いているトランクを取り出し、その小さいまま手のひらの上で開ける。そうしてしっかりと杖を向けてひとこと。
「空飛ぶ絨毯!」
はたから見れば、それは随分間抜けな様子だと思う。現にきり丸くんは眉をひそめているし、罠に掛かった二人は不信感をあらわにしている。
手のひらの上で小さなトランクが揺れ、それと同時に小さな何かが勢いよく飛び出してきた。それを杖を持った方の手で上手く掴み取り、ぽいっと宙へと投げる。
「あやめさん、さっきから何やって」
「まあちょっと待って」
小さいまま浮かんだマットを杖で叩く。すると見る見るうちに、その小さな空飛ぶ絨毯は元の大きさへと戻っていった。勿論空中に浮かんだままである。
「……へ、」
「はい、きり丸くん乗って」
「いや、……なんですかこれ」
「……空飛ぶ、布?」
問いに答えながらマットの上に登る。そうして隣を叩いてやれば、きり丸くんはようやく何をするか理解したようだった。
「質問は疑問系で答えないでくださいよ、っと」
文句を言いつつも素直に隣に座ってくれる。そうしてそっと私の腕を掴んだ。
「しっかり捕まっててね」
マットの高度を上げていく。上がるごとにきり丸くんの腕の力が増していて、少し笑ってしまった。
「わ、笑わないでくださいよ!」
「怖い?」
「布が頼りないです!!」
すいっと乱太郎くんたちの側に空飛ぶ絨毯をつけてやる。反応がないところを見ると、やっぱり唖然としているみたいだ。
「これどうやって外すの?」
「えっと、多分、ここを切ればいいんじゃ」
「分かった、切り裂け!」
ぶつっという音と共に網が解けた。
二人が上手い具合にマットの上に納まったので、間髪いれずに高度を上げていく。ここは森だ。下からは木々でこちらを伺うことは難しいだろうから。
そこそこ上に行ったところで動きを止める。そうして三人に説明しようと振り向いて、固まった。
「そんなに怖かった?」
きり丸くんは相変わらず腕にしがみついていて、網に絡まったままの二人も、きり丸くんの腰の辺りにしっかり張り付いていた。まるで人間団子である。
「こ、怖いとかそういう問題じゃないですよ!」
勢いよく話すのに、声はそう大きくない。騒いだら落ちると思っているのだろうか。ならばまず、私は彼らにこの説明をしなくちゃならない。
「えっと、そうだな。まず、何が怖い?」
「落ちそう!」
「落ちませんか!?」
「お、おおお、落ちるー」
きり丸くん、乱太郎くん、しんべヱくん。大体同じような意見だ。
「なら少し面積を大きくするね」
杖でマットを叩いて、少しだけ大きさを変化させる。ついでに出来るだけ人の目に付かないように、軽くカモフラージュもしておく。さすがに透明にするのは怖いだろうから。
「あ、大きくなった」
「これで多少は普通に動けるでしょ」
そこで私は、ほんの少し息をついた。
あっさり使った魔法に、どんな反応が返ってくるか。あんなに人前で使うのを出し渋っていたのに、どうして今更、と竹谷くんには呆れられるかもしれない。
でもほんの少しだけ欲が沸いてしまった。魔女という存在を受け入れてくれるのではないのかと。
シナ先生に言われたとおり、私は寂しい。おおよそ知っていて理解していて、それでも友人だと言ってくれているのはただ一人だけ。孫兵くんは私の動物もどきを気に入ってくれて入るけれど、多分色々勘違いしたままだ。
使った場合や知られた時のリスクは十分過ぎるほど分かっている。それでもあの場面では使わなければならなかった。そう思う。強引なのは自分でも感じるし、理由としてはものすごく弱い。でもこれが、私の気持ちなのだと思う。

"私は、魔女"

魔法が使えなければ何にも出来ないただの人で、きっとこうやって彼らと関わることもなかった。だからと言ってはおかしいけれど、魔女としての姿を知った上でも"あやめさん"と呼んで欲しい。反応を知りたい。

もしこれで彼らが怖がったりしなければ、私は――。


...end

竹谷が隠すのに協力していたのはこれを見越してのこと。あやめさんは"魔法を使うのが生活の一部"と言っていて、元々隠すのが難しい。それでも絶対に隠すと言っていたのは"魔女狩り"という歴史があったからこそ(魔法省の縛りもあったけれど、それは一話で解決済み)。
しかし知っている人、理解してそれでも関わる人が増えれば、その意識は確実に薄まっていく。"大丈夫かな?"が"大丈夫でしょ"に。魔法を使わない決意は緩んで、きっとどこかで使ってしまう。
竹谷の心配はがっつり当たって、しかも知らないうちに話が進んでいる。頑張れ竹谷!それでもあやめの特別は"最初"のお前だよ!
20140725
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