はりきって走っていってしまった五人とは対照的に、ゆっくり歩きながら非常階段を目指す。
しかし鉢屋の奴、こんな廃校に一人で入っていくとかどんな勇者だろうか。噂と割り切っても、ここにはそういう話が沢山ある。入る瞬間にもそういうことが過ぎらないものだろうか。
脳内の鉢屋が「こ、の、私が!幽霊なんてそんな曖昧なものを怖がると思っているのか?」と馬鹿にしたように言うものだから、放っておいて帰ってしまいたくなった。あいつなら本気で言いそうだ。
頭の中の鉢屋にプロレス技をいくつか掛けたところで、ようやく非常階段らしきものが見えた。建物の高さは四階分。全ての階を調べなければならないのだろうか。あそこまで上がるの面倒くさい。
これからの運動量にうんざりしながら、一段目へ踏み出した。
一階から順に中の様子を確認しつつ進んでいく。廃校で古い校舎といってもそこまで老朽化はしていないようで、鍵もしっかり掛かっていた。
ガラス越しに覗くだけだが、中に人がいる様子はない。というより、人が通った形跡がない。コンクリートの非常階段は、とにかく汚れている。それどころか、私の目線にクモの巣まで張っていた。
「これ、上まで上がっても意味ないんじゃ……」
完全体の巣を崩すのが忍びないので、潜って回避する。この分だと、他の場所に当たりがありそうだ。一体誰が当たりを引くのかと予想しながら、ようやく四階へと辿りつく。
コンクリートで出来た非常階段は、古いだけあって少し不気味だ。入ったヒビが黒ずんで、なんともいえない雰囲気をかもし出している。校舎の外側についていてすぐに空が見えるような構造でなかったら、私は上りもせずに元の場所へ帰っていっただろう。バカにされようがどうしようが、誰かを連れて行く。
「よし、ここが最後、!」
そうして廊下を覗いた瞬間、人の影を見つけた。それは後姿ではあったが、どう考えても鉢屋のもので間違いなかった。
「あ!こんなとこにいた!!」
とっさにドアノブを引いて、鍵が掛かっていたことを思い出す。
「ちょ、もう!鉢屋!鉢屋!!」
扉を控えめに叩いても、鉢屋はこちらを振り返らない。こちらとは反対の方を向きながら、何もせずにどこかを見ている。私のこの呼ぶ声が耳に入っていないわけがないから、恐らく無視されているのだろう。
「はーちーやー!!!」
ガラス部分を割らないように、手で叩く。
「さーぶーろー!!!」
そこでようやく、鉢屋がこちらを向いた。
「あやめ?」
呼ばれたのは、名前だった。それに驚いて一瞬動きが停止する。
「あやめか!」
「え、鉢屋?鉢屋三郎でいいんだよね?」
「当たり前だろう。お前、その年でボケたのか?」
「あっ、紛れもなく鉢屋三郎さんですね!!!」
このクソ生意気な言いようは鉢屋に他ならない。恐らく名前で呼んだのも、鉢屋の気分かなにかだろう。
まあだがとりあえず、私は当たりを引いたのだ。鉢屋にここを開けてもらって、引きずってでも元の場所へ向かおう。
「みんな心配してる。一人で始めないでよ」
「?みんなも来てるのか?」
「はあ?ここで待ち合わせしたのはあんた達でしょ?」
「……そうか、そうだな。うん、あやめもようやくか」
明らかに鉢屋の様子がおかしい。元々人をくったようなところはあったが、こんなに意味が分からない奴ではなかった。
「ちょっと、あんた大丈夫?」
「ああ、何の問題もない。むしろ問題があるのはあやめ、お前じゃないか」
「???」
一体何を話しているんだ。
「あの、話が全然見えない……」
「ああ、そうだ」
私の手は、ドアのガラス部分に当てたままだった。鉢屋はそこに躊躇いもなく手を重ねて、どこか嬉しそうに話を続ける。肌が直接触れ合うことはないのに、電気が走ったような感覚がした。
「下の扉は開けておいたから、そこから入ってこい。もう裏切ったりするなよな」
「ちょ、待って、ここを開けなさいって!鉢屋!?」
訳の分からないことを一方的にしゃべって、非常口のドアから離れていく。何がやりたいんだ。まさかこれは本当に、肝試しの"プラン"なのだろうか。こんなの夜にやったら、冗談じゃなく怖いんだけど。
「鉢屋!!」
ドアから離れていった鉢屋は、どこかを曲がるまでこちらを振り返ることはなかった。
「もー、もーう!なんなのあいつ!!」
逃げられたことが口惜しくて、だんっと足を踏み鳴らす。これは不破に本格的に怒ってもらわなくてはなるまい。
そうと決まれば即行動、だ。非常階段を急いで下りていく。途中のクモの巣は折角なので華麗に回避した。
不破は窓を確認しているはずだ。降りて辺りの校舎を周りを確認しつつ、正面玄関へと向かう。他に四人も居るはずなのに、誰にも会うことなく目的地へ着いてしまった。
「……誰もいない」
しかもそこには誰一人として戻っていなかった。私は一つの非常階段しか調べてないから、そう時間が経っていないのだろう。まだ他の四人は調べている最中なのかもしれない。
まさか私や鉢屋を置いて帰ってしまったりはしていないだろう。そんないじめみたいな肝試し、私は認めない。
そこまで考えてから、ふと、先ほど鉢屋が言っていたことを思い出す。下の扉は開けておいたから、そう言っていた。
恐る恐る手を出して押してみると、扉はあっさりと開く。なんてことだ。でもさすがに一人で校舎の中に入る勇気はない。
少し考えて、やっぱり他の四人を探すことにする。出来れば不破辺りが見つかってくれるといいんだけど。
「まあそううまくいかないっていうのは知ってた」
あっさり見つかったのは竹谷だった。
「はあ?何言ってんだ?それより開いてたところは見つかったのか?」
裏の確認はすぐ終わって、尾浜の方を手伝っていたらしい。どう考えても私のほうが大変でしょうが。こっちを手伝え。
「非常階段上ってったら、校舎の中に鉢屋がいたよ。なんか変だった」
「話したのか?」
「開けてって言ったのに全然話し聞いてくれなくてさ。いつにも増して人の話聞かない感じ。これは不破からお説教コース、」
「何て言ってた?」
「え、えー正面玄関を開けておくって。あと、そう、変っていえば、あいつ私を名前で呼んでて……竹谷?」
じっとこちらを見つめて動かない竹谷に、こいつまでおかしくなったのかと声を掛ける。すると無表情だった顔がゆっくり難しそうなものになって、そうして口を開いた。
「やっぱこれ、肝試しのシミュレーションか?」
「し、知らないよー、そもそもお化け役なしで成立するものなの?」
「しないな。不気味だけど、驚かせる役がいてこそだろ」
「というか、これ鉢屋がシナリオみたいなの考えたのかな。器用っていうか、万能型っていうか」
巻き込まれるほうは御免だが、鉢屋は多才だとは思う。巻き込まれるほうは大迷惑だが。大事なことなので二回言いました。
「……でも三郎のやつ、玄関は開けたって、そう言ったんだな?」
「うん」
「じゃあ行くか。そろそろみんな戻ってきてるだろ」
時計を確認した竹谷は、ごく自然に私の手をとった。
「…………ちょっと、」
「あ?」
「あ、じゃないよ。どうして私が竹谷と手を繋がなくちゃならないわけ?」
「別にいいだろ。手を繋ぐくらい」
こちらの抵抗などお構いなしに手を引かれる。さすがに足を踏ん張ってまでは抗おうとは思えず、不満はあるものの比較的大人しく着いていく。
「お前はこうしてないと、すぐに迷子になるからな」
「ちょっと!いったいいつの話をしてるわけ!?」
小さい頃からの幼馴染には、こういうネタを握られているから本当にやりにくい。
「それにはぐれてぴーぴー泣いてたのは竹谷のほうでしょ!」
「お前が突然いなくなるからだろー」
ぎゅっと握られた手が、少し冷たかった。


...end

安定の竹谷くん
20131122
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