「え、だって頭の大きさが半端ない。あれって人としての等身的なものを凌駕しているよね。あれでどうやって普通に立てているの」
「そんなに冷静に突っ込まないでやってくださいってば」
きり丸くんの肩を軽くゆすりながら、出てくる言葉をそのまま口にしていく。だって絶対にバランス取れないって。そのまま後ろか前に転がるレベルだと思う。
「そしたら妖怪としてしか分類できないよ。ああ、(こっちの世界でも)妖怪って本当に実在したんだ」
「……はあ、あやめさん。あれがドクタケ城の忍者隊首領、」
きり丸くんにため息をつかれ、紹介の前に一呼吸置かれる。
「――冷えたチンゲンサイです」
「マジでか」
「ええい、稗田八方斉だ!人の名前を何度間違えたら気が済む!?」
「どちらにしても……微妙な、いや、別に名前にケチつけるわけじゃないけどさ。おいしくなさそうだね」
私の頭の中では既に「冷えた八宝菜」に漢字変換されている。これは随分覚えやすい。
「冷えたチンゲンサイ……」
「いや、あんた間違って覚えとるぞ。わしは稗田八方斉だと言って……」
「はいじゃあ失礼しまーす」
きり丸くんが強制的に会話を終わらせた。くるりと全員で方向転換して、森の方へと走り出す。私もタイミングこそ少しずれたものの、置いて行かれることはなかった。あちらは不意をつかれたのか、一瞬はこちらを見送る形になったようだ。
その隙に小さく呪文を唱えながら、通り道に妨害魔法を掛けていく。人を遅らせるくらいの代物だから足止めは出来ないだろうが、堂々と魔法を使ってしまうよりは問題ない。
そして魔法を使うには、やはり杖として持っていたほうがいい。私はそう考えて、袖から杖を引き抜いた。
ついでに枝もツタとかそういうものに変えておこう。通り過ぎざまに次々と、この森に影響が出ない程度に掛けていく。
「もうあやめさん何やってるんですか!早くしないと追いつかれますよ!」
「一応ドクタケとはいえ、向こうは一応プロの忍者って名乗っているんですから!」
「ごめんごめ、」
視界から、こちらを気にして走っているはずの三人が消えた。
「え、」
「わあああ、」
「ひえー」
悲鳴を追いかけて顔を上へ向ければ、三人が網に掛かっている。これは、罠だ。
「ちょっとちょっと、冗談でしょっう、わっ」
そして、助けようと上を向いて走った私は、網の下辺りの落とし穴らしきものに見事に落ちた。どうやらこの辺りは罠だらけだったらしい。
「ああ!あやめさーん」
「大丈夫ですかー!!」
「生きてますかー!!」
上のほうで三人組の声が声を掛けてくれるが、こちらはちょっとそれどころじゃなかった。落ちた拍子に杖を手放したらしい。
穴の底には落ちていないし、自分の身体にもくっ付いていない。多分穴に落ちる前に、あの三人の自由を奪っていた網を落とそうとしていたから、杖の方への意識が疎かになっていたのだ。
「じょ、冗談、」
はっと上を見上げるも、この穴はそこそこ深い。私が手を伸ばしても、微妙に縁には届かなかった。少しのジャンプで掴むことも出来るが、正直自分の筋力は分かっている。絶対にずり落ちて怪我をするのが明らかだ。
けれど、ここで助けに手を伸ばしてくれるものなんて、いない。
「あやめさん、ちょっと待ってくださいね。今降りて助けますから!」
「ちょっときり丸。この網を切るもの持ってるの?」
「おれたち忍者の卵だろ。くないや手裏剣のひとつやふたつ……」
きり丸くんと乱太郎くんの話し声が途絶えた。少しして、しんべヱくんが罠に掛かったとは思えないほどのんびりした声で結論を出す。
「持ってなかったねー」
「持ってなかったの!?」
すかさず声を上げてしまったが、それどころではない。こんな穴の中にいつまでもいたら、確実にさっきのドクタケの忍者に捕まってしまう。けれど杖なしでどうやってこの穴から脱出する?
「動物もどき、」
白虎になれば、確実にここから出ることが出来るだろう。だがそうなれば、私と虎が結びつくことは絶対に避けられない。網の罠はすぐ上にあるのだ。目をつぶっていてくれと頼んでも、どうしてと聞かれてしまえば答えに困ってしまう。
しかし迫っているのは忍術学園の敵だ。何故こんなところで出くわしたかは分からないが、捕まればただではすまないかもしれない。
竹谷くんには学園ごと守りたいと言った。静かに暮らして、分かり次第自分の世界へ戻りたいとも言った。子どもの口に、戸は立てられるだろうか。いやでもそれは、大人だって同じようなものだ。
「ああ、もう!考えてたって仕方ないし、問題が起きたら起きた時に考える!そうする!」
私にとって"今"大切なのは、彼らを守ること。そして、竹谷くんへの約束だ。
身体を獣のものへと変化させる。膨れ上がって、穴の中では狭く感じた。とりあえず、怖がられたら怖がられたで後で考えよう。
「えっ、」
「あやめさん!?」
「わああ、あやめさんが食べられたー!!」
少なくとも人間の姿よりは力がある。大変不恰好ではあるが、縁に前足をかけ後ろ足でどうにか穴の壁を蹴り、どうにか脱出に成功した。
上のほうで三人が騒ぎ立てているが、ちょっと放置。だって既に目の前に、例のドクタケ忍者が竦みあがっているのだから。
「な、ななな、なんだあれ!」
「白いお、熊?狼?」
赤紫っぽい忍者服に、何故だか全員サングラスのようなものを掛けている。見えにくくないのだろうか、あれ。
きゃーきゃー怖がっているので睨みつけて唸ってやると、それはもう、一目散に逃げ出した。……そんなに怖いのかな、この姿。今までの人たちには、どちらかというと良い反応しかもらっていなかったから、ちょっとショックである。
「おい、おいこら、どうして逃げるんだ。こっちは探したの……か……」
稗田が出た。逃げていくドクタケ忍者に文句を言いつつこちらを見たのだが、途中で機能停止してしまったようだ。目を見開いて固まっている。
先ほどと同じように唸ってやれば、何故か固まったまま後ろへ倒れた。頭が一番初めに地面へ打ち付けられて、随分痛そうな音がする。
「八方斉のやつ、きっと気絶したんだ」
「頭も倒れて、もう起き上がれないね」
どうしようかと思ったのだが、上の方の会話を聞くに放っておいても問題ないのだろう。気絶しているなら、さっきの仲間が助けに来ないうちに、ここを離れなければ。
「ああっ、八方斉の実況なんかしてる場合じゃない!こら獣!あやめさんをどうした!怪我させてたらただじゃおかない、ただじゃ……ただ!?」
「ちょっときりちゃん、せめて最後まで言い切ってよー」
「揺らさないでー落ちたら食べられちゃう!」
網の下には大きな虎。にも関わらず、随分力が抜けてしまう会話ではある。
ついでにその網を吊る枝が、妙な音を立てていた。これは、……落ちるな。


...end

稗田八方斎のデーター
種類:妖怪、所属:ドクタケ
20131118
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -