「六年生の反応が読みたいです」
了解した!


鉢屋と尾浜くんは肩を組みながら、六年長屋の廊下を歩いていた。後ろから私と不破くんがついていく。本当は竹谷くんも途中まではいたのだが、生物委員の後輩に呼ばれて抜けてしまった。ちなみに久々知くんは、蛙チョコとこれ以上関わりたくないそうなので不参加である。
「いやでもまさか、こんな面白いお菓子があるなんて衝撃ですよ。しかも美味しいし」
「尾浜くんは鉢屋と違って有望だね!」
尾浜くんは蛙チョコをいたく気に入ったようで、箱を手放そうとしない。味も悪くなく、何よりこの姿かたちで動き回るのに食べてしまえるというのがツボらしい。
久々知くんは叫びはしなかったものの決して口にはしなかったが、尾浜くんは不破くんの「甘かったよ?」という言葉に何の躊躇いもなく口に突っ込んだ。ある意味恐ろしい。
ちなみに、竹谷くんは尾浜くんの様子を見て普通に食べていた。ちょっと甘すぎて遠慮したいかなという感想も頂いている。
そして尾浜くんは三匹を平らげた瞬間に、
「先輩方にも食べてもらおう!!」
という力強い提案をしたのだった。それには鉢屋も目を輝かせて賛成。どうやら蛙チョコを食べられる人数が多くて不満だったようだ。
「やっぱり初めは善法寺先輩にお見せするべきだと思うんだ」
これ一択とばかりに二人は六年は組の部屋へと直行していく。私はこの辺りの部屋の配置は分からないので、着いていくだけだ。不破くんは隣りで彼らを止めるべきかそうでないかを悩んでいる。もう少ししたら寝てしまいそうな予感がする。
だが一番初めに遭遇したのは、善法寺くんではなかった。
「お、どうした?」
長めの板を数枚抱えた食満くんである。
「食満先輩!ちょっと見ていただきたいものが!!」
そして順番はあまり気にしないらしい。尾浜くんが物凄く元気良く身を乗り出した。怖いよ。
「ん、ん?まあいいが、ちょっと待っててくれるか」
「あ、もしかして忙しいですか?」
鉢屋がテンションの高い尾浜くんの首根っこを掴んで引いて、私が食満くんに尋ねる。委員会の仕事中に邪魔するのは不味いだろう。
「ああ、いえ、本来なら委員会はなかったはずなんですが……」
食満くんの"穏やかな先輩"の表情が険しくなった。多分この場にいる全員が察する。この板は七松か潮江くんの行動によって、何かが補修しなければならなくなったのだろうと。
「あそこにいるクソ文次郎とバカ小平太の奴が、俺たちの部屋の壁をぶち抜きやがったので」
全員が指差す方を向くも、そこには潮江くんが居るだけだ。恐らく七松は逃げた。もしくは破壊したことに気がついていない。何という暴君。
「文句なら小平太に言え!俺はやってないだろう!!」
「はあ?お前だって間接的な原因になっていただろうが!いつまでとぼけるつもりだ!!!」
ぎゃんぎゃん騒いで胸ぐらを掴みあう二人。こうなると長いんだと善法寺くんが言っていた気がする。
どうする?と視線で尾浜くんに尋ねれば、彼は任せて!と胸を叩いた。いったい何するつもりなんだろう。
「先輩方、客人であるあやめさんの前で暴力で解決するつもりですか?」
「は、」
「うっ、」
尾浜くんの言葉に、何故か二人とも止まった。彼らは妙に年功序列を気にして礼儀正しく接してくれるから、こういう風に言われてしまうと止まらざるを得ないのだろう。しかし自分から手を放すのは嫌らしく、二人とも胸ぐらを掴み合ったままだ。
「でもお二人とも何もせずにというのも物足りないでしょうから、ここはあやめさんがお土産に下さった、精神を鍛える食べ物をどちらが先に口に入れるかで勝負なさったらどうですか?」
尾浜くんの言いように、私と鉢屋は思わず拍手した。これなら彼らの反応をじっくり見ることが出来る。ライバルが目の前に居る手前、さすがに悲鳴は上げないだろうが。
「精神を鍛える、」
「食べ物……だと?」
特に潮江くんは興味深々だ。
「はい。俺も初めは驚いたんですが、なかなか美味しかったですよ!」
私も不破くんも、笑い出さないように口を押さえた。鉢屋は既に肩を震わせているのでアウトだ。
大袈裟ともとれる動きで箱を差し出し、二人を廊下の方へ呼ぶ。尾浜くんなりに逃がさないように考えているのだろう。私も一応杖を構えておく。土の上じゃ三秒ルールは適用されない。
だが尾浜くんの"先に口に入れたほうが"という言い方からして、良いものではないと察したのだろう。二人とも顔を見合わせて、尾浜くんの持つ箱の中を恐る恐る覗き込んだ。
「!?」
「!!」
声にはならなかった。蓋を開けた瞬間飛び出してきた蛙チョコちょうど二匹を、それぞれが捕まえる。さすが忍者の卵。反射神経は素晴らしい。
「……蛙だな」
「ああ、蛙だ」
目が据わっている。その誰が見ても分かる感想ひとことで、彼らがどれほど戸惑っているのかが予測できた。本当に口に入れられるのだろうか。
他の者は決して口を開かない。私も彼らの様子をじっと見つめる。ファミリータイプの蛙チョコ買っておいて、心底良かったと思います!
「これを、食うのか」
「つーか、食えるのか?」
じっとチョコを見つめる潮江くんが怖い。食満くんは尾浜くんに尋ねている。
「大丈夫です。口に入れるまで暴れますけど、美味いですよ!!」
鉢屋が遂に吹き出した。手には一見普通の蛙。それを掴んで見つめる二人。なかなかシュールだ。まさか食べるか食べないかで悩んでいるとは誰も思わないだろう。
だがそこで、ようやく二人が蛙チョコから視線を外した。二人の視線がかち合って、何かけん制しているようにも見える。
「まあ、無理ならかまわねえんだぜ、文次郎」
「はあ?留三郎、お前こそ強がってるんじゃねえだろうな」
既にこの会話からお分かりだろうが、二人とも完全に尻込みしている。箱の中で跳ねているチョコが視界に入っているから、余計に口の中に入れにくいに違いない。
「先輩方、本当に食べられないんですか?」
その様子を眺めていた尾浜くんが横槍を入れた。彼は無類の甘味好きらしいので、チョコレートをお預けというのが実はちょっとつらいのかもしれない。
「な、食べられないって言うか、本当に食えるのかこれは!?」
「そもそもどこでこんなに捕まえてきたんだ!」
二人とも本当に食べたくないようだ。息がぴったりである。隣りで鉢屋が空を見上る。天気が心配らしい。こんなに晴れているのに。
「あのお二方の意見が一致する時は、天気が大荒れになるんだよ。覚えとけ」
「……雨乞い代わり?」
「そう言うとありがたいような気がしてくるから不思議だよな」
鉢屋の真面目くさった表情が面白い。だが隣りの不破くんに裾を引かれて、視線を元へ戻した。
「あやめさん」
「ん?」
戻すとそこには、口をもぐもぐ動かす尾浜くんと呆気に取られる潮江くんに食満くん。どうやら我慢できずに目の前で口に放り込んだようだ。
「お、お、尾浜、お前……」
「先輩方がいつまでたっても踏ん切りをつけないから」
「足、足が出てるぞ……」
「残さず食べますから大丈夫です」
事情を知らない二人が小さく首を振った。多分心の中ではこう思ってる。そういう問題じゃない、と。
しかしここまで拒否反応を示しているのだ。これ以上粘っても無意味だろう。一応ネタばらしをして、次のターゲットへ向かった方がいい。しかし。
「つつしんでしょくのらいゆをたづねてあじののうたんをとわず、」
「くえるくえるくえるくえるくえる」
潮江くんと食満くんの闘争心とかそういうものを、尾浜くんの行動が燃え上がらせたようだった。二人はなにかぶつぶつ唱えた後、手の中で溶け始めた蛙チョコを口の中へと突っ込んだ。
「あ」
蛙チョコレートを頬張っているもの以外の三人の声が重なった。あの鉢屋も口を開けているから、恐らく、食べるとは思っていなかったのだろう。うん、私もだよ。
「あ?」
「ん?」
そうして口の中に入れることが出来れば、待っているのはただの甘いチョコレートだ。何かを唱えるほどに覚悟を決めていた二人は、ひどく混乱した表情で私へ説明を求めるような視線を送ってきた。
「ああ、そのまま食べちゃって大丈夫です。食べ物に魔法が掛かってる、って考えていただければ」
正直に答えれば彼らはがっくりと膝をつき、そのまま動かなくなった。安心したのだろうか。
「まさか本当に口に入れるとは……よし、じゃあ次行くぞ、次!」
鉢屋はそんな二人をおいていく気になっているようだが、私は見てしまった。二人が密かに懐へ手を入れるのを。
不破くんの前に立って防壁魔法を掛け、鉢屋が追いかけられていくのを見るのはなかなか楽しかったです。まる。


...end

こんな変な提案をしたのは鉢屋しかいない!と文次郎と留三郎は鉢屋を追いかけます。尚、尾浜くんはちゃっかりいつの間にか雷蔵の背後に隠れている。
※六年生二人は基本的にあやめに強く出られないようです。
20131114
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -