鉢屋と不破くんのお部屋にお邪魔することになった。お土産は必須だろう。不破くんには無難に可愛らしい甘味を渡すとして、鉢屋には?普通のものじゃ絶対につまらないと文句を言われそうだ。
「そこで私は考えたわけです。これを鉢屋にあげようって」
にこにこしながら小さな箱を鉢屋に差し出す私に、不破くんは苦笑いしていた。多分私の態度が妙なのと、鉢屋自身もいやーな表情をしているからだと思う。
「何を考えて、どうして私にその箱を渡そうとしているのかはさっぱり分からないが、少なくともまともなことではないな?」
「いやいやそんな。一応食べ物だよ。食べ物」
「……くのいちから貰うよりも不安なんだが」
ちょっと真剣に言った鉢屋に、既製品だと箱を押し付けた。お前の為に手作りなんてするわけないだろうと言い足せば、鼻で笑われる。
「私に扱き下ろされるのが怖いのか?」
「いや、どちらかというと、その減らず口が聞けなくなるのが怖いかな」
意図して笑顔は崩さない。その減らず口が聞けなくなるというのが、上手でぐうの音も出ないのか、本気で声すら聞けなくなるという意味合いなのか、どちらでも取れるようにしてやった。狙い通り、鉢屋は口元を引きつらせている。
「魔法使いは(主に失敗例に多いが)鉄さえも溶かす劇薬が作れるんだよ?」
「……お前まさか、八左ヱ門に食わせてないだろうな」
鉢屋が箱を受け取り、おもむろにそれを振ってみせる。中でかたかた音がした。
「ま、それは本当に既製品。不破くんに渡したのもね」
「これ、飴ですか?」
「うん。不破くんはこういう、普通っぽい方がいいかなって思って。味の方はしんべヱくんのお墨付きなので、安心して食べてください」
不破くんには小さな袋で飴を渡してある。以前にきり丸くんにあげたものと同じものだ。これなら不安要素もないだろうし、きっと楽しんでもらえるだろう。
「私も雷蔵と同じものでよかったのに」
後ろで鉢屋が文句を垂れているが、これでも私なりに考えて持ってきたのだ。苦情はその箱の蓋を開けてから言って欲しい。
「鉢屋の方はチョコレートっていう、こっちではそれこそ物凄く珍しいお菓子。珍しいもの好きじゃないの?」
「……いやまあ、確かに好きだが、」
そういいながら、多少気分は上がっているようだった。持ち上げて落とすのは基本である。
不破くんをさり気なく部屋の隅へ避難させる。遠くから見る分には、被害は受けないであろうと思うから。
「え、あやめさん?」
「静かにしずかに」
鉢屋はぱかりと、何の躊躇いもなく箱を開けた。
「!!!!!」
蛙に顔面へ飛びつかれても、さすがに鉢屋は叫んだりはしなかった。
「あれ、あんまり驚かない」
「あやめさん、やることが下級生ですよ……」
不破くんに咎められるが、別に悪戯だけでそれを渡したわけではない。その"蛙チョコレート"はれっきとした、食べられるお菓子なのだから。
「おいあやめ、よくもまあ、こんなに蛙を集めたな」
顔から一匹引き剥がした鉢屋が、怒りに肩を震わせながらこちらへ迫ってきた。
「集めてないよ。セットであったのを買ってあったの。家へのお土産に」
「…………は?」
言われていることが分からなかったらしい。鉢屋は一匹跳んできた瞬間閉めた箱と、手に摘んだ蛙へ交互に視線をやっている。
「ギャグっていうか、受け狙いっていうか、まあ、ネタ的に鉄板かなって」
お菓子の中ではポピュラーで、一番魔法界らしいものだと私は考えている。入学時に本物の蛙だと思ってパニックになったのはいい経験だった。
「だからその蛙、チョコレートなの。普通に食べられるよ」
「じょ、じょうだんを、」
「いや、ほんとほんと。結構美味しいんだって」
真剣に言っているのに鉢屋は信じない。そろそろ摘んだ指に、解けたチョコレートがくっ付く頃じゃないだろうか。
「ば、馬鹿言え!さすがの私もそんなのには騙されないぞ!騙されないからな!!」
封を開けたせいで箱の中で暴れ始めた蛙チョコレートたちに怯え始めた鉢屋は、視線で不破くんに助けを求める。だが不破くんもどうしていいかなんて分からないのだろう。そっと視線を外していた。
「そんな、雷蔵!!」
「だ、だって僕には、それ蛙にしか見えないもの!!」
「そう?甘いにおいしない?」
「す、するけど……あ、ほんとだ」
「騙されてるぞ雷蔵おおお!!」
叫ぶ鉢屋がうるさい。でもさすがに食べ物には見えないのか。勿体ない。美味しいのに。
私は鉢屋の手から蛙チョコレートを取り、そのままなんの躊躇もなく口の中に放り込んだ。初心者は逃げられたりするが、さすがに何年も付き合えばそんなへまは絶対にしない。
「お、おま、ぎゃー!!」
悲鳴を上げて逃げていった鉢屋。よほど驚いたのか、箱を抱えたままだ。
「……口に入れればただのチョコレートだってば」
「か、動いたままの蛙を口に入れるとかお前、お前、」
「だから、ただのチョコレートだって!ほら、指に溶けたチョコレート付いてるでしょ!」
私の言葉に鉢屋は慌てて自分の手を確認し、チョコの付いた指をぎょっとしたように自分から離す。ついでにようやく箱を持っていることを思い出したのか、それも放り出した。
「あやめ、その気味悪いものをさっさとどっかやってくれ!それを食べたお前もさっさと帰れ!」
「……鉢屋なら平気だと思ったんだけどな」
どうやらここまでくるとアウトらしい。蛙チョコレートじゃなくて、百味ビーンズを持って来るべきだったか。
「じゃあこれは持ってかえる。でも、しんべヱくんなら食べられる気がする」
「私の後輩に変なもの食わせようとするな!!」
鉢屋が放り投げた箱を拾い上げる。すると横から、別の腕が伸びてきた。
「不破くん?」
「ちょっと見てみていいですか?」
そう尋ねた不破くんは、私が何か言う前に箱を開け蛙を掴み、そうして口の中に放り込んだ。
「え、」
「は、」
さすがにそれには、私も鉢屋も呆気にとられる。だってまさか、まさかそんな。
「あ、本当だ。美味しい。結構甘いですね。勘ちゃんが喜びそうだなあ」
「ら、ららら、雷蔵!!吐け!吐くんだ!!そんなもの食べちゃいけません!!!」
きゃーっとでも悲鳴を上げそうな表情の鉢屋を不破くんは軽くあしらって笑った。
「あやめさんが食べられるよって食べてくれたのに、食べられるか食べられないかで悩むなんて失礼ですから」
「やだ不破くん男前……」
「そんなところで大雑把とおおらかを発揮するなよおお」
うっかりときめいてしまった。鉢屋は余程ショックだったのか、がっくり沈んでいる。
「これ、八左ヱ門は知ってます?」
「話はしたことあるけど、食べたのは不破くんが初めてかな」
「じゃあ、これは僕が一番最初なんですね」
ふわりとした笑顔にどきりとする。不破くんはチョコの味が気に入ったらしく、私から箱を受け取った。
「勘ちゃんにもあげて大丈夫ですか?」
「う、うん。食べるの嫌がらなければ」
「なら向こうの部屋でお茶にしましょうか。八左ヱ門が来るまで、そこで待ってましょう。お礼にこっちでのおいしいお菓子も出しますよ」
眩しい笑顔で続ける不破くんに、私も釣られて頷いた。こっちでも既に色々食べてはいるが、彼らのお墨付きならきっと美味しいだろう。それに大勢で食べるのが、何よりも楽しい。
「でもまさか、お菓子自体が動くなんて……あやめさんの世界は随分面白いんですね」
「他にもね、食べると耳鼻口から煙が出るやつとか、吸血鬼用の飴とかもあって」
「ふふ、ハチはそんな面白い話を独り占めしてたんですか?――ほら三郎、何してるの、置いてくよ」
穏やかに笑う不破くんは、私たちのやり取りを呆気にとられて見ていた鉢屋を呼んだ。あれだけ騒いで気まずい鉢屋を、ごく自然に、普通に。
「……行く」
それが分かっているのか鉢屋は小さく返事をして不破くんの隣りへ並び、彼の持つ箱を奪い取った。
「私は食べないからな!でも八左ヱ門の口には突っ込む!!」
「兵助も嫌がりそうだなあ」
「いっそ私と不破くんで、何も説明せずにむしゃむしゃしてみる?」
「悪戯も楽しそうかも」
意気投合した不破くんと私に、鉢屋は大袈裟に首を振って止めた。
「止めろ、多分逃げられる。私も蛙の足を口から出してる雷蔵は見たくない……」
本当にげっそりしている鉢屋に、私たちは思わず吹き出した。


...end

尾浜「わははは、何これ面白い。その上甘くて美味しい!!三郎も食ってみろって」
鉢屋「ぎゃー!!二匹も口に入れんな!やめろ!こっちくんな!!!」
あやめ「不破くん、食べる前に引き千切るのはちょっと……」
不破「でも動かなくなるから、これなら兵助でも味見できない?」
久々知「動いてるの見ちゃってるとなあ」
途中参加の竹谷「あやめさん、これ一体どういう状況なんですか??」

ドン引き組:仙蔵、伊作、鉢屋、兵助
挑戦する組:長次、雷蔵、竹谷
強がって食べざるを得なくなる組:留三郎、文次郎
面白がって食べる組:小平太、尾浜
20131013
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