慣れた町の中を、慣れた足取りで歩いている時だった。ちなみに、私が普段着ているのは袴である。なんたって動きやすいから。
さて話を戻そう。昼間から女将さんからお使いを頼まれて、歩いている途中のこと。私は遭遇してしまったのである。美人さんに数人の柄の悪いお兄さんが絡んでいる現場に。
「あ、あーあーなんとまあ」
うっかりそう言葉が出てしまったのは仕方ない。他の道行く人は、関わりたくないのか避けてしまっているし、絡まれている美人さんは困っていた。
竹谷くんの言っていた通り、危ないことに首を突っ込むべきではないだろうが……。流石にこれを見て見ぬ振りをしてしまったら、それこそ後味が悪い。
だが確かに目立ちたくはない。けれどあの人数相手に、魔法なしで立ち向かえるとも思えなかった。かといって無言呪文なんて高度なことは無理だ。そうなると、あらかじめ呪文を掛けた上で突っかかるしかないだろうか。
どこからともなく鏡を取り出して、こっそりと杖で叩く。
「護れ、返せ、返せ」
何度かオリジナルの呪文を掛ける。盾の呪文は保険だ。うまくいけば、この鏡にかかった衝撃がそのまま相手に返ってくれる。実験では弱い攻撃魔法は跳ね返してくれたし、素手の攻撃なら問題ないだろう。
準備はよし、さて行こうか。
「すみません」
声を掛ければ、絡んでいるお兄さんたち絡まれている美人さん全員がこちらへ注目した。こうやって視線を集めるのは慣れない。ほら、魔法使いって比較的隠れているものだし。はいすみません。チキンなだけです。
「なんだ、にいちゃ……いや、お譲ちゃんか?」
「……どっちでもいいですけど、その人嫌がってますよ。放してあげませんか」
お兄さん方の言い方に少しカチンときたが、そこは冷静に返す。だって大人ですから。
すると男たちは美人さんを囲んだまま顔を見合わせて、大きく噴出した。
「また随分豪快だなあ、なんだい、あんたが代わりに相手してくれるってのかい」
「遊んでくれるってんならあんたでもかまわないぜ。ちょっと落ちるがな」
何がだ。顔のレベルか。確かに美人さんはすごく綺麗だけど。同じ人間かってくらい綺麗だけど。
実はこの上着の袖の内側、腕に沿って杖が仕込んである。呪文で少し小さくしてあるからそう目立たないが、杖は仕込んであるのだ。だからさっきも、人目につかず杖で鏡に呪文を掛けられた。
よし、落ち着いた。怒らないよ。だって大人だもん。鏡にもう一度杖を当てる。
「倍に返せ」
「ああ?っぐ」
私の呪文に男の一人が反応した瞬間、美人さんが動いた。なんと驚いたことに、こぶしを男の腹に叩き込んだのだ。着物で動きにくいだろうに、その腕捌きは素晴らしいものである。
その瞬間私は男たちの中に飛び込んで、美人さんの腕を掴んで引っ張った。
受身だった女性の突然の攻撃と、私の予想外な動きに呆気にとられたらしい。あっさりと美人さんは私に引き寄せられる。男たちも驚いていたが、女性もびっくりしていた。ええ、私も自分の行動力にびっくりです。
盾の呪文の効果があるため、美人さんを後ろに隠すように立つ。彼女の方が背が大きいから、隠すというより庇うだろうか。
頭に血が上ったらしい男が飛びかかろうとした瞬間に、小声で呪文を放った。ちなみに、滑るやつを。
「ぎゃっ」
男は足を取られたのだろう。何もない地面で盛大にすっ転び、頭を強打した。ざまあみろ。
「行きましょう」
さあこれからだかかってこいやと気合を入れると、今度は腕を引っ張られた。え、と考える間もなく、見た目より力強い力で引きずられる。美人さんだ。
「多勢に無勢です。行きましょう」
「え、あ、ちょ、あ、妨害せよ」
まさかの展開に、振り向いて呪文をひとつ。これくらいなら効果は見た目ではほとんど分からないし、問題ないだろう。掛けられた男たちは身体が動かなくて、それこそ大変な思いをすると思うが。自業自得だ。



ところでこの美人さんは、どうしてこんなに息切れしていないんでしょうか。
「ごほ、」
「大丈夫ですか?」
結構な距離を手を引いて走らされたせいで、私の呼吸は絶え絶えだ。しかし美人さんはなんともないようで、私の心配すらしてくれる。なんだこの差は。これが現代っ子の基礎体力の低下というやつか。
「い、いえ、大丈夫とは言いがたい、ですが、平気です」
心の中で密かに決心する。マラソンでもして体力をつけよう。
「そ、それより、あなたは、大丈夫ですか?怪我とか、こほ、してません?」
こんなゼイゼイしているやつが言うことではないだろうが、私の目的は美人さんを助けることだった。これくらいは聞いておくべきだ。
すると彼女は目を少し見開いた後、少し嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。私は大丈夫」
笑顔も綺麗である。これじゃあ強引なナンパだってしたくなる。しちゃいけないけど。
「よ、良かったです。はー」
呼吸を落ち着けるために大きく息を吐くと、美人さんはまた小さく笑った。裾で口元を隠す辺り、もうなんというか、私が同じ女ですみませんと土下座したくなる。
「ふふ、お名前をお聞きしてもよろしいですか?私は立花仙子と申します」
「あ、はい、これはご丁寧に。私は桐野あやめといいます」
あやめさんですね、と繰り返す立花仙子さんは眩しい。
「あやめさん、よろしければこの後お茶でもどうですか?助けていただいたお礼に」
「え、いいですよ。私ほとんどなにもしていませんから……」
断ったら立花仙子さんの表情が曇った。なんてことだ。
「いや、確かに走ったせいで喉も渇きましたし、お茶でも飲みましょうか!」
美人の頼みなんて、断れるわけないのである。


...end

女装実習中の仙蔵に遭遇
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