ぼすっという音と共に、自分の身体が何かに埋まる。衝撃も痛みも思ったよりも少なくて、目を閉じたまま眉間にしわを寄せた。
「……なんか、青くさい」
恐らく穴であろう中で体勢を整え、そっと目を開けた。暗くてよく分からないが、何かが敷き詰められていたらしい。
その一つを引っこ抜いて、上からの光に当てようとしたのだが、それは叶わなかった。
「桐野さん!」
上から誰かが覗き込んできたのだ。
「……潮江くん?」
「そうです。大丈夫ですか?」
「大丈夫、なんかクッションになってて……」
そんなに深くはないようだ。私の身長より少し深いくらいだろうか。立って人に手を伸ばしてもらえば、脱出できそうなレベル。
「良かった。届きますか?」
躊躇いもなく差し出された腕に、こちらもすぐさま手を伸ばす。掴んでから体重のことを思い出すが、こちらが驚くくらい簡単に引き上げてもらってしまった。……七松に。
「!!」
明るい場所に出た瞬間にそれが分かっても、掴まれたままでは逃げることなんて不可能だ。じっと見られたまま固まっていると、足の辺りを軽く叩かれる。
「ん?」
「あやめさん、いっぱい花びら付いてますよ」
黒木くんだった。言われた気が付いたが、確かに花びらが付いている。
「あれ、ほんとだ……」
「前も凄いな」
七松に掴まれていない方の手で腕の辺りを払うと、誰かに額辺りを払われた。驚いて顔を前に向ければ、それは七松の手で。
「別に捕って食ったりはしないぞ」
髪についているであろう花びらを、ぽいぽい捨てられる。しかしなんでこんなことに。
「落とし穴のそこに、花が仕込んであったんですね」
穴を覗き込んだ潮江くんが、そう言って何かを差し出した。花だ。白、黄色、淡い桃色。見ただけでは種類は分からなかった。
「随分凝ったことするんだね」
純粋に感心する。落ちたことは怖かったし、まあ一言で表せば迷惑ではあったが、普通の落とし穴だったらこんなものでは済まなかっただろう。
「普通はあって枯れ草程度ですが……」
ふと、潮江くんが言葉の途中で私を凝視した。そうして一拍置いて、その手の中の花を穴の中へと戻す。
「恐らく気まぐれでしょう。どこか挫いたりは」
「あ、大丈夫。ないです」
「小平太、そろそろ手を放せ。長次も……これで返却だ」
素早く行われる行動。興味からか穴を覗き込んでいた黒木くんを抱え上げて、潮江くんは最後に二人に言った。
「この穴は用具委員会に頼んでおくから、お前らも早く戻れ」
それは随分彼らしくない言動だったようだ。中在家さんと七松の表情が、妙なものを見る眼になっている。
「……なんだ」
「いや、……なんでもない」
たっぷり溜めたその言葉は、絶対に「なんでもない」なんて思っていなかった。


...end

身を守るための魔法は"無意識"である。




文次郎とあやめ、庄左ヱ門が食堂へ向かった後、長次はおもむろに穴の中へ入って行った。小平太も気になるらしく、そこから離れることなくその様子を見ている。
「なあなあ、下どうなってる?」
返事はなかった。
「長次、どうした?」
それでも言葉は返ってこない。小平太は焦れて、そっと穴の中を覗き込んだ。するとそこには、その穴の底にしゃがんだままの長次がいる。
「どうした。なんか見つけたのか?」
「……小平太、」
声と共に立ち上がり、小平他の差し出されたのは花だった。普通に野に生えているような、綺麗な花。少し小ぶりなために売り物には出来ないだろうが、それでもしおりくらいにはなるかもしれない。
「おかしいと思わないか」
「ん?」
穴から出てきた長次の手には、花が握られていた。先ほどあやめの身体に張り付いていた花びらと、おそらく同じもの。
「これが、穴の底に"生えて"いた」
「……まさか、そんなことがあるわけないだろ」
だってこの穴は罠だ。人が掘って、土をかぶせて作った人工的なもの。中には太陽の日差しだって届かない。
「それにしたって、土の乾き具合を見れば、この罠は時間が経ち過ぎている。誰かが花を敷き詰めていたとしても、こんな状態であるはずがない」
花びらは綺麗なままで、葉の先立って枯れた様子もない。まるで穴の底に初めから生えていたみたいに。
「……長次は、どう考えているんだ」
小平太の問いかけに、長次は口を開いて、閉じた。彼自身、その考えを信じることが出来ていないのだろう。
「小平太は、一番初めにあやめさんに会ったときのことを覚えているか」
「んー、あんま覚えてない」
「そのとき小平太は、"会ったことがある気がする"と言っていた」
「よく覚えてるなあ」
感心する小平太に、長次は花を手渡した。
「今から私は、変なことを言う。それは笑ってくれて構わない。だが、おかしなところで辻褄が合うのも確かだ」
随分遠まわしな言い方だと小平太は思った。長次が、回りくどいことを好まない小平太に告げるにしてはかなり珍しい。


「"シロ"と"あやめさん"は、繋がっているんじゃないか?」


少しだけ、間が開いた。
「……わ、はははは、何言ってるんだ長次。それはさすがにぶっ飛びすぎて、」
笑う途中で、小平太が止まる。
シロとあやめと仲が良い竹谷。人間に興味を持ちそうにない伊賀崎。鉢屋と不破の、猛獣である虎への対応。少し浮世離れしたあやめの雰囲気。長次の考えを肯定すれば、色々なことが繋がるのだ。
「ぶっ飛びすぎて……あれ?」
「恐らく、学園長は知っておられる。そうでなければ、あのタイミングで"思いつき"などなさるはずがない」
「え、え??」
小平太の視線は、手の中の花とあやめが向かった食堂への方向を行ったり来たりしている。さすがにこの「仮定」を飲み込むのは容易くない。
だが長次には、どこかに確信があった。だから竹谷は関わらせたがらなかったのだ。きっと"あやめさん"は取り繕うことが出来なくなる、と。
「……それでも少し、突飛過ぎたか」
今にも頭を抱えそうな小平太に、彼に話すのは早かったかもしれないと長次は思った。
20130923
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