校舎から出ると、そこには善法寺くんや立花くんと同じ色の制服を着た男の子がいた。いや、男の子?どちらかというと、もう十分大人に見える。
目の下の隈とその鋭い視線に、思わず一歩下がってしまった。
「潮江先輩」
黒木くんが普通に話し掛けるということは、やはりこの学園の六年生か。ならば年齢は十五歳のはずなんだけど、ちょっとそうは見えない。中在家さんといい立花くんといい、この学園の生徒は随分大人びている。
「ああ、庄左ヱ門か。……そちらの方は、」
「桐野あやめさんです」
潮江くんの視線がしっかりと私へ向いた。そうして軽く頭を下げられる。
今までの経験から、絶対に警戒されて軽くあしらわれると身構えた。何を言われても普通に返すぞ。傷付いたりしないぞ。
「私は潮江文次郎です。こちらにはどういった御用で」
普通に名乗られた。
「はい、あの、山本シナ先生に商品を売りに来て欲しいと頼まれまして。その、帰りです」
「……そうですか」
「あやめさんはこれからきり丸と約束があるんです。でも門までの道のりが分からないから、ぼくが案内しています」
「そうか。客人に失礼がないようにな」
「はいっ!」
私の言葉に黒木くんが付け足して、それに潮江くんがなんでもないように返す。一年生が居るからあからさまには言われないのだろうか。それともまさか、本当になんとも思っていないとか?
「でもきり丸なら、さっき土井先生の部屋へ入っていったのを見たぞ」
「はい。あやめさんが来る少し前にきり丸が呼ばれたので、すれ違いになってて」
ふと思い出したように潮江くんが言って、黒木くんが答える。でも時間を指定していなかったのは私だから、最低限のフォローはしておこう。
「あ、私のシナ先生の用事がいつ終わるか分からなかったので、そのせいです」
「なら、教室でお待ちになっていた方が良かったのでは」
「え、」
「いえ、庄左ヱ門が案内を請け負っているということは、先ほどまで教室の方にいたということですよね。きり丸なら用事が終われば教室へ戻るでしょうし、その方が……」
潮江くんの言うことは尤もなのだけど、それは学園の関係者の場合だけだ。私としては緊張しながらいたい場所ではないし、どちらかというと門の辺りで大人しくして、無害であると主張していたい。
「えー、用事が終わればすぐにでも帰りますし、きり丸くんともバイト関係のことで少し話す程度だと思うので」
「アルバイト……」
潮江くんの表情が、少し変わった。私にも分かるような変化に、黒木くんもきょとんとしている。
「潮江先輩?」
「ああ、いや、なんでもねえ」
黒木くんの怪訝そうな問いかけにすぐさま首を振って、改めて私に向き直った。今度こそ何か言われるのかと身構えるが、それは杞憂だったらしい。
「もしよろしければ、食堂辺りでお待ちになったらどうでしょう。あそこなら生徒や先生でなくとも利用している者はおりますから」
少し話す程度と言ったにも関わらず、ぐいぐい押してくる。これ以上断っても怪しいだろうか。それに潮江くんの言い方を考えるに、私がどうして校舎から出てきたのか理解している風だ。
「でもきり丸くんには門の前でと伝えてもらっていますし」
「そうですね……もしよろしければ、こちらで言伝の変更を伝えましょうか」
「え、いや、そこまでやっていただくのは」
提示された案を慌てて退ける。疑われるのは嫌だが、ここまで丁寧な対応をされても居心地が悪い。
「しかし、きり丸の用事はいつまで掛かるか分かりません。門のところで立っているよりは、視線にも晒されないと思いますが」
「あー、」
思わず唸る。これは誘いどおりに食堂へ行ったほうがいいのだろうか。隣りの黒木くんはそれに賛成らしく、早く行きましょうと手を引かれた。
「なら庄左ヱ門、案内しろ。俺はは組にそれを伝えてくるから」
こちらの迷いを読み取られて押し切られた。隈は怖いがいい人だ。私はその提案に乗ることにして、しっかり頭を下げる。
「すみません。ご迷惑おかけします」
「いえ、こちらが言い出したことですか、らっ!」
話の途中で潮江くんが素早く動いた。きん、という金属音がして、背中に庇われるのを何の反応も出来ずにぽかんとしてしまう。
「長次!いきなりなんだ!!」
「何か飛んできたみたいです」
大きな声にびっくりするが、そこはすかさず黒木くんがフォローに入ってくれた。おおう、冷静だな。
感心しつつその小さな手の示す方向を見れば、そこには縄を構えた中在家さんがいた。相変わらず強面である。しかもその表情は、お世辞にも穏やかとは言えない笑顔が浮かんでいる。
「……えっと」
「中在家長次先輩です。怒ると笑うんですよ」
黒木くんはこっそり教えてくれたが、私はちょっとそれどころではなかった。ここではとても重要なことだと思う。
即ち、私は中在家さんと人のままで会ったことがあるか。
虎でお世話になった覚えはある。撫でてもらったし、恐らく相当気に入ってももらえた。でも人の、あやめでは?……これはまずい。本気でリストとか作っておいた方がいい気がしてきたぞ。
「客人がいるのは見えただろう。命中率はいいとはいえ、危ないことはするんじゃねえ!」
「もそもそもそ」
ここから中在家さんの言葉は聞こえない。だが潮江くんはしっかり聞き取っているようだ。
「うっ、まあ、それは俺が悪いけどな……」
「もそもそもそもそ」
「分かってる。大丈夫だ、絶対に返却する」
「もそもそ」
「無くしてなんかいない!」
だがなんというか。中在家さんの言葉が聞き取れない私には、なかなかシュールな絵に見える。しかも問答無用らしく、言葉の応酬最中にも金属音がした。
「これは、一体……」
「恐らくですけど、潮江先輩が図書室の本の返却期限を破ったんだと思います。中在家先輩は図書委員長ですから、返却の催促ですね」
「へえ」
「ちなみに、中在家先輩が投げておられるのは縄ひょうです」
「……全然分からない」
何をしているのかさっぱり。多分潮江くんが、こちらに被害が出ないようにしてくれているのだろう。
「ふへ、ふへへへ」
「ああもう分かった!そこまで言うならすぐここに持ってくるから、いったん落ち着け!!」
どうやら話はついたらしい。二人の動きが止まって、私と黒木くんはようやく肩の力を抜く。
すると潮江くんはくるりとこちらを向いた。
「すみません。大変申し訳ないんですが、所用が出来たので少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
ものすごく丁寧な物言いに、言葉が詰まる。ここまで敬われるような人物ではないのだから、当然だと思う。そこ、小心者って言うな。
「もうホント、私がしてもらう立場なんでそんな風に謝られることなんて」
「すぐに戻ってきますから……長次!ちょっと待ってろ!!」
潮江くんが文字通り消える。まさに忍者と表現するのに相応しい動きに、ちょっと感動してしまった。
「忍者だ……」
「厳密に言えば忍者の卵、ですけどね」


...end

丁寧な文次郎気持ち悪い
20130916
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