シナ先生はくるりとその場で回ってみせると、瞬く間におばあさんの姿になった。目にするのは二度目だが、凄い。一体どうやっているのだろう。
思わず拍手すると、シナ先生はおばあちゃんのままでも可愛らしく微笑んだ。
「今日はありがとうございました。くのたまたちもきっと喜んでるわ。今度はお茶でも飲みましょうね」
「はい、こちらこそありがとうございました」
シナ先生の姿が見えなくなって、私はようやく肩の力を抜いた。大人ってやっぱり緊張する。忍者だから余計なのかもしれないが、観察されているように感じてしまってどきどきするというか何というか。
「はー、」
「あやめさんお疲れですね。くのいち教室に行ってたって、本当ですか?」
乱太郎くんがため息をつく私を見かねて声を掛けてくれた。
「うん。ちょっと商品をね……なんか凄く疲れた。突然罠とか発動するんだもん」
「罠ですかー」
その乱太郎くんの表情を見るに、何かしら経験したことがあるようだ。
「きり丸くんはどれくらいで帰ってくるか分かる?」
とりあえず、ここに立ち尽くしているのは問題だ。早めにこの校舎から出て、そこできり丸くんを待つことにしよう。
「えっと、どういうことで呼び出されたか分からないので、どれくらいかまでは……でも委員会はないはずですから、遅くはならないと思います」
「そっか」
やはり早急にここから離脱する。
「あ、あやめさんだ」
そう決意した瞬間、教室から一人の男の子が顔を出した。確か、学級委員長の黒木くん。すると何故か、ぞくぞくと子どもの顔が教室から覗いてくる。
「こんなところでどうしたんですか?」
だが今回は、質問するのは黒木くんのみらしい。それに少し安心しながら、その問いに答える。
「ちょっとシナ先生に用事があって。で、帰る前にきり丸くんと約束があったから、ここに連れてきてもらったの」
「シナ先生ともお知り合いだったんですね。あ、そうだ。あの、この間の怪我は大丈夫でしたか?」
少し考えてしまった。怪我なんてこちらに来てから結構している気がするので、どこの、と言ってもらわないとすぐに出てこない。別に忘れっぽいわけじゃないんだからね!!
「あ、頭のか!大丈夫大丈夫、あれただのコブだったわけだし」
「……あやめさん、結構怪我してますもんね」
保健委員の乱太郎くんに言われてしまった。でも足と腕くらいじゃないかな。ここで治療したのは。
「怪我はタイミングだからね。私は痛いの嫌いだから、これでも気をつけているほうなんだけど」
「それでも、もっと気をつけてください。……ところで、肩の怪我は治ったんですか?」
さすがというかなんというか。乱太郎くんは数馬くんと同じことを尋ねてきた。これは保健委員ならではなんだろうか。これで伊作くんにも聞かれたら、学園内では特に怪我に気をつけようと思う。
「治ったよ。大丈夫」
「そうですか、良かった」
ほっと頬を緩ませる乱太郎くんを、思わず撫でた。可愛い。心配する子ども本当に可愛い。
「何するんですかぁ!」
「心配してくれたお礼ー」
思う存分撫でていると、なんだか本当に先輩にでもなった気分だ。
「あ、そうだ。ね、乱太郎くんか黒木くん、きり丸くんが来るまでこの教室に居る?」
「わたしは掃除当番なので」
「あ、はい」
乱太郎くん、黒木くんと答えてくれたので、きり丸くんへ一つ伝言を頼むことにする。
「門の近くで待ってるって伝えておいてくれるかな。部外者がずっとここにいるのも妙なもんでしょう」
「特にそうは思いませんけど……あやめさん、ここから門までの道順分かります?」
「うっ」
鋭い指摘に目をそらせた。正直一人で門まで行くのは危ういが、校舎は出ていたい。この前虎でいる時に、五年の久々知くんと尾浜くんが天井裏へ一瞬で上っていったのを見て、彼らがそこに潜んでいる可能性がないとは言い切れないことに気がついてしまったのだ。そこから観察されるのは、ちょっと遠慮したい。
すると少しだけ考え込んだ黒木くんが、控えめに手を上げた。
「なら、ぼくが案内します」
「……いいの?」
その提案は断れなかった。だって一人で向かえば、絶対に迷子になるのは目に見えている。
「はい!」
元気のいい黒木くんの返事に、私はよろしくお願いしますと頭を下げた。
乱太郎くんに手を振って別れ、黒木くんと会話しながら外へと向かう。途中で一年生の制服の子たちとすれ違うが、彼らは特に気にすることなく挨拶をくれる。疑うことをしないのか、それとも黒木くん効果か。私としては大助かりである。出来れば上級生にも効くといいんだけど。
「そういえばあやめさんは、鉢屋先輩とも仲がよろしいんですか?」
「えっ、鉢屋と私が仲がいいなんて、誰が言ったの?」
突然の黒木くんの質問に、思わず勢いよく聞き返してしまった。だってまさかそんなこと言われるなんて思いもしなかった。そもそも仲がいいなんて、一体誰がそんな勘違いをしているんだ。
「いえ、鉢屋先輩と尾浜先輩が話しているのを聞いて、ぼくがそう思ったんです。違うんですか?」
素直に首を傾げられる。それを否定するのは心苦しいが、私と鉢屋は別に仲が良いわけではない。それなら不破くんの方を友人といったほうがしっくりくるだろう。
「仲はそんなによくないよ。鉢屋は私に関してはいい加減だし、私も結構やりかえすから」
猫(虎)パンチとかパンチとかパンチとか。
だが黒木くんは納得いかなかったらしい。じっとこちらを見て、そうしてひとこと。
「でもお二人とも、呼び捨てでお互い呼んでいますよね」
「ああ、ああー」
そこか。確かに一番仲がいいはずの竹谷くんだって、未だくんやさん付きで呼んでいた。でもそれは、今更変えるタイミングが見つからないというかなんというか。
「鉢屋が呼び捨てなのは、お互いに意味がないって悟っただけなんだけど」
「それだけ仲がいいってことではないんですか?」
「ちょ、ちょっと違うかなあ……というか黒木くんは、一体何を聞いたの?」
話が平行線になりそうで、別の質問をぶつけることにする。すると黒木くんは少し考えてから口を開いた。
「えっと、あやめさんがどんな人かとか。無茶はしてやるなとか」
「……尾浜くんと?」
「?はい」
これは非常に嫌な予感がする。無茶はしてやるなって、どういう意味だろう。少なくとも尾浜くんは私にいい印象を持っていないだろうから、良い方向でないことは確実だ。
「……そっか」
この辺りはどうにかして竹谷くんに相談、は不味いか。さすがにこれ以上心労を増やしたくない。なら鉢屋か。一番知っていそうだし。
逃げないでここで暮らしていけたらと決心しても、自分に被害が及ぶならば別だ。私は出来る限り何事もなく過ごして暮らしたいタイプだし、怪我をしてもそればかりは魔法で治すことが出来ない。
けれど、この時代の、本物の忍者を相手にするならこれくらい覚悟しなければならないのだろう。今更だけど、本当、大変だ。


...end

庄ちゃんを膝に乗せたまま、ワザとそんな話をする鉢屋氏。こっちもシナ先生と似たような考え方。
20130912
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