「あ、数馬くん」
「山本先生、あやめさん!?え、三之助連れて何していらっしゃるんですか……?」
次屋くんを送っている途中で出会ったのは、三反田数馬くんだった。三反田が言いづらくて呼び方が名前に落ち着いた数馬くん。
その数馬くんはこのメンバーを大変不思議に感じたらしい。うん、私もそう思う。現にここに来るまでに遭遇した何人かはガン見しながらすれ違い、すれ違った後にもう一度振り向くという状態でな。
「くのいち教室へ向かう途中で次屋くんと会ってね。そこから彼が帰れるとは思えなかったから、連れてきたの」
山本先生はにこやかに説明して、次屋くんの背をぐっと押す。
「三反田くん、富松くんか教室へ、連れて行ってもらってもいいかしら?」
ああ、丸投げるんですね。そう思っても口には出さない。それに次屋くんの様子を見ているに、数馬くんに任されたほうが彼自身も安心するだろう。
持っていた袖を放して、数馬くんが次屋くんの手を握るのを確認する。そのしっかりとした握り方に、今までの様子が想像できてしまうのが悲しい。多分簡単に繋いだだけじゃ、すぐにどこか行ってしまうんだろうな。
「よろしくお願いね」
にっこり綺麗に微笑んだ山本先生に数馬くんは慌てて頷いた。そうして少し考える素振りをして、思いもよらない行動に出た。
「あやめさん!」
がしっと、次屋くんと繋いでいないほうの手で、私の腕を掴んだのだ。
「おわっ」
突然のことに、全く女の子らしくない声が出てしまった。掴まれていない方の手で口を覆うが、出てしまった声が戻ってくるはずがない。そっとシナ先生を見れば、苦笑いしていた。うわああああ恥ずかしい。
「あ、すみません」
数馬くんはそんな私の様子にすぐさま手を放すと、視線を下へと向けた。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
ちょっと心配になる。私は怖がられるようなことをした覚えはないし、そもそもこんな風に呼び止められる覚えもないわけだが。
「その、今更って思われるかもしれないですけど」
「ん?」
「か、肩の怪我は大丈夫でしたか!?」
数馬くんの視線が上げられて肩へと向かう。一瞬何のことかと目を泳がせるが、そうだ。動物もどきが竹谷くんと孫兵くんにばれた時の。
「一度実習の時にお世話になっていたのに、その時はそれどころじゃなくて……帰った後に、どうだったかなって気になってたんです」
「大丈夫。心配してくれてありがとう。ほら、見ての通り、全然、大丈夫!」
怪我していたほうをぐるぐる回してみせる。癒しの呪文の効果も多少あったし、怪我自体は早めに治っていた。傷あとが全くないです!とまではいかなかったが、あの程度なら目立たないし、何より魔法薬で何とかなるだろう。痕があることは絶対に竹谷くんにばれてはならないと思っている。絶対に。
「……あ、痕は?」
きた。善法寺くんが痕に残るかもしれないだの何だのとずっと言っていたせいで、数馬くんも気にするようになってしまった。
「それも平気。なんなら見てみる?」
何事もないように。自分にもそう思い込ませて、私はそんな嘘を吐く。元の世界に戻れば簡単に治るものを、わざわざ心配掛けるようなことは言いたくなかった。
冗談交じりに答えれば、数馬くんは顔を真っ赤にした。そうしてこれでもかというくらい首を横に振る。そこまで拒否されると、逆に悲しくなるのはどうしてだろう。あくまで冗談なのに。
「もうっもうっ、ふざけないでくださいってば!」
「ご、ごめんごめん」
「ぼくは真面目に心配してっ」
「もったいねーの。見せてもらえばいーのに」
「え、」
「はい?」
数馬くんと私は、同時に声のしたほうを向いた。そこには照れるでもなく、ごく普通の表情の次屋くん。ちょっと待て。今君なんて言った?
「だから、見せてもらえばいーのにってぶっ」
数馬くんが恐らく懇親の力で突っ込んだ。しかも無言のままだから、結構マジだったと思う。仕留める的な意味で。
「すみません。山本先生、三之助のこと送ってくださって、本当にありがとうございました。あの、あと、富松作兵衛が、あやめさんにお礼をって」
次屋くんを強制的に黙らせた数馬くんは、しっかりと頭を下げて礼をする。忍たまの子たちって、基本的に礼儀正しい。だからこちらも余計に気に掛けたくなるのだけれど。
「あれなら孫兵くんに十分お礼してもらったから、変わりに彼に言ってあげて。私のほうはもう十分です」
「作兵衛に伝えておきます」
もう一度頭を下げて、次屋くんを半分引きずって行った。数馬くん、実は怖いな。あんまり変な冗談は自重しておこう。自分の身の為に。
「……あやめさんは」
はっとして振り返れば、そこには微笑んだままの山本シナ先生。
「思った以上に学園の生徒と関わりがあるのね」
少し細められた目に、心臓の辺りが跳ねる。今のところ優しげな視線ではあるけれど、それはあくまで私がそう感じているだけだ。彼女が本当に「ほほえましく」見ているとは限らない。
何といっても私は、違う世界から来たとかいっている正体不明の超人だ。可愛い生徒達がそんなものと知らぬ場所で関わっているのを、快く見ていられるわけもなかった。
「あ、」
「待って、違うわ。関わるのが悪いとか、そういう意味じゃないの」
そっと肩を掴まれる。そうしてしっかりと視線を合わせられた。
「私たちにとって、あなたの存在は異質なの。でも異質なものって、互いに歩み寄ることなく、遠ざけようとするものばかりだから」
異質なのは私自身も理解している。でも魔法と言う力を抜けば、ただの人間と同じなのだ。
「私も少し、その、戸惑っているんだと思う。どうやってお付き合いしていくべきか」
シナ先生が困ったように微笑んでいる。どう付き合っていくべきかなんて、これから先を考えれば一目瞭然。
私はいつか、この世界からいなくなる。その際に記憶も思いでも全部持っていくかは分からないが、いなくなることだけは確かなのだ。
――けれど、関わらないなんて無理。私には既に大切な人たちが出来てしまっているし、守ると約束もしてしまった。その約束を反故するなんて、絶対にしたくない。
「……普通に、普通の人と同じで、大丈夫です。竹谷くんから聞いているとは思いますが、私は本当に、ただの人と変わらないんです。少し"才能"があるだけで」
シナ先生は黙って聞いてくれている。
「人を好きになることもあれば、嫌いになることもあります。勿論私にも、それは言えることです」
尾浜くんは、私にあまりいい印象を抱いていなかったようだし。嫌われるのは嫌だが、こればかりは仕方がない。
「きっとこの世界にいる限り、私はこの学園の生徒と関わりを持つことになると思います。一人で過ごすのは無理があるし、今更新しい場所で関係を作ろうとも思えない」
それに。
「そもそも、動物もどきを受け入れてくれる場所があるとも思えない」
実は既に、この会話には呪文を張ってある。たとえ天井から聞き耳を立てていたとしても、天気の話をしているようにしか聞こえないだろう。こんな話をほいほいするほど、能天気なわけではないのだ。
「ごめんなさいね。そんな話をさせてしまって」
「?」
「寂しいって、顔をしてる」
シナ先生は、そっと私の頭を撫でた。


寂しいなんて当然だ。私の力を本当の意味で理解してくれる人は、この世界にいないのだから。
――そう、竹谷くんでさえも。

...end

実は山本シナ先生もどうしていいか悩んでいたという話。あやめを敵にする可能性を低くするために生徒を使うけれど、それが果たしていい方向へ向かうのか。でも蓋を開けてみてみれば、そんなことしなくともあやめはそこに根を張っていた、みたいな。
本当の意味での理解者云々は、お互いそう感じている。世界と力の違いは大きいから。
20130903
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